森の道での初戦闘
身支度を整えたリリカとタマっちは、携帯食らしき干し肉をかじりながら森の小道を歩きはじめた。
ちなみに俺は相変わらず、リリカの胸元にぺったり貼りついている。
むにっとした柔らかさと体温がじかに伝わって、正直心臓に悪い。
だが、リリカが「くっつけたい!」と主張して聞かないので、もはや諦めの境地だ。
「そういえばヘラクレス~、昨日の夜は背中が黒かったのに、今は金ピカじゃん? それってヤバくなーい?」
『ああ、それな。俺の背中は、満腹で暗いと黒くなって、空腹かつ明るいと金色になるんだ』
「なにそれチョー面白いんだけど~! ガチで属性変化みたいじゃん!」
相変わらずリアクションがでかい。
まったく、疲れる子だ……。
『ところでリリカ、聞きたいんだが――冒険者って、この森で何してたんだ?』
「ん? あー、それね~。ギルドの依頼でゴブリン狩りしてたんだ~!」
あの、小さくて緑で鼻の尖った、ちょっと不潔な人型のやつか。
俺も昨日一匹追っ払ったが、正直そんなに強そうには見えなかったけどな。
「タマっち~、今って魔石あといくつ?」
「えっとぉ……あと五つで依頼達成になりますぅ!」
『魔石?』
聞き慣れない単語に首を傾げると、リリカが目を丸くする。
「えっ、まさか魔石知らないの!? マジびっくりなんだけど~!」
『そりゃそうだろ。俺の世界にはそんなもん無かったんだって』
「まぁね。魔石ってのはさ、魔物倒したらポロッと落ちるやつ! ドロップアイテム的な?」
ふむ、ゲームでいう戦利品か。
続いて、タマっちがもう少し丁寧に補足してくれる。
「魔石って、魔物の“心臓”みたいなものでして……。倒すと肉体が消えて、魔石だけが残るんですぅ」
なるほど、魔物と普通の生物の違いってのは、そういうところにあるのか。
と、そこまで考えたとき。
「……ん~?」
リリカがぴたりと足を止め、眉をひそめる。
『どうした、リリカ?』
「なんか、草の声がざわついてる気がするんだよね~……。ピリピリしてるっていうか……ざわ……ざわ……」
『草の声? また例のスキルか』
「うん、ヘラクレスみたいにはっきりとは聞こえないけど……周りの植物が何かに怯えてる感じ?」
彼女の視線が、風に揺れるシダの葉や道端の草花をなぞる。
「リリカちゃん、もしかして魔物の気配かもですぅ」
「かもね~。油断しないほうがいいかもよ~?」
そう言った次の瞬間、タマっちがピタリと足を止め、警戒の色を見せた。
「……話してたら、お出ましみたいですぅ!」
「おっけー! やっちゃうしかなくない~?」
茂みをガサッと揺らして、現れたのは――五匹のゴブリン。
尖った鼻に、ギラついた目。
凶悪なナイフを手にした姿に、空気が一気にピリつく。
リリカは身の丈ほどある木弓を背中から引き抜き、タマっちは錫杖を手にした。
鈴のついたその杖が、軽やかに鳴る。
そういえば出発する際にリリカが革製の胸当てを着けてたけど、弓矢を使うためだと知って納得。
胸の大きな人だと弓の弦が当たって痛いって、どこかで見知ったからな。
「それじゃあ――レディ・ゴーッ!」
「いくですぅ!」
まず前に出たのはタマっち。呪文を唱えながら、杖を地面へ振り下ろす。
「――大地の怒り!」
次の瞬間、彼女の足元から鋭利な岩柱がズバッと突き出し、前方のゴブリンを二体同時に串刺しにした!
「クギャギャアッ!?」
「クギャーーッ!!」
断末魔とともに、肉体は塵となり、地面には煌めく結晶――魔石が二つ残った。
『なるほど、本当に肉体が消えるんだな……』
「よしっ、リリカいっきまーす!」
リリカが弓を引き絞る。
矢が放たれた次の瞬間、音もなくゴブリンの額を貫いた。
「クギャッ!!」
三体目も消え、魔石がカラリと音を立てて転がった。
「あと二体! 楽勝っしょ~!」
「がんばりましょ~!」
残ったゴブリンたちが動揺しつつも反撃しようと前に出たそのとき――俺はふと、背後から感じた殺気に気づいた。
『後ろだ!』
リリカの肩から跳び、飛びかかってきた別のゴブリンの顔面に勢いよくダイブ!
「クギャギャッ!?」
奴が俺を振りほどこうと暴れるが、俺は爪を立ててしっかりと張り付く。
『ぐぬぬ、どうだ、痛いだろ! つか、自分で自分の顔引き剥がすなっての!』
「ナ~イス、ヘラクレスっ!」
そこへリリカが駆け寄り、思いきりゴブリンの腹にキック!
「グエッ!?」
息を潰されたゴブリンは、俺ごと吹っ飛び、そのまま地面に崩れ落ちて消滅。
「こちらも終わったですぅ!」
タマっちの声に振り返ると、正面にいた残りのゴブリンもすでに撃破済み。
「やったねタマっち~! いえーいっ!」
「いえーい、ですぅ!」
ぱしんとハイタッチを交わすふたりを見て、思わず俺も心の中でガッツポーズ。
「ヘラクレスもマジでナイスだったよ~! 助けてくれて、ちょー感謝!」
『い、いや……まぁ、たまたまっていうか……』
「よしよーし、エライえら~い!」
そう言って、リリカが俺の角をくすぐるように撫でてくる。
こそばゆいけど、ちょっと嬉しい。
ささやかながら、役に立ててよかった――
「それじゃあ改めて、街に帰ろっか~!」
「帰りましょ~!」
リリカが地面に落ちた魔石を回収し、俺たちは再び森の道を歩き出すのだった。