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神の紋様と神官ニコラス

 一息ついた途端、背中の熱がすぅ……と引いていくのを感じた。


『なあリカーシャ、これって……』

「あなたもか。私の紋様も光が落ち着いた。どうやらこの討伐、神々に見られていたらしい」

『神々に、見られてた……?』


 思いもよらぬ言葉に、俺は思わず目を白黒させた。


「……あの魔物、女神様の試練だったのかもしれない。ただ強いだけじゃなく、連携や判断力を問うような戦い方だった。そんな気がする」


 なるほど、そういう理屈か。

 確かに、知恵と連携が勝敗を分けた戦いだった。


 そんなリカーシャに、突然後ろから抱きついてきたのはリリカだった。


「リカーシャ~! さっきのめっちゃすごかったよ~! ちょーヤバなんだけど~!」

「そ、そうか……。って、ちょっ、そんなにくっつくなっ」

「え~? いいじゃ~ん、ちょっとくらいサービスしてくれたって~」


 頬をすりすりと押しつけてくるリリカに、リカーシャは顔を真っ赤にしながら困惑していた。


「とにかくっ! 目的は果たしたんですから、さっさと戻って神官様に報告しないと!」

「……そうだな。ピルク、行くぞ」


 リリカを引き剥がしたリカーシャに続き、俺たちはネメオスの谷をあとにした。



 その頃——真っ白な神域に広がる、空虚で静謐な空間。


 その中心に、下界の様子を映すモニターのような光景が広がっていた。


 その前に立つのは二柱の女神。


 ひとりは、翡翠色の長髪を風にたなびかせ、柔らかなギリシャ風のローブを纏った命の女神・ガイヤ。


 もう一柱は、金の三つ編みを後ろで結い上げ、洗練された黄金の軽鎧に身を包む戦と知恵の女神・アテナルヴァ。


「どうやら、あなたの試練も無事に乗り越えたようですね、アテナルヴァ」

「そのようだな。あの子なら、この程度の難関、容易いことだったろう。……しかし、本当に良かったのか? 貴女の“英雄”まで巻き込んでしまって」

「ええ。彼にも、必要な試練だったと思いますから」


 穏やかな笑みを浮かべてそう告げるガイヤに、アテナルヴァは肩をすくめてため息をひとつ。


「まったく……貴女はいつも手際がいい。もはや“知恵の神”の座は貴女に譲ったほうがいいのでは?」

「ふふっ、またまた。そういうことは、戦場で後れを取ってから仰ってくださいな」


 アテナルヴァの軽口に、ガイヤは口元に手を添えて、優雅に笑った。


 こうして、二柱の女神に見初められた英雄と勇者。

 彼らの行く末は、果たして祝福か、それとも更なる試練か——。



 ホーリーシティーに戻った俺たちは、リカーシャに教会へ顔を出すよう伝えられた。

 協力してくれた礼として、一度は神官と顔を合わせたいとのことだ。


「神官って、どんな人なんだろ~?」

「ヌイヌイタウンの牧師様とは違うですぅ?」


 神官に興味津々のリリカとタマコに、ピルクが指を立てて説明する。


「神官ニコラス様は、ホーリーシティーのみならず、オリンス王国の教会全体の最高位に立つお方です。その高名さ、右に出る者はいません」

「へ~、なんかすごそうじゃ~ん。マジでヤバっ!」

「これは巫女見習いとして、ちゃんと挨拶しないとですぅ」


 それぞれの反応を見せるリリカとタマコに、俺は小さく目を細める。

 ――って、この国、オリンス王国って言うんだな。今さら知ったぞ。


 ホーリーシティー特有の神聖な空気をまとった雑踏を抜けて、俺たちは一際目を引く建物の前に立った。


 巨大な十字架型のモニュメントが天を突くようにそびえる、大聖堂だった。


「うっわー、これが教会……デッカ!」

「さすがホーリーシティーの教会ですぅ……!」


 ぽかんと口を開けて見上げるリリカとタマコをよそに、リカーシャとピルクは迷いなく中へ入っていく。


 中へ入ると、白い壁に彩り豊かなステンドグラスが映え、まさに荘厳のひとことだった。


「中も外もすごすぎじゃん! ヤバ~っ!」

「“ヤバい”なんて軽々しい言葉で済ませないでくださいっ、リリカさん!」

「え~、ピルクってばガチ堅物~!」


 リリカのギャルテンションに、ピルクがしかめ面を見せる。

 ……やっぱりこの二人、性格的に相容れない気がする。


 やがて俺たちは、とある重厚な扉の前で足を止めた。


「ニコラス様。勇者リカーシャ、ただいま戻りました。協力者も同伴しています」

「入れ」


 中から響いた声は、重々しくも威厳に満ちていた。


 応接間のようなその部屋で待っていたのは、豊かな白ひげをたくわえた壮年の男だった。


「勇者リカーシャよ、任務は果たされたか?」

「はい、無事に討伐を完了いたしました。ーーそして、こちらが今回協力してくれたヘラクレス一行です」


 紹介に合わせて、俺も角をピンと立てて挨拶する。


「リリカでーす!」

「た、タマコですぅ!」


 軽々しく横ピースを決めるリリカと、ペコペコと緊張した様子のタマコ。


「リリカさん! その態度はさすがに不敬では!?」

「え~、いいじゃ~ん、そんなに堅くならなくってさ~!」


 ピルクにたしなめられても、リリカはへらっと笑って受け流す。


 そんな様子に、ニコラス様はふっと目を細め、笑った。


「ふむ。まあ良い。そなたらも席に着くがいい」


「はーい!」

「失礼しますですぅ」


 席に着いた俺たちに、ニコラス様は手を組んで問いかける。


「リカーシャよ。そちらの者が、貴様と同じく神に見初められたという“存在”か?」

「はい。こちらのヘラクレスがそうです」


 リカーシャに角をつままれ、机に乗せられた俺に、ニコラス様の視線が注がれる。


「ほう……この虫が……。この背の紋様……なるほど、確かにガイヤ様の御印のようだな」


 ……じろじろ見られるのは、やっぱり落ち着かない。


 その後、リカーシャがこれまでの経緯を説明すると、ニコラス様の表情はさらに深くなった。


「ふむ……にわかには信じがたいが、勇者リカーシャの言葉に嘘はあるまい。……確かに、このヘラクレス殿こそが、ガイヤ様に見初められし者なのだな」

「はい。少なくともあの戦いでは、ある一点では私以上の力を見せてくれました」


『いやいや、そんなことはないぞ、リカーシャ。君も本当に強かった』


 慌ててフォローを入れる俺に、リカーシャはふっと笑みをこぼす。


「……ありがとう、ヘラクレス。あなたにそう言われると……不思議と懐かしい気持ちになる」


 懐かしい、か。

 ……やっぱりリカーシャとは、なにか因縁があるのかもしれない。


 そんな俺の思案をよそに、ニコラス様が重々しく告げる。


「それではリカーシャよ、しばらくはヘラクレス殿と行動を共にするがよい。そうすれば……何かが見えてくるかもしれぬ」

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