リカーシャとの今後
食事を終えた俺たちは、みんな揃って高級レストランを後にした。
「いや~、マジサイコーだった~!」
「さすがは高級レストランですぅ!」
満足げにお腹をさするリリカとタマコ。
二人の無邪気な様子が、俺には本当の娘のように見えて、自然と頬が緩む。
「ヘラクレスも美味しかったでしょ? 背中、久しぶりに真っ黒になってるし!」
『ああ……そうだな』
あの南国フルーツ盛り合わせは格別だった。
この味を知ってしまったら、いつものナナバに戻れるだろうか――そんな甘い不安さえ覚えるほど。
俺の背中も、満足感でじんわりと漆黒に染まっていた。
「皆、喜んでもらえて何よりだ」
「これがタダなんて、勇者様々じゃん!」
リリカに肩を組まれて、リカーシャもほっとしたように小さく笑う。
「……そうだな。勇者であることが、珍しく誇りに思えた」
「普段は誇りに思ってないんですぅ?」
タマコの問いに、リカーシャは少し視線を落として答える。
「気がついたときには、もう“勇者の使命”を背負っていたからな。責任は常に感じていたが……誇りを感じる余裕はなかったのかもしれない」
「リカーシャさん……」
神妙な空気になったそのとき、リリカがタマコを引き寄せながら言った。
「だったらさ、これから誇りに思えばいいじゃん! リリカたちも協力するし!」
『俺も力になるぞ、リカーシャ』
俺の言葉に、リカーシャは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに柔らかな笑みを見せた。
「ああ……ありがとう。これから、よろしく頼む」
「……ボクだって、リカーシャさんの仲間なんですからね」
その隣で、ピルクが小さな声でむくれているのを、俺は見逃さなかった。
……ピルクとも、そのうちちゃんと分かり合えればいいが。
宿に戻ってきた俺たちは、隣同士の部屋でリカーシャたちと別れ、それぞれ休むことにした。
「ふーっ、今日も働いた~!」
「やっぱりリカーシャさんもいい人ですよねっ」
ベッドに横になりながら、そんなことを話すリリカとタマコ。
「んー、汗かいちゃったから体きれいにしたいな~」
「この街、暑いですもんね。わたし、お湯もらってくるですぅ」
「お願い~」
タマコが部屋を出たあと、俺はリリカの顔に歩み寄って確認する。
『リカーシャとうまくやれそうだな?』
「もち! リリカ、リカーシャと気が合いそうだし!……ピルクのことは、まだよく分かんないけど」
『彼も悪い奴じゃないさ。そのうち、きっと仲良くなれる』
そっと角をリリカの頬に触れさせると、彼女は少し照れくさそうに微笑んだ。
「ん……そーだね」
「ーーお湯もらってきたですぅ!」
「おお、待ってました~!」
戻ってきたタマコが、湯気の立つたらいを抱えて入ってくると、リリカは勢いよく服を脱ぎ捨てる。
褐色のなめらかな素肌に、少女らしい張りのある曲線があらわになった。
……もう何度も見た光景だが、正直慣れたとは言いがたい。
俺は目をそらし、天井の木目を数えることにした。
「タマっち~、背中拭いてくれない?」
「もちろんですぅ」
二人の微笑ましいやりとりを背に、俺は今日の出来事を振り返る。
リカーシャ。
勇者という看板を背負っているが、その本質はまだ年頃の一人の女の子だ。
使命に押しつぶされなければいいが――。
そんな思考が終わるより先に、視界が白く染まった。
『……ここは』
まただ。
何度目かも分からない、あの真っ白な神の空間。
ゆらりと翡翠色の髪が現れる。
命の女神――ガイヤ様。
『ガイヤ様……』
「ヘラクレスさん。彼女と巡り会えたようですね」
『やはり……リカーシャが、俺の導くべき少女だったのですか』
俺の問いに、ガイヤ様はそっとまぶたを伏せてうなずいた。
「ええ。勇者リカーシャ。彼女はこの世界にとっても、そして貴方にとっても、かけがえのない存在です」
『俺にとっても、ですか?』
「……どうか、引き続き見守ってあげてください」
『待ってください。まだ聞きたいことが――』
呼び止める間もなく、ガイヤ様の姿は霧のように溶けていった。
『……くっ』
神々はいつも、肝心なところを語らない。
「……ヘラクレス!」
目を開けると、すぐ目の前にリリカの顔があった。
白いキャミソールと短パンという薄手の寝間着姿で、唇を尖らせている。
『リリカ?』
「も~! また固まってたじゃん!」
『あ……すまない』
「……どうせまた神様とお話ししてたんでしょ?」
『なぜ分かる?』
「だって背中に紋様出てたもん。もう見慣れてるんだからね!」
……まったく、俺の背中は隠し事ができないらしい。
「ふえっ? ヘラクレスさん、神様と話してたんですぅ?」
タマコも顔を覗き込んでくる。
「リリカちゃん、通訳してくださいですぅ!」
「む~……タマっちの頼みなら仕方ないか!」
渋々うなずくリリカに俺が視線で礼を送ると、彼女はむすっとしながらも通訳を始めてくれた。
ガイヤ様の言葉を伝えると、タマコは小さく手を合わせる。
「……生命を司る女神様が、そのようにおっしゃったですか」
「なーんか引っかかるんだよね~。“世界だけじゃなく、ヘラクレスにとっても大事”って……」
『リリカも気になるか』
少し考え込んだリリカは、やがてパッと顔を上げて天井を指差す。
「でもさ! それならこれからもリカーシャと一緒にいれば、何か分かるっしょ!」
「そうですねっ!」
『結局、そういう結論になるんだな……』
けれどその単純さに、なんだか救われる気がした。
俺たちはこの先もリカーシャと共に歩むことを、あらためて決めたのだった。




