ホーリーシティーへ行こう
『ところでリリカ、ホーリーシティーへの道は分かるのか?』
「あ……っ」
俺の冷静な指摘に、リリカはポカーンと口を開けて立ち止まった。
やっぱり、そこまで考えてなかったか……。
「そこはほら、ソフィーラさんに聞けばなんとかなるかも!?」
『困ったときのソフィーラさん頼みかよ』
行き当たりばったりなリリカに呆れつつも、俺たちはギルドへとんぼ返り。
「ソフィーラさ~ん、いる~!?」
扉を開けるなりのリリカの呼びかけに、運よくギルドで待機していたソフィーラさんが顔を上げた。
「あら、リリカちゃん。何かあったの?」
「ねえねえソフィーラさん、聖都ホーリーシティーってどうやって行けばいいの~!?」
「ヘラクレスさんの運命の人がいるかもしれないんですぅ!」
「はいはい、落ち着いて。まずは事情を聞かせて?」
詰め寄るリリカとタマコを、ソフィーラさんがやんわりと手で制した。
ふたりが事の経緯を説明し終えると、ソフィーラさんは軽く指を立てて提案する。
「それなら、ホーリーシティー行きの護衛依頼を受けてみたら? 商人の往来も多い街だし、ちょうどいい依頼が見つかるかも」
「なるほど~! ありがとっ!」
ソフィーラさんに礼もそこそこに、リリカはギルドの受付へ猛ダッシュ。
「あのっ、エミリーさん!」
「は、はいっ、どうされました?」
受付のテーブルに勢いよく手をつくリリカに、エミリーさんは驚きつつも笑顔を崩さない。
「ホーリーシティー行きの護衛依頼って、今ある~!?」
「私たち、そっちに行きたいんですぅ!」
「かしこまりました。それでしたら……こちらなど、いかがでしょう?」
エミリーさんが提示したのは、細かい文字で埋め尽くされた依頼書だった。
「ヌイヌイタウンからホーリーシティーへ向かう、装飾商の護衛依頼になります。条件もお二人に合っているかと」
「それにするーっ!」
「かしこまりました。では、手続きを進めますね」
こうして俺たちは、ホーリーシティー行きの足を護衛任務という形で確保することができた。
翌朝。旅支度を終えた俺たちは、町の門前で装飾商との待ち合わせをしていた。
「あなたたちが今回の護衛を引き受けてくれた冒険者?」
「は、はいですっ!」
「えっ……おじ……さん?」
タマコとリリカが思わず戸惑うのも無理はない。
その商人は――がっつり女装した中年の男性だった。
「やだ~。あたしは永遠の17歳よん♪」
いやいや、ツッコミどころが多すぎる……。
「あたしはアズモン。装飾商よ」
「リリカですっ! シルバー冒険者だよっ」
「タマコですぅ。同じく、よろしくお願いするですぅ……」
「まぁ、シルバーさんだなんて頼もしいわ~。よろしくね、お嬢ちゃんたちっ」
けばけばしいメイクの顔でウインクしてくるアズモンさんに、俺は思わず背筋をぞわりとさせる。
……リリカたちは、こういうオカマ……もといオネエに抵抗ないんだろうか?
そんな俺の疑問をよそに、アズモンさんの視線がこちらに向けられる。
「ところで、その大きな虫さんは? 見たことない種類だけど」
「あー、この子はヘラクレス! リリカたちの大事な家族だよ!」
どうも。
俺が軽く角を上げて挨拶すると、アズモンさんは両手を合わせて感激したように言った。
「まぁステキっ! ねぇヘラクレスちゃん、今度新作アクセのモデルになってくれない? そのユニークなフォルム、きっと映えるわ~!」
は、はあ。まあ、それくらいなら。
頷いた俺に、リリカが通訳してくれる。
「ヘラクレスもいいってさ!」
「まぁリリカちゃん、虫さんの言葉がわかるの~!? 素敵すぎるぅ!」
「えへっ、それほどでもないし~」
どうやらリリカとアズモンさんは相性がいいらしい。
「な、なんか……ついていけないですぅ……」
一方で、オシャレやアクセにちょっと疎いタマコは、やや置いてけぼりの様子だった。
そんなこんなで、俺たちは装飾商アズモンさんの護衛として、ホーリーシティーへと旅立ったのである。
アズモンさんの馬車に揺られながら、俺たちはのどかな平原をゆっくりと進んでいた。
「やっぱり、ここって平和だよね~。風も草花も、いつも楽しそうに笑ってる感じ!」
馬車の窓から身を乗り出して語るリリカのポニーテールが、心地よい風になびく。
彼女のスキルは“動植物との対話”。
だから俺みたいな虫ともこうして会話できるし、そこらの草花の声だって聞こえるらしい。
「ねえヘラクレス~」
『ん? どうした、リリカ』
突然話しかけられた俺は、夢中でナナバをしゃぶる口を止めて、複眼を彼女に向ける。
「この平原、ヘラクレスは好き~?」
『まあな。のどかで、空気もうまい。悪くない場所だ』
「でしょ~!? リリカもちょ~好き!」
そう言って差し出されたリリカの手に、俺は角で軽くハイタッチを返した。
そんなふうに、のんびりした時間を過ごしながら馬車は進む。
だが――森に差し掛かった途端、リリカの表情が一変した。
『……どうした?』
「木々の声が、怯えてる……。まるで、息を潜めてるみたい」
意味深なことを呟くリリカに続いて、タマコも狐耳をピクピク動かす。
「なにか……いるです、気をつけてください!」
その警告と同時に、森の藪から数人の荒くれ者が現れた。
「命が惜しけりゃ、金目のもんを置いていきな!」
出たな、テンプレ盗賊ども……。
するとアズモンさんは涼しい顔で、リリカたちにひらひらと手を振る。
「はいはい、盗賊ね~。おふたりとも、お願~いっ」
「任されたーっ!」
「おまかせですぅ!」
馬車から飛び下りるリリカとタマコ。盗賊たちは下卑た笑みを浮かべて、目をギラつかせる。
「うへへ、エルフと獣人の女の子だと!? こいつはご褒美だぜぇ!」
「たっぷり可愛がってやろうじゃねぇか!」
その瞬間、俺の怒りは爆発した。
『ストームフラップ!』
俺の唸る羽ばたきが巻き起こす突風が、轟音とともに盗賊たちを襲う。
「うわっ、目が……!」
「なんだこの風はぁ!?」
「ナイス、ヘラクレス! じゃあいっくよー!」
リリカが素早く弓を引き、矢を放つ。
矢は一直線に盗賊の武器を弾き飛ばし、続くタマコの魔法がとどめを刺す。
「唐草結びっ!」
タマコが錫杖を振り上げるなり、地面から伸びた蔓が盗賊たちをがんじがらめに絡め取る。
「あ、あああっ!?」
「ちっくしょー……動けねえ……!」
あっという間に盗賊たちは戦意を失い、地面に転がった。
「盗賊なんてやってるから、こうなるんだよ。おバカさんっ」
リリカが笑顔で一人の額にデコピン。
『そこまでにしてやれ。これで懲りただろうしな』
「うん、そだねっ」
盗賊たちを無力化した俺たちは再び馬車へ戻り、森を抜ける。
その二日後――眼前には、再び広がるサバ砂漠の荒野が現れていた。




