濃くなる瘴気
ダークスライムの大群を切り抜けながら進むうちに、気づけば俺たちは次の階層へと足を踏み入れていた。
「……あれ? いつの間にか、ダークスライムがいなくなりましたね」
「ふーっ、これでやっと一安心っしょ!」
気楽そうに肩を回すリリカを、リカーシャが鋭い視線でたしなめる。
「……だといいのだがな」
『今回はスライムにもみくちゃにされなくてよかったな』
「ほんとそれ~! 前にぐっちょぐちょにされたときは、マジで最悪だったもん~」
俺の軽口にリリカがゲンナリしながら答える。
そんなやり取りの後ろで、ひとり先を急ごうとするリカーシャに、タマコが声をかけた。
「リカーシャさん、そろそろ休憩にしませんか?」
「しかし……悪魔の封印が解かれようとしているんだぞ!?」
焦るリカーシャの背に、今度はピルクも静かに言葉を重ねる。
「だからこそ、です。万が一復活していたのなら、万全の状態で挑むべきです」
「リリカも賛成~。もうヘトヘトなんだよ~!」
「……そこまで言うなら仕方ないな。ここは瘴気もないし、ひとまず安全と見ていいだろ。休もう」
説得されて、リカーシャもようやくその場に腰を下ろす。
「リリカもきゅーけーい!」
床にぺたんと座るリリカの隣で、ピルクとタマコも正座して休息体勢。俺も巨大化を解いて、近くに歩み寄る。
すると、さっそくリリカの手が俺をひょいと胸元へと持ち上げた。
「ヘラクレスもお疲れさま~」
『あ、ああ……』
リリカの胸にむにっと挟まれて、俺は思わず目をそらす。
けど、正直ちょっと安心してしまった。
そんな中、リリカがふいにピルクへと声をかける。
「あのさー、ピルク。さっきはありがとね」
「……何のことですか?」
「リカーシャを説得してくれたでしょ? リリカもう限界だったから、あれで助かったの」
にへらと笑うリリカに、ピルクはそっぽを向いてそっけなく返す。
「……別に。ボクはあなたのために説得したわけじゃないので」
「はいはい、そういうことにしといたげる~」
口ではあしらってるけど、リリカも少しずつピルクと打ち解けてきたようだ。
俺たちはそれぞれ携帯食を取り出し、こまめに栄養補給を済ませる。俺も干した果物をつまんでエネルギーを補給した。
砂漠地帯では、こうした習慣が地味に重要になる。
「ーーそろそろ、いいだろう」
「はいっ、皆さん、行きましょう!」
「リリカも元気満タンだよ~!」
「わたしもですぅ!」
そうして再び回廊を下っていき、次の階層に足を踏み入れた――その瞬間。
「うっ、なにこれ……ちょー空気悪いんだけど!」
「これは瘴気ですぅ……!」
タマコとリリカが顔をしかめて口元を塞ぐ。
確かに、どす黒い靄が空間を包み、嫌な気配が漂っていた。
『……俺は平気だけど、なんでだ?』
「恐らく神の加護のおかげだろう」
リカーシャがそう言って右手を見ると、彼女の手はまたしても光を放っていた。
そして俺の背中にも、確かにあの熱が戻ってきている……ガイヤ様の加護か?
「皆さんに加護をかけますね。ーーホーリー・ブレッシング!」
ピルクの詠唱と共に、優しい金色の光が全員を包み込む。
「おおっ、すごい! もう苦しくない!」
「これが加護の力ですぅ?」
「その通り! 聖なる加護は瘴気すら浄化するんです!」
ピルクが誇らしげに胸を張る中、リカーシャは無言で瘴気の奥へと歩み出した。
「待ってくださいリカーシャさーん!」
ピルクが慌てて追いすがろうとしたその時、リカーシャが腕で彼を制した。
「……待て。何か、いる」
「はうっ、なんかブルッときたですぅ!」
タマコが尻尾をぶわっと膨らませた直後、瘴気の向こうに白い影が見えた。
「あれはっ……スケルトンです!」
ガタガタと歯を打ち鳴らしながら、瘴気の中から現れたのは、まさしく骸骨。
しかも一体ではない。
「カタカタカタ……!」
不気味に迫る一体が、ナイフを振りかざしてリカーシャへと飛びかかる!
「ーー遅い。セイクリッド・スラッシュ!」
リカーシャの剣が閃き、スケルトンは瞬く間に消滅した。
「さすがリカーシャさん! ボクも負けてられません! ターン・ジャッジメント!」
ピルクの杖が光を放ち、複数のスケルトンを一気に浄化する。
「よーっし、リリカもいっくよーっ! そりゃあ!」
放たれた矢が骸骨の頭部に命中……したのに、スケルトンはそのまま動き続ける。
「えっ、なんで!? 直撃したのにぃ!?」
「アンデッド系には聖属性以外は効きづらいんです!」
「またそーゆーのかあぁ~!」
ゲンナリするリリカに、スケルトンが今にも飛びかかろうとする。
「危ないですぅ! 清めの光ぃ!!」
すかさずタマコが錫杖から光を放ち、スケルトンの動きを止めた。
「タマっちもそーゆーの使える系!?」
「はいですっ! わたしも巫女見習いですから! ……といってもピルクくんほど上手ではないですけど」
『ストームフラップ!』
その隙に俺が翅を震わせて突風を起こし、スケルトンたちを一掃する。
『任せたぞ、リカーシャ!』
「ふっ、心得たっ!」
吹き飛ばされたスケルトンを、リカーシャが次々と斬り伏せる。
『さすがだな、リカーシャ!』
「それほどでもないさ」
そうして俺たちは、スケルトンの群れを突破しながら、さらに深き回廊の奥へと進んでいくのだった。




