ピルクの胸のうち
簡易テントの中でリリカがすやすやと寝息を立てる頃、隣で寝ていたタマコがむくっと身体を起こす。
「そろそろ交代の時間ですぅ」
そう言っておもむろにテントを出ようとするタマコの背中に、俺は飛び移った。
「あ、ヘラクレスさん。起きてたですね」
腕辺りに移動した俺に、タマコがやんわりと微笑む。
「それでは一緒に行くですぅ」
タマコに連れられて俺たちが焚き火の方に向かうと、そこで見張りを担当していたのはピルクだ。
「あ、ピルクくん。お待たせしたですぅ」
手を小さく振って声をかけるタマコに、ピルクは気づいて立ち上がる。
「タマコさん。まだ少し早いんじゃないですか?」
「あれ、そうだったですかぁ?」
どうやらタマコは少し早く来てしまったようだ。
するとピルクは少しモジモジしながらこんなことを。
「あの……タマコさん、少し一緒にお話いいですか?」
「わたしでよければ話し相手になるですよ」
「ありがとうございます」
隣に座ったタマコに、ピルクは嬉しそうに笑みを浮かべてから改めて座る。
「タマコさんはヤマタイから来たんですよね? どんなところなんですか、ヤマタイって?」
お、それ俺もちょっと気になってた。
この世界における日本のような国だときいていたけど。
そんなピルクの質問に、タマコは懐かしそうな顔で答える。
「ヤマタイはいい場所ですよ。食べ物も美味しくて自然も豊かで人々もみんな優しくて。思い出すだけで心が安らぐですぅ」
「素晴らしい場所なんですね、ヤマタイって。……でも、それだと故郷が恋しくなったりしません?」
「……最初は寂しかったですぅ。たった一人で知らないところに来て、とっても心細かったですよぉ。……ですけどっ」
問いかけるピルクに、タマコはちょっとうつむいてから顔を上げた。
「リリカちゃんと出会ってからはもう寂しくなんてないですぅ。リリカちゃんと一緒にいると毎日が賑やかで楽しくて、たまにハラハラなんかもして、とっても楽しいですぅ!」
「リリカさんが、ですか?」
「はいですぅ! わたし、リリカちゃんが大好きなんですぅ!」
タマコの浮かべる満面の笑顔が、俺にも眩しく見えてしまう。
「……本当に今が幸せなんですね。羨ましいです」
「ピルクくんは違うですぅ?」
タマコが何気なく問いかけると、ピルクは顔を伏せて話を始めた。
「ボクは代々神官の家系に生まれました。それでボク自身も神官になるものだと思って頑張って、まだ見習いですけどめでたく神官にもなれました。ですが……」
「どうしたですぅ?」
「二年前にリカーシャさんの付き人に選ばれたなはいいんですが、リカーシャさんはとても強くて聡明で。多分ボクなんて足手まといでしかないんですよ。それに……最近はリリカさんやタマコさんもお強くて、ボクなんてなおさら……」
そう語るピルクの顔には影が差し込んでいたが、そんな彼をタマコが元気づけようとする。
「そんなことないですぅ! ちょっと見ていた限りでも、ピルクくんはちゃんとリカーシャさんのお役に立ってるように見えたですぅ!」
「そう、ですか?」
「はいですぅ! ピルクくんはリカーシャさんに必要とされてるですぅ! それに、そばにいてあげるだけでも支えになるですよっ」
両腕をぐっと構えてそう力説するタマコに、ピルクは憑き物が晴れたかのようにふっと笑った。
「ありがとうございます。タマコさんはお優しいんですね。おかげで少し気が楽になりました」
「それならよかったですぅ」
にっこり微笑むタマコに、ピルクは頬をほんのり染めているように見える。
「それじゃあ交代ですね。無理はしないでくださいね、タマコさん」
「はいっ、任されたですぅ!」
足取り軽くテントに戻るピルクを見届けたタマコは、ちょこんと座って焚き火を見つめた。
そんなタマコの手元に俺が六本の脚で這い下りると、彼女はぼそっとこんなことを漏らす。
「ピルクくんも一生懸命なんですね。リリカちゃんともきっと仲良くなれると思うですけど……」
ポツリとそう言いながらタマコは俺の角を優しく撫でたので、俺も肯定の意を込めて角をちょこんと上げた。
「そうですね。ヘラクレスさんもそう思うですよねっ」
そう言ってタマコはにへらと笑う。
タマコ、君は本当に心優しい女の子だ。
そんなことを思いながら、俺はタマコに撫でられながら、パチパチと音を立てて燃える焚き火を見つめるのだった。
タマコと一緒に焚き火を見てるうちに、いつの間にか夜が明けていた。
「あれ~っ? ヘラクレスとタマっちじゃん。おっはよ~!」
テントの入口から顔を出したリリカが、大きく伸びをしながら笑いかけてくる。
「あっ、おはようですぅ。リリカちゃん」
タマコが手をひょいと上げて挨拶する。
俺もタマコの腕にしがみついたまま、角をちょこんと持ち上げて挨拶代わりに応える。
するとリリカが近寄ってきて、俺の角をつまんでひょいと持ち上げた。
「へへへ、ヘラクレスはリリカと一緒がいいんだからね~っ」
そのままお馴染みの胸元に俺をポンと収めてくる。
『タマコと一緒にいたのが不満なのか?』
「ううん、そういうわけじゃないけど~。でも、やっぱりリリカのおっぱいが一番でしょっ?」
『お前なぁ……』
朝からご機嫌な様子のリリカに、俺は呆れながらもつい苦笑する。
しばらくすると、リカーシャとピルクもテントから出てきた。
「おはよう」
「皆さん、おはようございます」
「リカーシャもピルクも、おっはよ~!」
リリカが陽気に手を振ると、ピルクはやや恥ずかしそうにタマコのそばへ歩み寄った。
「昨日の夜は、ありがとうございました。タマコさんのおかげで、少し前向きになれました」
「それはよかったですぅ。無理せず、頑張るですよっ」
にっこり笑うタマコの言葉に、ピルクも自然と笑みを返す。
そんな様子を見ていたリリカが、口の端をにやりと吊り上げて首を傾げた。
「あれあれ~? ピルクって、タマっちのこと好きになっちゃったんじゃないの~?」
「ち、ちがっ……そ、そんなことはっ……! ね、ねえ、タマコさん!?」
「え、えへへ……ど、どうですかねぇ……」
焦って赤くなるピルクと、まんざらでもなさそうなタマコ。
二人の反応に、リリカはさらにニヤニヤ顔になる。
「ふ~ん、怪しいな~? これは絶対、何かあるやつ~!」
あわてふためくピルクと、照れ笑いするタマコを見て、俺はこっそり胸元で呟いた。
『……まあ、こうして少しずつ仲良くなっていくのも悪くないか』




