引かれ合う運命
まさか、夢で見たあの少女と、本当に出会うことになるなんてな。
神の加護を持つ者は、互いに引かれ合うのかもしれない。
ホーリーシティーの冒険者ギルドで彼女――リカーシャと初めて目を合わせた瞬間、背中の紋様がじんわりと熱を帯びた。
そして彼女の手にもまた、光る紋様が刻まれていた。
『君も……神に選ばれたのか?』
俺が問いかけると、リカーシャは一瞬だけ目を見開き、すぐに静かに頷いた。
「……ああ。アテナルヴァ様の加護を受けている。私は、その導きのままに歩いている勇者だ」
その声に、不思議な懐かしさを感じた。
顔も、名前も違う。けれど、なぜか心の奥がざわつく。
彼女の言葉の端々に、まるで――かつて失った"大切な何か"の影が宿っているような、そんな感覚がした。
名乗り合うよりも先に、心が揺さぶられるなんて。
……だが、それを言葉にする前に、明るく元気な声が割って入ってきた。
「えーっ、なになに? ヘラクレスとリカーシャが通じ合ってんじゃ~ん! リリカも混ぜてくんないとずる~い!」
そう言って笑うリリカは、リカーシャと並ぶと正反対だ。
あっけらかんとしたその明るさが、妙に場の空気をかき乱す。
リカーシャはそのリリカを、警戒するようにじっと見つめていた。
「……彼女はお前の主か?」
『違う。リリカは……家族のような存在だ』
俺がそう言うと、リカーシャはわずかに表情を動かし、胸元に手を当てた。
白い軍服越しにも分かるくらいの膨らみに、その手はぎゅっと力を込めていた。
まるで何かを思い出しかけたように、そして、掴み取れずにいるように。
「ーーあーっ、ヘラクレスってばリカーシャのおっぱい見てたでしょ!?」
『えっ!? ち、違うっ! 断じて違うっ! たまたま視線が……っ!』
リリカの茶化しに、俺は動揺を隠せなかった。
この場面で妙な誤解は避けたい、ほんとに。
と、そこへ小柄な少年――たぶん聖職者か何かだろう――が割って入った。
「失礼します。リカーシャさん、これ以上ここにいても得るものはありません。行きましょう」
「……ああ」
まるで逃げるように、リカーシャはその少年に連れられてギルドを後にした。
去り際、ほんの一瞬だけ俺の方を振り返った彼女の視線が、どうにも心に引っかかる。
「なーにあの男の子、感じ悪~い」
「でも……なんだかリカーシャさん、寂しそうだったですぅ」
リリカとタマコがそんなことを話している間も、俺はぼんやりとリカーシャの後ろ姿を追っていた。
『リカーシャ……』
その名を口にしたとき、胸の奥で何かがかすかに鳴った気がした。
ギルドを出た俺たちは、手近な宿をとって部屋で休むことにした。
「は~あ、なーんかイメージと違ったなぁ~」
白いベッドに大の字になったリリカが、ぽつりと不満を漏らす。
「きっと事情があるですよ。わたしたち、間が悪かったのかもですぅ」
「そーなのかなぁ~?」
……事情、か。
確かに、リカーシャとあの少年の間に温度差を感じたのは間違いない。
あの子は、自分の意思で話そうとしていた。
だけど、何かがそれを遮っていたような……。
それにしても、あの少女が頭から離れない。
まるで、夢の中で見た光景が現実に流れ込んできたような、そんな感覚だ。
「ーーおーい、ヘラクレス?」
気づけば、リリカが俺の目の前で手をヒラヒラさせていた。
『あ、悪い……ちょっと考え事してた』
「リカーシャのことでしょ?」
『……バレてたか』
「うん。ヘラクレスってば、あの時ずーっと変な顔してたもん」
ジト目でにらまれて、俺は観念する。
『……実はな、夢で見た少女がリカーシャだったんだ』
「えっ、マジ!? それってつまり、運命の人がリカーシャってことじゃ~ん!」
興奮気味に身を乗り出すリリカ。
その声に、隣のタマコも目をぱちくりさせた。
「ほんとうに、そんなことが……?」
『ああ。だから、俺には今日の出会いが偶然とは思えなかった。あれは、導かれてたとしか言いようがない』
背中の紋様は、今もかすかに熱を放っている。
それが、俺の気のせいでないことを静かに告げていた。
いてもたってもいられず、俺はノビ~ルホーンで窓を開け、翅を震わせて外へ出ようとした。
「待ってよ、ヘラクレス~!」
後ろから呼び止めるリリカ。だけど俺は振り返らず、声だけを返す。
『悪いリリカ。俺はあの子と……リカーシャと、もう一度ちゃんと話したいんだ』
すると、ぱたぱたと軽い足音が背後から近づき、リリカが俺の角をぐいっとつまみ上げた。
「そしたらリリカも一緒に行くし! リリカだって、あの子にただならぬ何か感じたんだから!」
『リリカ……!』
ああ、やっぱり君は俺の娘だ。
その勘の鋭さとまっすぐさは、どこまでも眩しい。
「で、あてはあるの?」
『背中の紋様が、まだ反応してる。……リカーシャも、きっと近くにいる』
「うん、それじゃあ決まりだねっ」
リリカは弾むように部屋のドアを開け、俺を肩に乗せて一歩踏み出した。
と、その瞬間――。
『……あ』
ちょうど、隣の部屋のドアが開いた。
その向こうにいたのは、白い軍服に身を包んだ少女――リカーシャ本人だった。
「まさか……!」
目を見開くリリカと、言葉を失うタマコ。
宿の一室で、導かれるように再び顔を合わせた俺たちは、もう偶然なんて言葉では片づけられない何かに巻き込まれ始めていた。




