原初の悪魔パズズ
俺たちが走り抜けてきた回廊の終点──それが、重々しく広がる空間だった。
「どうやら……ここが神殿の最下層のようだな」
リカーシャが足を止め、じっと周囲を見渡す。
床だけでなく、壁面や天井に至るまで複雑な紋様が刻み込まれ、そこからわずかに漏れる淡い紫光が、不気味な揺らぎを放っていた。
「なんか、今までと雰囲気違う……」
「ただの瘴気じゃないですぅ。空気が重たい……」
リリカとタマコが肩をすくめ、ピルクは表情を引き締めながら前へ進み出る。
「この封印魔法陣、まだ生きてる……でも、脆い。限界が近いです」
床に膝をつき、杖で陣をなぞるピルク。
その指先が震えている。
「見てください……一部の魔力構造が崩れてきてます。これは……封印が壊れかけている!」
「なら、今のうちに補強できないのか?」
「やってみますっ……!」
ピルクが杖を突き立て、詠唱を始める。
杖先から光が漏れ出し、魔法陣の中心へ流れ込んでいく。
──だが、次の瞬間。
「う、うわあああああッ!」
ピルクの身体に赤黒い雷が走り、彼は吹き飛ばされて床に倒れ込む。
「ピルクくん!」
「くっ……ボクは……大丈夫……ですが、封印が……!」
言い終える前に、大地が震えた。
魔法陣から奔出した紫黒の魔力が、天井へ向かってうねり昇る。
「一体……何が起こって……!?」
「まずいっ、封印が崩壊する……!」
ピルクの声が、かすかに上擦る。
その言葉を証明するように──床に刻まれた陣が、ひび割れと共にバリィンッ!と砕け散った。
そして、空間の中央にぽっかりと開いた虚空から、黒く濃密な瘴気が噴き出す。
「来る……!」
そのとき空気が、色を変えた。
闇が凝縮されるようにして、そこから“何か”が生まれようとしていた。
禍々しき咆哮と共に、黒き霧の中からそれは姿を現した。
筋肉隆々のライオンの上半身に、鱗に覆われた爬虫のような下半身。
漆黒の翼と、うねるサソリの尾。
五メートルを超えるその異形は、まさに災厄そのものだった。
「貴様が……原初の悪魔、パズズか……!?」
剣に手をかけ、身構えるリカーシャに、パズズはゆっくりと笑った。
「ほう……我の名を知っているとはな。封印の時を越えてなお、語り継がれていたとは愉快だ」
その声は低く、地の底から響くようだった。
「我が名はパズズ……混沌を統べし、原初の悪魔の一柱なり! 封印を解いてくれた礼に、この世に絶望をばらまいてやろうッ!」
「させるかぁッ!」
叫んだリカーシャが、聖なる光をまとった剣を突き出す!
「セイクリッド・スラストッ!」
突撃と同時に光の剣が疾駆し、パズズの胸を貫かんとする――が、その刃はパズズの豪腕によって受け止められた。
「なっ……!?」
「貴様……その光、その加護……勇者か」
「だったらどうしたぁぁッ!!」
叫びと共に剣を引き、連撃へと転じる!
白刃が稲妻のように閃き、何十もの太刀筋がパズズへと降り注ぐ。
「うおおおおおおおっ!!」
「すごっ……! あれがリカーシャさんの本気……!?」
「太刀筋が見えないですぅ……!」
「ーーボクたちも、加勢しますよ!」
ピルクの声に、リリカたちも奮い立つ。
「そうだよねっ、リリカたちも勇者パーティだもん!」
リリカは俺を胸元に着けたまま大きく跳躍し、空中から矢を番える。
「くらえぇっ!」
放たれた矢がパズズの顔面に迫るも、ぶわりと広がった黒鬣が防壁のように阻んだ。
「うそっ……!」
「ーー邪魔が入ったか。ならば……潰すだけだッ!」
パズズが黒き魔力を凝縮し、宙に十本以上の黒槍を生成する。
『来るぞ! リリカ、伏せろ! ギガンティック・ヘラクレスッ!』
俺は咄嗟に巨大化し、リリカを庇うように背中の鞘翅を広げた。
ガンッ! ガガッ!
闇の槍が弾かれ、鞘翅にかすり傷がつくが、俺たちは無事だった。
「助かったよ、ヘラクレスっ!」
『大丈夫か?』
「バッチリ!」
リリカを下ろした俺は、そのまま風の刃を形成する。
『ハリケーンスラッシュッ!!』
角を振り下ろすと、圧縮された風が一閃!
パズズの左腕を切り裂き、赤黒い血が飛び散る。
「貴様ァ……ッ!」
「ーー今ですっ! ホーリー・チェーン!」
「わたしもですぅ! 唐草結びぃ!!」
続いてピルクとタマコが光の鎖と蔓を交差させるように放つ。
パズズの手足と翼が、聖なる拘束に縛られた!
「くっ……ぬぅッ!」
「今がチャンスです、リカーシャさんッ!」
「全力で叩き込む……!」
リカーシャは両手で剣を振り上げ、渾身の魔力を叩き込む。
「セイクリッド・カリバーーーーッ!!」
光の剣が巨大化し、雷鳴のような轟音と共にパズズへと振り下ろされた!
しかし――
「ぬううぅぅぅぅぅ……ッ!」
パズズの口から闇の魔力が奔出し、剣の光を打ち消す!
「な……!? 私の奥義が通じない……!?」
そのまま膝をついたリカーシャに、パズズの豪腕が容赦なく振り下ろされる。
「終わりだ、出来損ないの勇者よ!!」
『やらせるかぁぁぁッ!!』
俺は咄嗟に前へ飛び出し、角でその拳を挟み込む!
ギィィンッ!
衝撃が走り、角がきしむが、なんとか押しとどめた。
『リカーシャには、指一本触れさせない……ッ!!』
「なっ……この虫ごときが……!」
角を支点に、俺は力を込めてパズズの巨体を高々と持ち上げる。
『おおおおおおおッ!!』
「馬鹿なッ、我を投げるなど……ッ!」
そのまま俺は、パズズの巨体を真上へと投げ飛ばす!
『フォトン・セイバーッ!!』
角に光を纏わせ、落下したパズズに突進!
だが――
ズバッ!
砂煙の中から飛び出したのは、サソリの毒針!
『ぐ、うおおおおおおおッ……!?』
俺の胸部と胴体の境に深々と突き刺さり、灼けるような激痛が走る!
『あああああああああああッ!!』
「ヘラクレスーーッ!!」
毒が回るように、力が抜けていく……視界が滲む……。




