勇者リカーシャとの出会い
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少し時を遡り、リカーシャたちも聖都ホーリーシティーへと帰還していた。
「やっと帰ってきましたね」
「ああ」
「……リカーシャさん、何かお気に召さないことでも?」
リカーシャの素っ気ない返事に、ピルクが気遣わしげに問いかける。
「いや、なんでもない。それより、まずは教会へ行くぞ」
「了解です!」
マントを翻して先を行くリカーシャに、ピルクは慌てて小走りでついていく。
(さっさと報告を済ませて、また任務に出たい……)
実のところ、リカーシャはこの聖都の空気が好きではなかった。
荘厳な美しさの裏に潜む、閉塞感と静謐な圧迫――それがどうにも息苦しいのだ。
二人が訪れたのは、巨大な十字架のモニュメントが屋根に据えられた、一際目を引く大聖堂だった。
「勇者リカーシャ、ただいま戻りました」
「よくぞ戻られた、勇者殿」
応対したのは、豊かな白ひげをたくわえた壮年の神官・ニコラス。
その重厚な気配に、見習い聖職者のピルクは思わず一歩下がる。
「歴戦の遺跡に現れたという悪魔についてですが……到着した時には、既に何者かによって討伐されていました」
その報告に、ニコラスはゆっくりと眉をひそめる。
「なんと……まさか、悪魔を討てるほどの力を持つ者が他にも……?」
「正体は不明ですが、確かに討たれていたのは事実です」
「ふむ……。報告、ご苦労だった」
軽くうなずいて、リカーシャは大聖堂を後にする。
「この後はどうしますか?」
ピルクの問いに、リカーシャは迷いなく答えた。
「冒険者ギルドへ行こう。何か手がかりがあるかもしれない」
「了解です!」
その時だった。リカーシャの右手が突然、じんわりと熱を帯び始める。
「これは……っ」
「リカーシャさん? 手が……?」
ピルクが驚きつつ歩み寄るが、リカーシャは彼の声も振り切るように足を速めた。
「……導かれている。何かが、そこにいる……!」
鼓動のように熱を刻む紋様に導かれるようにして、彼女は冒険者ギルドの門を開けた。
その瞬間だった。ギルドの奥から、巨大な虫がこちらへ飛んできたのだ。
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俺が銀髪の少女の元に飛び込もうとしたら、隣にいた小柄な少年に先が十字架の形になった杖で叩き落とされてしまう。
『のわっ!?』
固い甲殻のおかげでダメージはゼロだが、突然のことで面食らってしまった。
「なんですか、この大きな虫は!?」
声を裏返させる少年。
まあ確かに俺は昆虫としてはかなりデカいからな……。
「ーーヘラクレス! 大丈夫!?」
そこへリリカが慌てて俺を掬い上げてくれる。
『ああ、俺は平気だ』
「よかった……! ーーちょっと~、ヘラクレスをいきなり叩き落とすなんてひどいんじゃないの~!?」
にらみつけて抗議するリリカに、少年は高圧的な態度に出た。
「あなたがそちらの虫の飼い主さんですね。ペットの管理はちゃんとしてくれなきゃ困りますよ!」
「ペット!? 違うよ、ヘラクレスはリリカたちの家族だもん!」
そんな少年にリリカも反論して、視線で火花を散らす。
「ペットでも家族でもっ、ちゃんと手綱は握っててくださいね!」
「何それ、感じ悪~い!」
「はわわわ、リリカちゃん落ち着いてくださいですぅ~!」
そんなリリカをなだめようとタマコが間に入るも、バチバチな対立は収まらない。
ふと俺の背中がまた熱を帯び始める。
『これは……っ!?』
一方で銀髪の少女も、黒い手袋を外した自分の右手と俺の背中に代わる代わる目を向けていた。
「まさか、この虫にも神の加護が……!?」
神の加護って、まさかあの少女もか!?
そんなことを感じた俺に、少女の目が行く。
「この声、まさかこの虫が発しているのか!?」
「えっ、あんたもヘラクレスの言葉が分かるの~!?」
そうかと思えばリリカが銀髪の少女の手をヒシッと握った。
「ということはお前も分かるのか?」
「そうだよ~! 名前はリリカ、よろ~!」
「……リカーシャだ」
「リカーシャ? ーーウソっ、リリカと名前似てんじゃ~ん‼」
銀髪の少女リカーシャの手をとったまま、リリカは嬉しそうにピョンピョン跳ねる。
確かに名前が似てるけど、これは偶然なのか……?
そんな二人を引き離すように、小柄な少年が間に割って入る。
「リカーシャさんに気安く触れないでください! 彼女は悪を討つ勇者なんですよ‼」
「やっぱ感じ悪~い!」
口を尖らせるリリカをよそに、少年はリカーシャを下がらせようとした。
「ほら行きましょう、ここに大した情報なんてありませんよ」
「しかし……」
小柄な少年に手を引かれながら、リカーシャは後ろ髪を引かれるように俺を見つめる。
『待ってくれ、リカーシャ。君のことを少しでいいから教えてほしい』
「お前が呼び掛けているというのか……?」
俺の呼び掛けで、リカーシャは少年の手を振り払い、こちらに戻ってきた。
『本当に俺の言葉が分かるんだな?』
「ああ。どうやら私とお前の紋様が共鳴しているらしい」
そういってリカーシャが見せたのは、右手に浮かび上がる紋様。
盾を包み込む翼の意匠、俺のとはまた違う。
そんな彼女の紋様を見て、すっとんきょうな声を上げたのはリリカだ。
「あーっ! その紋様アテナルヴァ様のじゃん!」
アテナルヴァ……? また新手の神様なのか?
そんな俺の疑問に答えるよう、リカーシャが口を開く。
「アテナルヴァ様は、戦と知恵を司る神。そして、私に使命を与えた存在だ」
リカーシャの落ち着いた声に、場の空気が少しだけ和らぐ。
それでもリリカと少年の間に火花が残っているのは否めなかったが、少なくとも俺ととリカーシャ――“神の加護を受けた者同士”の視線だけは、しっかりと重なっていた。




