次なる使命
翌朝、俺たちが宿屋の食堂に下りると、先にリカーシャとピルクの二人が席について待っていた。
「みんな、おはよう」
「おはようございます」
二人の挨拶に、リリカが大きく手を振って応える。
「二人ともおっはよー!」
「もうおなかペコペコですぅ~!」
「それでは、みんなで食事にしようか」
「それ賛成ー!」
賑やかに応じるリリカたちが向かいの席につき、俺も胸元からテーブルへ下ろされる。
看板娘のオリビアさんが、ほどなく朝食を運んできてくれた。
「こちら、オアシストラウトのマリネと堅パンになりますっ」
「おおっ、今日もめっちゃ美味しそうじゃん! サンキュー、オリビア!」
白い皿の上で銀色の魚の切り身が輝いている。
パンは表面が香ばしく硬そうで、かじる前から香りが立ち上ってきた。
「それじゃあ、いただきます」
リカーシャが静かに手を合わせる姿に、俺は既視感を覚える。
『なあリカーシャ、その手を合わせるのは……』
「これか? ……よく覚えていないが、無意識にしてしまう。体に沁みついた癖なのかもしれない」
そういえば昨日のレストランでも同じ仕草をしていた。
……もしかしたら、それは彼女の記憶の名残なのかもしれない。
『リカーシャ、君って……』
「ーーはいっ! ヘラクレスにはこれ!」
思考を遮るように、リリカが小さなヤシの実のような果物を差し出してくる。
『お、おう……ありがとな』
切り口に口を添えて果汁をすすれば、スポーツドリンクのような爽やかさが口いっぱいに広がった。
『おお……これは旨いな、リリカ』
「でしょでしょ! トトナッツっていうんだって!」
『おう、飲むか? 俺一人じゃ多いしな』
「やったー!」
リリカもぐいっと果汁を飲み、顔をほころばせる。
「ん~っ! 初めての味なのにちょーさっぱりする~!」
「リリカちゃん、オアシストラウトも美味ですぅ!」
「マジ!? ーーやっば、これもめっちゃうまいじゃん‼」
感嘆の声をあげるリリカに、リカーシャも思わず口元を緩めた。
「どうやら気に入ってもらえたようだな」
「うんうん! こんなのがタダだなんて、勇者様々じゃん!」
「そ、そうか……」
苦笑しながらも嬉しそうなリカーシャを、ピルクが冷静に諫める。
「……食事を楽しむのは構いませんが、ニコラス様から授かった使命をお忘れなく」
「ああ、もちろん分かっている」
凛とした表情で応じるリカーシャに、ピルクも小さくうなずく。
『今回も俺たちに同行させてもらえるか?』
「もちろんだ、ヘラクレス。ニコラス様も、それを前提に話をしてくださった」
「やったー! 今回もリリカたち一緒だね!」
「ああ……よろしく頼む」
リリカに肩を組まれ、リカーシャも少し照れくさそうに微笑んだ。
朝食を終えた俺たちは、揃って大聖堂へ向かう。
「勇者リカーシャ、ただいま参りました」
扉を軽くノックすると、若い聖職者が中から顔を出した。
「これはこれは……ニコラス様がお待ちです」
通されたのは先日と同じ応接間。
白髭の神官ニコラス様が、ゆったりと椅子に座って俺たちを迎えた。
「よく来てくれた、勇者リカーシャよ」
「ニコラス様、今回の使命は?」
リカーシャが一歩進んで問いかける。
「うむ。此度はホーリーシティーの西にあるサバ神殿へ赴き、調査を行ってもらいたい」
「サバ神殿といえば……古代の勇者の活躍が描かれた神殿では?」
ピルクの言葉に、ニコラス様は重々しくうなずいた。
「そうだ。しかし近頃、その神殿から不穏な噂が立っている。封印された古代の悪魔が目覚めた――と、な」
「古代の……悪魔……」
リカーシャが緊張を帯びた声で呟く。
「あくまで噂に過ぎぬ。だが放置はできん。確認の上、速やかに報告を頼みたい。封印されてる悪魔は極めて強大、戦おうなどと思わないことだ」
「……はい。任されました」
リカーシャとピルクが同時に片膝をつく。
それに倣い、リリカとタマコも慣れない様子で同じ動作を真似た。
『……俺も、だな』
俺も背を低くし、できる限り敬意を示す。
「頼もしい限りだ。どうか気をつけてくれ」
深い声の祝福を背に、俺たちは新たな目的地へ向かう決意を固めたのだった。
出発する前に、俺たちは今回の旅路の段取りを組むことにした。
宿屋の部屋に戻ると、リカーシャがテーブルの上に地図を広げる。
「サバ神殿はサバ砂漠の西に広がる岩場の奥に位置する。砂漠を越えた先だ」
「それなら、この辺りで一度野営するのが良さそうですね」
ピルクが細い指先で地図の一点を示す。砂漠と岩場の境界に当たる地点だ。
「確かに、ここなら魔物や猛獣も少ない。夜営地として適しているだろう」
「でしょう! 良い判断だと思います」
リカーシャの同意に、ピルクは誇らしげに胸を張る。
そんな二人のやり取りを、リリカが机に肘をついてじっと見つめていた。
「ねえねえ、この近くにオアシス都市ズバイがあるよね? ここも寄ってかない?」
にやにやと笑いながら指を差すリリカに、リカーシャは小さくため息をつく。
「駄目だ、リリカ。我々は遊びに行くのではないのだぞ」
「ちぇ〜っ、ちょっとくらい寄り道したっていいじゃ~ん!」
にべもなく却下されて、リリカはむくれた顔で頬を膨らませる。
「それでは、準備が整い次第出発するぞ」
「はいっ!」
リカーシャが締めるように告げると、ピルクがすかさず仕切る口調で言葉を継いだ。
「皆さんも、油断なきようお願いしますね。行程は決して短くありませんから」
「なんでピルクが仕切るのさ〜!」
リリカがぷいっと横を向いて口を尖らせる。
「まあまあ、いいじゃないですかぁ」
タマコが苦笑しながら二人の間に割って入り、両手をひらひら振る。
リリカとピルクが本当に打ち解けるのは、まだまだ先のことだろうな……。




