運命の交錯
まさかリカーシャも、同じ宿に泊まっているとは。
「……ホントに隣の部屋とか、運命じゃん!」
リリカが驚きとともに声を上げると、リカーシャは少し戸惑ったように俺たちを見比べた。
「お前たちもこの宿を?」
「そだよ~! まさかリカーシャとバッタリ会えるなんて、マジでびっくりだし!」
『それは俺も同感だ。勇者ともなると、てっきり特別な施設に滞在してるものかと』
俺たちの驚きに、リカーシャはひとつ息を吐いて、首をすくめる。
「そんなことはない。勇者だって、普通の宿に泊まるし、普通のレストランで食事もする。……まあ、教会権限で金は取られないがな」
「なにそれ! やっぱちょーVIPじゃん!」
リリカがはしゃぐ一方で、リカーシャの口元はどこか冴えない。
その待遇に本人が納得しているわけではなさそうだった。
『……君の紋様、俺の背中のものと共鳴しているようだ』
俺がそう言うと、リカーシャはすっと右手を上げて、手袋の下の紋様を見せた。
「私も感じていた。あなたが近づくほど、手の紋様が熱を帯びた。……それが意味することは、まだ分からないけれど」
ふたりして紋様に視線を落とし、そしてまた、目を合わせる。
まるで鏡に映った自分を確認するように。
「リカーシャさんっ」
緊張を破ったのは、隣の部屋から出てきた少年だった。
「この人たちと、あまり関わらない方がいいのでは?」
「何それ、やっぱ感じ悪ぅ~!」
リリカが眉を吊り上げてにらむと、タマコが慌てて間に入る。
「ま、まあまあ、リリカちゃん。きっと心配してるだけですぅ」
空気がやや張り詰める中、リカーシャが手を上げて静かに制した。
「……ピルク。彼らからは敵意を感じない。それは確かだ」
「……ですが、念のため警戒は――」
「分かってる」
ピルクと呼ばれた少年は渋々引き下がり、リカーシャは窓の外へ視線を移した。
「私は、この地に"導かれるようにして"来た。女神は私に悪を討てと命じた……。でも最近、それだけが私の使命なのか、分からなくなる時がある」
呟くようなその言葉に、俺は深くうなずく。
『俺も似たようなものだ。突然この世界に来て、気づけば戦いばかりしてる。……でも、それが本当に俺の望んだことなのか、時々分からなくなるんだ』
リカーシャはゆっくりと俺を見て、少しだけ笑った。
「少しだけ……似ているのかもな、私たち」
その笑顔は、硬い氷の奥に差し込んだ朝陽のようだった。
『また、会えるだろうか?』
「私の使命が終わらない限り……またどこかで、きっと」
「わ~お! まるで恋人同士の別れみたいな雰囲気~!」
「なっ!?」
リリカの茶化しに、リカーシャが目を見開いて頬を紅く染めた。
「リカーシャさん、そろそろ……!」
「あ、ああ……」
ピルクに肩を引かれ、リカーシャは宿の廊下を去っていく。
その背を、俺は黙って見つめていた。
「ヘラクレスさん、リカーシャさんとお話できてよかったですねぇ」
タマコの言葉に、俺は角を上げて返事する。
『ああ……なんだか、少しだけ心が温かいよ』
まだ彼女が何者なのかは分からない。
でも――その存在が、俺にとって特別なものであることは、間違いなかった。
翌日、俺たちは再びホーリーシティーのギルドへと足を運んだ。
「いやー、ホーリーシティーの宿代高いよね~」
「今までの蓄えがあるとはいえ、これはお仕事頑張らないとですねっ」
白い石畳の道を歩きながら、リリカがため息混じりにぼやくと、タマコがいつもの調子で励ます。
どうやらこの街はヌイヌイタウンよりも全体的に物価が高く、やりくりも一筋縄ではいかないようだ。
そんな中、ギルドの扉をくぐると、屋内がざわついていた。
「どうしたんでしょうかぁ?」
「この気配……まさかっ」
人混みをかき分けると、その中心には見覚えのある白い軍服姿――リカーシャと、聖職者のピルクの姿があった。
「あーっ、やっぱりいた~! おーい、リカーシャ~!」
リリカが勢いよく手を振ると、リカーシャがこちらを振り返り、微かに微笑んだ。
「やあ、待っていたぞ、リリカ」
「え、待ってた!? リリカのこと!? ちょ、マジで!?」
リリカが嬉しそうにリカーシャの手を握ってぶんぶん振る。
相手はちょっと困惑気味だ。
「は、はあ……」
そんな空気を切り裂くように、ピルクが割って入る。
「……勘違いしないでください。これは神官様からのご命令によるものです」
「むぅ、やっぱり感じ悪いっ!」
ピルクの無愛想さにリリカが頬を膨らませると、リカーシャがやんわりと詫びた。
「すまない、リリカ。ピルクは……悪い奴ではないんだ。ただ、慎重すぎるところがある。時間をかければ、きっと分かり合える」
「んー、そーゆーことならまあ……ちょっとだけねっ」
リリカがやや渋い顔をしつつも折れたところで、俺がリカーシャに問いかけた。
『ところでリカーシャ。リリカを待っていたというのは……?』
「正確には、あなた――ヘラクレスを、だ」
『俺を?』
驚く俺に、リカーシャは静かに頷く。
「同じ神の加護を受ける者として、あなたとしばらく同行せよと、神官様より命を受けた」
「それでギルドで待機してたんですっ。でも人が集まってきて大変でしたよ……!」
ピルクが憮然とした顔で言うと、そこへようやくタマコが追いついてきた。
「はあ、はあ……やっとですぅ……」
「お前もヘラクレスの仲間だな?」
リカーシャが問いかけると、タマコは背筋をピンと伸ばして答えた。
「はいですぅ! わたし、巫女見習いのタマコって言いますぅ!」
「巫女……なるほど」
ピルクが顎に手を当てて、どこか興味深そうにタマコを見つめる。
同じ神に仕える者として、通じるものがあるのかもしれない。
そして、リカーシャが一歩前に出て、まっすぐに俺を見た。
「……実は、聖地に強力な魔物が現れたとの報せが届いた。私ひとりでは荷が重いと判断され、あなたと共に動くようにと」
『なるほど……それで俺たちのもとへ?』
「ああ。正直、私自身も……あなたともっと話がしてみたいと思っていた」
リカーシャはそう言って目を伏せる。
その声音はごくわずかに揺れていて、彼女の心の奥にあるものが垣間見えた気がした。




