砂漠の珍道中
灼熱の砂漠を進む中、リリカとアズモンさんは軽やかに会話を弾ませていた。
「ねえリリカちゃんって、けっこう目鼻立ち整ってるのよ? 本気でメイクすれば、見違えるくらい美人さんになると思うわ~」
「えっ、マジ!? ……うーん、でもお化粧ってなんか難しそうなイメージあるんだよね~」
「そんなことないわよ~! 基本を押さえれば誰だって綺麗になれるの。今度あたしがレッスンしてあ・げ・るっ」
「ほんとに!? やった~! リリカ、おしゃれ頑張っちゃおっかな~」
乙女同士(?)の意気投合。
男の俺にはさっぱり分からないが、妙に盛り上がっているのは確かだった。
そんな会話が一段落したと思ったら、ふとアズモンさんが口元を緩めて言った。
「そういえば、リリカちゃんって恋はしたことあるの?」
ブホッ!?
思わずしゃぶっていた干しブドウを喉に詰まらせかけた。
い、いきなり何を聞き出してくれてるんだ……!
「んー……リリカ、そーゆーのはまだよく分かんないかも~」
まあ、純粋なリリカのことだ。
そりゃそうだろう。
「……でもね、最近ちょっと、もしかして?って思うような気持ちはあったかも~」
な……にぃ……!?
俺はごそごそと首を伸ばして辺りを見回す。
まさか、すでにリリカの周りにナイスガイが現れてるってのか!?
「とっても身近なヒトなんだけどね。パパみたいに頼りになって、すっごく強くて……それに、いつもリリカのこと見ててくれて。えへへ、なんか、ぽかぽかするの」
……っ!
その視線の先には、なぜか俺がいた。
いや、いやまさか。
だが、照れくさそうに話すリリカを横目に、アズモンさんが俺へ向けてふわりと微笑む。
「それってきっと、“恋”というより“家族愛”ね。あなたにとって、その人は“心の居場所”なんじゃないかしら?」
「……そっか~。そうかも、だね~」
うんうんと頷くリリカに、俺の胸の奥が少しだけ軽くなる。
「でもね、恋ってのは――胸がキュンってしたり、ちょっと寂しくなったりするものなの。リリカちゃんにも、いつかそういう相手が現れるわよ」
「え~……リリカにそんな日くるかなあ~?」
「来るわよ~! 白馬の王子様とキラキラの運命で出会っちゃうのよ、きっと」
「白馬の王子様かぁ~……リリカには、どんな人が現れるんだろうね~」
そんな話をしながら微笑むリリカの横顔は、確かにほんの少しだけ“お姉さん”に見えて。
……ふいに、胸がチクンと痛んだ。
リリカも、やがて本当の恋をして、誰かの隣に行ってしまうのだろうか。
そのとき、俺は――笑って送り出せるのだろうか。
そんな風に黙り込む俺を、ふとリリカが見つめて、ぽつりと呟く。
「もしリリカが恋をしても、ヘラクレスとはずっと一緒だよ。だってヘラクレスは、リリカの第二のパパだしっ」
「リリカ……!」
その言葉に、俺の胸の痛みはふっと溶けていった。
そうだ。俺たちはお互い、家族みたいなもんだ。
恋だろうが何だろうが、絆が切れるわけじゃない。
リリカの瞳に浮かぶまっすぐな光に、俺はしっかりと応えようと決めた。
――そうして俺たちはまた、ゆっくりと砂漠の旅路を進んでいった。
焼けつく陽光が砂の海を照らし、白く乾いた風が地表を滑っていく。
灼熱の旅の途中、リリカがふと前方の光景に目を留めた。
「ねえ見て見てっ、あそこにおっきい草が生えてるよ!」
彼女が指さす先には、青緑の光沢を放つ巨大な葉を放射状に広げた植物が、砂の中から誇らしげにそびえていた。
「あれは……ダイアロエじゃな~い!? リリカちゃん、でかしたわっ! あの葉っぱのエキスは美肌に効くのよ~!」
「えっ、マジ~!? リリカもツヤツヤになれちゃう系~!?」
「ええ、これはもう採るっきゃないわ!」
はしゃぐ二人の姿に、タマコが小さく首をかしげた。
「ええと……寄り道ってことになるですぅ?」
「ダイアロエをちょっとひとつ切るだけよ? だいじょーぶ、すぐ戻るからっ」
タマコのジト目にウインクで返すアズモンさん。
どうやらこの人、美容にかける情熱は本物らしい。
俺たちは小さく進路を逸れて、その植物に近づいていった。
「わーっ、近くで見るとホントにデカ~っ!」
リリカの背丈をも超えるダイアロエは、剣のように鋭い葉を幾重にも重ねるように広げていた。
その肉厚な葉の表面には、わずかに陽を弾く露が光っており、まるで宝石のような存在感を放っている。
「よーし、さっそく葉っぱをひとつ――」
アズモンさんがナイフを手に歩み寄ろうとした瞬間、リリカが小さく息を呑んだ。
「待ってっ、なんかいるよ!」
その言葉と同時に、ダイアロエの根元の砂がざわりと動き、艶のある金色のサソリが姿を現した。
体長十センチほど、だがその尾は不釣り合いなほど太く、怪しげな毒針をしならせている。
「ぎゃーっ、サソリですぅ~‼ あんなのに刺されたら……ッ!」
タマコが大きな尾を膨らませて、リリカの背後に素早く飛び込む。
「ふふ、さすが砂漠ね。可愛くないサプライズだわ……」
サソリは、小さな体でありながら堂々と俺たちを威嚇していた。
両のハサミを広げ、毒針を高く掲げたその姿は、小さな戦士のようだった。
『ここは任せてくれ』
「ヘラクレス……?」
俺はリリカの胸元から飛び降り、サソリに正面から歩み寄る。
この種類、ハサミが細くて尾が太い。
……間違いない、強力な毒を持っているタイプだ。
しかし俺の甲殻は、並の毒針など通さない。
サソリが一気に尻尾を振り下ろす。
だが――
カンッ!
毒針は俺の甲殻に弾かれ、ただ空しく震えた。
驚いて一瞬ひるんだその隙に、俺はすかさず角を差し出し、サソリの体を高々とすくい上げる。
そして――
ぶんっ!
勢いよく放り投げられたサソリは、くるくると回転しながら砂に着地し、すぐさま自らの巣穴へと這い戻っていった。
「ひええ~っ……行った……!?」
「すっごーい‼ ヘラクレス、やったねっ!」
褒めてくれるリリカに、俺は角をピンと立てて応える。
「助かったわ、ヘラクレスちゃん。おかげで安心して採れるわね」
アズモンさんはナイフを手に、ダイアロエの葉の根元へそっと刃を差し入れる。
瑞々しい葉の断面からは、透き通ったエメラルドグリーンの液体がとろりとこぼれ落ち、陽の光を受けて美しく輝いていた。
「これがあれば、お肌ぷるぷるツヤツヤよ~!」
「わーっ! リリカも使っていい~!?」
「もちろんよ、リリカちゃん! ……タマコちゃんもね?」
「ふ、ふえぇっ!? わたしもですかぁ……?」
「そうよ。タマコちゃんも可愛いお顔してるんだから、ちょっと磨けばもっと素敵になるわよ~?」
「そ、そうですかねぇ……へへ、じゃあ少しだけなら……ですぅ」
そうして女子たちが美容談話に盛り上がる一方で――
『……また置いてけぼりだな』
俺は砂漠の風にふかれながら、ぽつねんと空を見上げる。




