神殿の回廊と隠された部屋
幾度もの戦いを乗り越え、岩場を進むことしばらくーー俺たちは、ついに目的の地へとたどり着いた。
「これが……サバ神殿、ですかぁ」
タマコが感嘆の声を漏らすのも無理はない。
神殿はまるで岩山と融合したかのように、巨大な岩壁の中に沈むように建てられていた。
その入り口には、今にも崩れ落ちそうな石像が、それでも威厳を保ちながら佇んでいる。
『この石像……』
俺はリリカの胸元から飛び出し、石像の前に降り立った。
少年の姿で剣を掲げるそれは、まさに「伝説の勇者」そのものの姿をしていた。
リカーシャがホーストリッチから降りて説明を添える。
「これは初代勇者様の石像だ。少年の姿でたった一人、世界を救ったと教えられている」
『そうか……』
なるほど、確かに伝説にふさわしい佇まいだ。
その前に、ピルクが片膝をついて手を組み、祈りを捧げる。
「ピルク、なにやってんの?」
「初代勇者様へのお祈りです。救いの英雄なのですから、当然ですよ」
「へー……なんか、カタいねぇ」
リリカの素っ気ない返しに、ピルクは小さくむっとしていた。
「それでは行くぞ」
「りょーかいっ! ーーアンタたちはここで待っててね~」
ホーストリッチたちを神殿前の岩陰に繋ぎ、俺たちはいよいよサバ神殿の中へと足を踏み入れた――。
魔物との交戦をくぐり抜け、さらに進んだその先ーーついに俺たちは、サバ神殿の内部にたどり着いた。
入り口は岩の裂け目のような隙間から地下へと続く階段になっていて、それを降りた先は真っ暗な空間だった。
「うへ~、中真っ暗だし~!」
「なんか怖いですぅ……」
「ーーボクにお任せを! スピリチュアル・フラッシュ!」
ピルクが詠唱すると、彼の周囲にいくつもの光の粒がふわりと浮かび上がった。
温かな光が周囲をやさしく照らし、空間の輪郭がようやく見えてくる。
「おお、ピルクが明るいじゃん!」
「さすがピルクくんですぅ!」
「いやー、それほどでもないですよ」
タマコに褒められて、ピルクは照れたように頭をかく。思わず頬もゆるんでいた。
「それでは行くぞ」
「はいっ!」
「オッケー!」
「はいですぅ!」
リカーシャとピルクが先頭に立ち、リリカたちもその後に続く。
神殿の内部はどうやら円を描くような回廊になっていて、石の床が螺旋状に下へと続いていた。
その壁面には、風化で掠れてはいるが、何やら絵画のようなものが並んでいる。
「なんか描いてあるね~」
「恐らく、初代勇者様のご活躍を描いたものだと思います。ほら、剣を掲げた少年がいるでしょう?」
ピルクの指差す先には、天に剣を掲げる少年の姿。
確かに、あの石像と同じ構図に見える。
「それに、地面には魔法陣の痕跡が……でも、もう機能していないようですね」
「ピルクくん、詳しいですぅ~」
「こ、これくらい当然ですよ! えへへ~」
はにかむピルクを見て、リリカがニヤリと茶化す。
「あーっ、またタマっちにデレデレしてる~!」
「ち、違いますってばっ! ボクはそんなつもりじゃ……!」
「そうなんですぅ?」
タマコのきょとんとした上目遣いに、ピルクは額に手を当てて肩を落とした。
「……タマコさん、それ反則ですから……」
「えへへ? なんのことですぅ?」
どうやらタマコの天然攻撃に、ピルクはいいように翻弄されているようだ。
そんな和やかな空気も束の間、回廊をさらに進んでいくと、下の階層から微かな唸り声のようなものが聞こえてきた。
「なんか……声が聞こえますぅ……!」
「これって……!」
「ああ、最下層に何かいるな」
リカーシャが淡々と状況を読み取り、ピルクがリリカたちを振り返る。
「この調査、たぶん一筋縄ではいきません。それでも、覚悟はできてますか?」
「も、もちろんっ! リリカはこれくらいじゃビビらないし!」
「わ、わたしはちょっと怖いけど……でも、みんながいれば平気ですぅ!」
本当に、リリカもタマコも心が強い。
「それにっ、いざってときはヘラクレスが守ってくれるって信じてるもん!」
『お、俺が? ーーそ、そうだな……』
リリカに指先で角をつつかれて、俺はちょっと面食らった。
だが、そんな言葉を向けてもらえるのは……やっぱり、悪い気はしないな。
回廊を進んでいると、不意に俺の背中が熱を帯びはじめた。
『……これは……!』
「わっ、またヘラクレスの背中が光ってる!」
リリカの声に、俺はすぐに察した。
ガイヤ様の紋様が、また光を放っているのだ。
同時に、リカーシャの右手からも柔らかな光が漏れ始めていた。
『リカーシャ、君も……?』
「ああ。……これは、一体……?」
困惑しつつも足を止めたリカーシャが、ふと壁に手を添えた、その瞬間ーー
バチリと音が鳴ると同時に、接触点から淡い光が幾何学的な軌道を描き、壁一面へと拡がっていった。
「これは……!」
「まさか、神殿にこんな仕掛けが……!? 聞いたこともありません!」
ピルクが息を呑む横で、光の紋様は複雑に絡み合い、やがて一点に収束する。
その刹那、ゴゴゴ……ッと地の底から響くような重低音が鳴り、壁の一部が静かに、しかし確かに動き出した。
『放射状の六本の線……これはまさか、甲虫の姿か?』
「えっ、マジで!?」
「でも、言われてみれば、そう見えるですぅ……!」
光が最後に形作ったのは、まるで甲虫の背を象ったような文様。
それが鍵だったかのように、先ほどまでただの石壁だった場所が音もなく口を開いていた。
「こんなところに……隠し通路……。これは大発見ですよ、帰ったらニコラス様に報告しなきゃ……って、リカーシャさん!?」
ピルクの呼びかけも空しく、リカーシャはふらりと前へ歩き出す。
まるで何かに取り憑かれたような、無意識の足取りだった。
「ちょ、ちょっとー!? ヘラクレスまで……!」
リリカの驚きの声を背に、俺も思わず翅を震わせて飛び出す。
呼ばれるように、惹き寄せられるように、俺はリカーシャの肩にとまり、その隣を進んだ。
『なあ、リカーシャ……これは……』
「ああ、間違いない。これはアテナルヴァ様の導きだ」
俺にとっては、ガイヤ様の啓示かもしれない。
どちらにせよ、俺たちは“導かれている”のだ。
薄暗い通路の奥を進むことしばし、突き当たりの石壁がやがて光を帯びはじめる。
そこに浮かび上がったのは、巨大な一枚絵だった。
それは壁面いっぱいに広がる、まばゆいほどの光彩を帯びた壁画。
「これは……!」
思わず声を失うリカーシャ。
そこに描かれていたのは、これまでの壁画にあったような少年勇者ではなかった。
祈るように両手を組んだひとりの少女。
彼女と向き合うように、逆立ちの姿勢で太陽を背負った甲虫が描かれていた。
光を讃えるように、静謐な祈りに包まれたその情景は、明らかに、これまで語られてきた“勇者伝説”とは違っていたーー。




