金色のオオエンマハンミョウ
水浴びを終えたリリカたちが服を整え終えると、リカーシャがひと声かける。
「ピルク、もういいぞ」
「お待ちしてましたよ。ずいぶん楽しそうにはしゃいでましたね」
「そ、そんなことはないっ!」
戻ってきたピルクのジト目に、リカーシャは照れ隠しにそっぽを向いた。
「ふいーっ、楽しかった~!」
両手を挙げて満足げなリリカに、リカーシャがピシャリと釘を刺す。
「全く、お前は緊張感というものがないのか。そんなことで、この先まともに戦えるのか?」
「はいは~い、気を引き締めていきまーす!」
敬礼のポーズでおちゃらけるリリカに、俺は苦笑いするしかなかった。
谷を進んでいくと、奇妙な光景が目に入る。
『倒木……? 何かに切り倒された跡だな』
ヤシのような細い木々が、何本も不自然な角度で横たわっていた。
「こんな鋭い断面……魔物の仕業ですね」
「多分、この先にいるですよ!」
ピルクの分析にリリカが耳をそばだて、ぴたりと立ち止まる。
「木の悲鳴が聞こえた! あっちだ!」
「待ってくださいですぅ~!」
リリカが駆け出し、それに続いて一行も走り出す。
そして――そこにいた。
金色の甲殻をまとい、宝石のような輝きを背に纏った、巨大な甲虫が木をかじり倒していた。
『オオエンマハンミョウ……!? だが色が、派手すぎる……!』
艶やかな黄金色の甲殻に、左右非対称の湾曲したあご。
獲物を噛み切るために特化した構造だ。
だが何より異様なのは、その動き。
突然、金色オオエンマハンミョウが触角を振り、リカーシャの方向に向き直る。
「気づかれた――!」
警戒の声が響くと同時に、甲虫が閃光のように地を滑りリカーシャへ突進。
「っ!」
即座に剣を抜き、斬撃を振るうが――
キィィィィン!
火花を散らして跳ね返される白銀の剣。
甲虫の甲殻は鉄壁だ。
「こいつ、硬すぎる……っ!」
「キシィーー‼」
鋭利な大あごがリカーシャの剣を噛み砕かんと迫る。
「リカーシャさんっ、後ろに下がって! ――シューティング・クロス!」
ピルクの杖から飛び出した光弾が十字に交差し、甲虫の体を爆撃する!
だが、その爆煙を貫いて金色の閃光が飛び出す!
「速――っ!」
標的はピルクだ。
逃げ場のない接近に少年の顔が引きつる。
『ギガンティック・ヘラクレス‼』
俺はリリカの胸元から飛び出し、咄嗟に巨大化。
寸前でピルクと魔物の間に割って入り、角を横なぎに振り払う。
――だが、空振り。
『チッ、速すぎて読めない……!』
金色オオエンマハンミョウはその場を跳ね、後方へとひらりと回避。
次の瞬間にはまた距離を詰めている。
「ひゃっ、また来たっ!」
「はやっ、速すぎですぅ!」
突進と離脱を繰り返し、俺たちを翻弄するその動きは、まるで獲物を試すような戦術的な意志すら感じさせた。
「目を合わせたら一瞬で間合いを詰めてくる……これ、普通の魔物じゃない!」
リリカが矢を放つが、次の瞬間にはもう標的は別の場所へ。
『くそっ、当たらない!』
「奴の動き、一定のリズムで繰り返されてる……けど、微妙にズラしてきてます!」
ピルクの言う通り、まるでこちらの反応を読みながら、わずかに動きをずらして攻撃してくる。
獣の勘とは違う。
あれは、狡猾な狩人の技だ。
『リリカ、タマコ! こいつは油断したら一撃でやられるぞ!』
「了解っ!」
「わかったですぅ!」
俺は角を低く構え、魔物の軌道を読む。
動きの速さと、甲殻の堅さ。
真正面からぶつかるだけじゃ埒が明かない――。
『こいつは“ハンター”だ。真正面じゃ勝てない、包囲するぞ!』
「オッケー!」
「ああ!」
俺の声を合図に、リリカとリカーシャが左右に飛び出し、タマコとピルクも配置につく。
敵の四方を囲むように、陣形が一気に展開された。
「キシィィィ‼」
金色オオエンマハンミョウは、こちらの動きを見て一瞬逡巡したかと思えば、触角を振り、今度は鋭く地を蹴る。
その突進はまさに一瞬。
だが、よく見ると噛みつく直前にピクリと身を震わせ、数センチ足をすくめるのだ。
『今の一撃、噛みつく前に……一瞬、震えたな!』
「うん、あの“震え”が合図だね!」
ならば、そこを突く!
『リリカ、次の武者震いが来たらタマコに合図を頼む!』
「了解っ! タマっち、来るよ!」
「任せてくださいですぅ!」
金色オオエンマハンミョウが、再び震えた。
「大地の壁ですぅッ!」
タマコの錫杖が大地に突き刺さり、爆ぜるように立ち上がる土の壁。
金色の魔物はわずかに体勢を崩し、進路を修正しようと足を滑らせる。
『今だ、掩護射撃!』
「リリカいっきまーすっ!」
「シューティング・クロスっ!」
リリカの矢とピルクの光弾が、左右から放たれた。
いずれも直撃は避けたが、敵の動きは明らかに鈍った。
「動きが、単調になってきたですぅ!」
「誘導するよっ!」
リリカが真正面に立ち、両手を広げて挑発するように叫ぶ。
「ほら、こっちだよーっ!」
金色オオエンマハンミョウは牙をむき、まっすぐリリカに向かって跳ねた。
その動きに迷いはない。だがそれこそが罠だった。
「はい、終了~っ!」
リリカがステップを踏んで真横に避けると、そのすぐ背後に、俺が立っていた。
『今だっ!』
巨大化してる俺が角を振り上げ、金色オオエンマハンミョウの胴体をがっちり挟み込む。
「キィィィィィ‼‼」
鋼鉄のような大顎が甲高い音を立てて暴れまわるが、俺の怪力をもってすれば、ビクともしない。
『リカーシャ、今だ! 頭と胴の隙間を狙えっ!』
「了解っ――セイクリッド・スラストッ!」
白銀の光をまとったリカーシャの剣が一直線に突き出され、甲虫の首元――節の継ぎ目に突き刺さる!
「おおおおおおッ‼」
聖剣がうなり、ぎりぎりと金属を削るような音が響いた。
そしてついに、剣が深く沈み込んだ刹那――。
「キ……ィ……」
金色オオエンマハンミョウの動きが止まり、脚が力なく崩れ落ちていく。
派手なエフェクトと共に魔物は霧散し、中心には煌めく魔石がぽとりと落ちた。
『……よし、討伐成功だ!』
「やったねっ!」
「すごいですぅー!」
仲間たちの歓声が谷に響く中、俺は角を拭い、ようやく気を抜いた。