荒れ果てた岩場
ちょっとした茶番のあと、俺たちはついにサバ神殿があるという岩場へと足を踏み入れた。
「うわ~、ここも荒涼としてるね~」
リリカの言葉どおり、辺りは大小の岩が点在するばかりで、風も乾いて荒れ果てた雰囲気が漂っている。
「サバ神殿はこの先にあるという。行くぞ」
「りょーかいっ」
「はいですぅ!」
リカーシャの先導で、俺たちはホーストリッチに乗って岩場を慎重に進み始めた。
「昨日の商人が言っていたとおり、周辺には凶暴な魔物が増えているそうです。気をつけましょう、リカーシャさん」
「無論だ」
気を引き締めるリカーシャとピルクに対して、リリカは相変わらず腕を振って元気いっぱいだ。
「大丈夫だってば~。だってリリカたち、超つよチームじゃん!」
「……そのお気楽さは見習いたいものですねぇ」
ピルクが重いため息をついたところに、タマコがすかさずフォローを入れる。
「大丈夫ですぅ。リリカちゃんはあれでも周りをよく見てるんですよぉ」
「タマコさんがそう言うなら……信じますっ」
ん? ピルクの声色がなんだかタマコにだけ少し柔らかくなっていないか……?
まあ、それはさておき。
しばらく進むと、リリカが突然ホーストリッチを降りて岩陰でしゃがみ込んだ。
「どうした、リリカ?」
『ん? 何か見つけたか?』
俺の問いに、リリカは指をさしながら答える。
「見てよこれ。苔が……枯れてる」
そこには黒ずんだ苔のようなものが、力なく岩肌に張りついていた。
「きっと、よくない魔力のせいだよ」
「魔力……つまり、魔物の影響か」
リカーシャが表情を険しくする。
と、その時。
「皆さん、気をつけてください! なにかいるですっ!」
タマコがピクンと狐耳を立て、背後を振り返った。
岩陰から現れたのは、全身からどす黒いオーラを立ち上らせた、巨大な牙を持つ虎のような魔物だった。
「グレートサーベルです!」
「で、でかっ……!」
ピルクの叫びどおり、その魔物はかつて森で見たサーベルタイガーの倍近い体格を誇っていた。
「グルルル……!」
唸り声とともに大地が震える。これは俺も本気を出すべきだな。
『ギガンティック・ヘラクレス!』
リリカの胸元から飛び出した俺は、瞬時に三メートルの巨体へと変化する。
だがそれでも、目の前のグレートサーベルはさらに一回りも二回りも大きい。
これは手強いぞ。
「ガハウウウウ!」
先手を打ってきたのはグレートサーベルだった。大きく跳躍し、あっという間に俺の背後を取る。
『ぐっ……!』
背中に剣のような牙が突き立てられるが、俺の鞘翅はそれを弾いた。
『今だ、リリカ、リカーシャ! 一気に攻めろ!』
「了解!」
「オーケー、いっけーっ!」
リリカの矢がグレートサーベルの首筋に命中し、続けてリカーシャが剣を構える。
だがグレートサーベルは矢の痛みに怒り狂い、狙いをリリカに変える。
「させないですぅ! ーー石の礫!」
タマコの錫杖が火を吹き、石礫が魔物の顔面に炸裂した。
「ボクも行きます! ホーリー・チェーン!」
ピルクの魔法で光の鎖が地面から這い出し、グレートサーベルの四肢を絡めとる。
「今です、リカーシャさん!」
「任せろ! ーーセイクリッド・スラッシュ!」
リカーシャの聖なる剣の一撃がグレートサーベルの首を断ち切り、魔物はその場に崩れ落ちた。
「やった~! リカーシャ、ハイターッチ!」
「い、いえーい……」
リリカに流されるようにハイタッチするリカーシャの姿に、自然と笑みがこぼれる。
「ヘラクレスもナイス~!」
『ま、まあな』
リリカが俺の顔に抱きついてくると、例によってむにゅっと胸が押しつけられる。
……まだ慣れない感触だ。
そんなとき、タマコが突然尻尾をぶわっと膨らませた。
「み、皆さん……まだいるですぅっ!」
「なっ!?」
俺たちの周囲にある三方の岩の上、そこにはなんと、さらに三頭のグレートサーベルが姿を現していた。
「うそっ!」
「また出たんですかぁ!?」
リリカとピルクが狼狽するなか、リカーシャが鋭く叫ぶ。
「落ち着け! 私たちならきっ――」
その言葉を遮ったのは、空からの轟音だった。
「ギョーーーーーアアアアア!!」
「あれは……ロックバード!?」
なんと、昨日戦ったあの巨大な怪鳥ロックバードが、グレートサーベルの一頭に襲いかかっていた。
残る二頭の魔物もロックバードに飛びかかり、三対一の大乱戦が始まる。
「しめた! 今のうちにこの場を離れるぞ!」
「はいっ!」
「はいですぅ!」
「りょーかいっ!」
魔物同士の激しい争いの隙を突いて、俺たちは危険な岩場を後にした――。
さらに進む俺たちだったが、道中では次々と魔物の襲撃に見舞われることに。
そして今、俺たちは蝿型の魔物の大群と交戦中だった。
「……それにしても、次から次へと湧いてきますね!」
「全く、勘弁してほしいな!」
背中合わせのように剣と魔法を振るうリカーシャとピルクが、息を合わせながらも苦笑まじりに叫ぶ。
『ストームフラップ!』
小さな姿に戻ってる俺は翅を全開に広げ、突風を巻き起こして群れを一掃する。
「ナイスですぅ、ヘラクレスさん! ーー花びらの舞っ!」
タマコが舞うように錫杖を振ると、辺りに舞った光の花びらが次々と羽虫を焼き払っていく。
「おお~! タマっちさすが~! リリカもやるもんねっ、それぇ!」
リリカも矢を連射し、次々とクルーエルフライを撃ち落としていく。
こうして激しい戦いを終えた俺たちは、ようやくその場で一息ついた。
「は~っ、疲れたぁ~! もう腕がぷるぷるだよ~……」
ホーストリッチから降りて地面にぺたんと座り込んだリリカの頭を、タマコが優しく撫でてやる。
「お疲れ様でしたですぅ、リリカちゃん。よしよし~」
「えへへ~、ありがとタマっち~」
「いえいえ、仲間ですから当然ですぅ。ーーヘラクレスさんもお疲れさまでしたぁ」
タマコは俺の方にも手を伸ばし、角の根元をやさしく撫でてくれる。
……くすぐったいような、気持ちいいような、なんとも言えない不思議な感覚だ。
そんな風に一時の和みに包まれる中、ピルクとリカーシャは集めた魔石を手に深刻な面持ちを浮かべていた。
「これ……やはり、魔石が邪悪な魔力に染まっています。紫色に変色していて……普通じゃありません」
「そうか……やはり古代の悪魔が目覚めようとしているのか……」
リカーシャは拳を固く握りしめ、険しい表情でホーストリッチに乗って進む。
「ーー急がねば」
「あ、ちょっと待ってよリカーシャ~!」
慌てて立ち上がったリリカが追いかけ、俺たちも急ぎそのあとを続いた。
魔石の魔力、続く襲撃、そして荒れ果てた岩場の気配――
どうやら、サバ神殿の奥ではただならぬ何かが蠢いているようだ……。




