灼熱の道中
今回は長旅ということで、馬車の代わりにもっと速くて暑さに強い騎乗生物を借りることにした。
レンタルショップに行ってみると、そこに並んでいたのはダチョウを思わせる大きな鳥たちだ。
「これに乗るですぅ?」
「そうです、タマコさん。これはホーストリッチ。駿馬並みに速くて、砂漠の暑さにも強いんですよ」
「この辺りでは馬と同じくらい一般的に使われている生き物だ」
なるほど、この異世界ダチョウなら足も速そうだし、暑さに耐えるのも頷ける。
説明をよそに、リリカは早くもホーストリッチに葉野菜を与えていた。
「きゃはっ、この子すごい食べっぷりじゃ~ん!」
首を勢いよく動かして野菜をついばむホーストリッチに、リリカは嬉しそうに笑った。
ホーストリッチを借りて支度を整えると、俺たちは何度目かの砂漠の道へと繰り出した。
「ひゃっほー! 速い速ーい‼」
リリカはすぐにこのホーストリッチと打ち解けたようで、全速力で砂漠を駆けている。
砂を蹴立てるたびに舞い上がる風圧は、並みの馬を凌ぐ速さだった。
「ふええ~! 怖いですぅ~‼」
一方、タマコは長い首に必死でしがみつき、青ざめた顔で悲鳴を上げていた。
「さすがホーストリッチですね。砂漠でもこれだけの速度……勇者の進軍にふさわしいです!」
「そんな立派なものじゃないさ。……けど、これも悪くない」
先導するリカーシャとピルクが、追い風に髪をなびかせながら並走する。
そうしてしばらく颯爽と駆けていたがーー
「いつ来ても暑~い!」
「ホントですぅ……」
息を切らすリリカとタマコに、ピルクが呆れたようにため息をついた。
「お二人とも、そろそろ慣れてください……」
「だって暑いものは暑いんだも~ん!」
リリカはホーストリッチの首にぐでんともたれ、ぐずるように不平を漏らす。
「ヘラクレスも暑いよね~?」
『わざわざ聞かなくても分かるだろ。干からびそうだ』
リリカのマントの中で日差しは避けていても、灼熱と乾燥は容赦ない。
気がつけば、俺の背中もすっかり金色に変わっていた。
無理もない。正午の太陽が真上に昇り、焼けつくような熱を降り注いでいた。
やがて、みんなの消耗が目に見えて増し、ホーストリッチを止めて小休憩を取ることにした。
「少し早いが、休憩にしよう」
「そうですね。ーーリカーシャ様の情けに感謝してくださいね?」
「分かってるってば~」
「もう暑すぎて溶けちゃいそうですぅ……」
言いつつも、リリカとタマコは水筒を手に取ってがぶ飲みする。
「ふ~っ、生き返る~!」
「恵みのお水ですぅ!」
「あんまり飲み過ぎないでください。水だって限りがあるんですよ?」
『……だとさ。二人とも水分補給は計画的にな』
「オッケー……」
「はいですぅ……」
返事をしながらも、二人はぐったりと溶けかけのスライムのようだ。
そんなとき、リカーシャがピリリとした声で告げた。
「……敵襲だ。来るぞ!」
「えええっ、こんな時に~!?」
「勘弁してほしいですぅ!」
慌てて砂を蹴り、俺たちはホーストリッチに再び飛び乗った。
ギラつく空の向こうから、巨大な影が一直線に迫ってくる。
「来るぞ、散開しろ!」
リカーシャの号令とほぼ同時に、俺たちは左右に分かれた。
次の瞬間、金切り声をあげて襲来したのは、翼を広げて十メートル級の巨鳥だった。
「ギョーーーーアアアアア‼」
虹色に光る翼を広げ、砂を巻き上げながら突進してくる。
「ロックバードです! 警戒してください!」
ホーストリッチの背にいたまま、ピルクが杖を構える。
『ギガンティック・ヘラクレス!』
俺もリリカの胸元から飛び下り、三メートルほどに巨大化して地面に着地した。
「クルルルル……ギョーーーーアアアアア‼」
ロックバードは巨大な爪を振り上げ、一直線に俺を襲う。
回避が間に合わず、俺は両角で受け止めた。
『ぐっ……!』
「ヘラクレス!」
心配するな、リリカ。
この程度で俺が屈するものか。
『どうだああああ‼』
頭角に力を込め、ロックバードを大きく持ち上げる。
巨体が転げ、砂嵐を巻き起こした。
「ギョアアアアア‼」
ロックバードはすぐさま羽ばたき、再び上空へ舞い上がる。
そして巨大な翼が灼熱の砂嵐を巻き起こした。
「うぐっ……!」 「なにこれあっつぅ!?」
砂に目を焼かれ、俺たちは一瞬ひるむ。
その隙を突き、鋭い爪が俺の身体を鷲掴みにした。
「ギョーーーーアアアアア‼」
だが、どれほど締め付けられても、俺の甲殻はびくともしない。
『今だ、みんな!』
「オーケー! それーっ!」
ホーストリッチの背から、リリカが矢を引き絞って放つ。
矢がロックバードの左目を撃ち抜いた。
「ギョアアアア!?」
悲鳴を上げて悶えるロックバード。
タマコが錫杖を振り上げた。
「唐草結び!」
地面から伸びた蔦が、巨鳥の脚を絡め取る。
「一気に決めるぞ! ピルク、加護を!」
「はいっ! ホーリー・ブレッシング!」
金色の光がリカーシャの剣に宿る。
「ーーこれで終わりだ! セイクリッド・スラッシュ‼」
輝く刃が、ロックバードの胸を深々と断ち切った。
「ギョアアア……!」
絶叫とともに、巨体が砂に沈む。
「やったですぅ!」
「へへーん、リリカたちの勝利~!」
二人がハイタッチを交わすのを見届け、リカーシャは魔石を拾い上げる。
だが、それは儚くも砕け散った。
「魔石が……」
リカーシャが息を呑む。
「……やはり妙だと思いました。あのロックバードが、あまりにあっさり倒れた。恐らく手負いだったのでしょう」
「……そうか」
あの巨鳥に深手を負わせた何者かが、この先にいる。
まだ見ぬ強敵の気配に、俺はひそかに背を震わせた。




