勇者の足取り
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リカーシャは、拠点である聖都ホーリーシティーを目指して、果てしない砂漠を進んでいた。
「……アテナルヴァ様。どうか、導きを……」
祈るように呟くその足取りは、どこまでも真っすぐで、迷いがなかった。
そこへ、背後から息を切らす声が追いついてくる。
「はあ、はあ……待ってくださいよ、リカーシャさ~ん!」
振り返った彼女の顔に、ほんの少しだけ苦笑が浮かんだ。
「……すまない。また、お前を置いていくところだった」
膝に手をついて肩を上下させるピルクに、今度は彼の歩調に合わせて、リカーシャも速度を落とす。
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しばらく無言で進んでいたその時――リカーシャが、ふいに立ち止まった。
「リカーシャさん……?」
「気をつけろ。来るぞ」
すでにリカーシャの手には剣が握られていた。
その直後、砂の地面を突き破って、巨大なサンドワームが姿を現す!
「ブルウウウルルルルッ‼」
砂煙を巻き上げ、軋むような咆哮を上げながら、牙を剥いて突進してくる。
「ーーセイクリッド・スラッシュ!」
リカーシャの刃が聖なる光に包まれ、一閃!
放たれた横なぎの斬撃が、サンドワームの巨体をまっすぐに両断した。
ドサリと倒れ伏した魔物は、魔石を残して砂とともに崩れ去っていく。
「……まだ残っていたとはな」
剣を納めたリカーシャがつぶやく。
「す、すごいです……! あの大きな魔物を一撃で!」
興奮気味に拍手するピルクに、リカーシャは淡々と返す。
「この程度、造作もない」
その無表情の奥には、冷静な使命感と、それ以上の“空虚”が垣間見えるようだった。
「でも、おかしいですね……。悪魔は倒されたはずなのに、まだ巨大化したサンドワームが残ってるなんて」
「……魔力の残滓が、まだ大地に滲んでいるのだろう。しばらくは注意が必要だ」
「はいっ!」
ピルクが頷くと、リカーシャは静かに歩を進める。
こうして二人は、聖都への道を再び歩み始めた――。
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前回の依頼から二、三日が経った朝、俺たちは宿の食堂で朝食を囲んでいた。
だが俺は、食事が進まない。
『……昨日の夢、何だったんだ……?』
無意識にうわの空になっていたらしい。
「ヘラクレスさん、食欲ないですかぁ?」
「また考えごと~? さっきから全然食べてないじゃん!」
『あ、すまない。ちょっと気になってることがあってな……。昨日の夜、変な夢を見たんだ』
「夢?」
『ああ。銀髪の女の子が出てきて、俺のことを“導きの光”だと言った』
俺の言葉に、リリカがあごに指を添えて、真顔になる。
「それって……運命的な何か、かも?」
『はは、そんなバカな……』
ピンと来ない俺に対して、タマコも横から顔を覗き込ませた。
「ヘラクレスさん、何か言ってたですぅ?」
「あ、えっとね~。ヘラクレスがね、夢に銀髪の女の子が出てきたって。しかも導きの光だなんて言われたんだってさ!」
「ええっ! それはまさに運命ですぅ! 間違いないですぅ!」
タマコは手を組んでうっとりとした表情を浮かべる。
「だよね~! ロマンだよねっ!」
キャッキャと盛り上がるふたりに、思わずため息がこぼれた。
……女の子って、こういうの好きなんだな。
食後、俺たちはいつものようにギルドへ向かった。
『もう少し休んでもよかったのでは? まだ報酬は残っているだろう』
「休んでばっかじゃ身体がなまるもん。動いてた方が気が引き締まるって!」
『なるほど……。君は働くのが好きなタイプか』
俺もかつては、娘の梨香と過ごす日々が何よりの生き甲斐だった。
『……梨香、今頃どうしてるんだろうな……』
ぽつりとつぶやいた俺の角を、リリカがつついてきた。
「また遠い目してる~。今はリリカがいるじゃん、ほら!」
『ああ、すまない。お前は……もう、俺の娘みたいなものだからな』
「えっ……」
少し照れたような顔を見せたリリカと笑い合いながら、俺たちはギルドの扉をくぐった。
ギルド内は、朝から妙にざわついていた。
リリカが近くの冒険者に声をかける。
「ねぇ、何かあったの?」
「んだとこら……って、あんた、噂のリリカか!? す、すまねぇ、ちょっとキツく言っちまったな!」
どうやらリリカの活躍もギルド内で知れ渡ってきたようである。
「気にしないよっ。それで、何かあったの?」
「実はな、最近“勇者”が北の方で魔物や悪魔を討伐してるって話が出ててな……」
「勇者!?」
その言葉に、リリカの目が一気に輝いた。
「ああ。ダンジョンのボスも次々と討伐してるらしくて、冒険者の間でも噂になってる。しかも、どうやら銀髪の少女らしいってな」
「ええっ⁉ 本当に!?」
リリカは俺の方を振り返る。
「ヘラクレスの夢に出てきた子、銀髪って言ってたよね!?」
『た、確かに……』
「ほらほら! 運命って、こういうのだよ~!」
その後、俺たちは何人かの冒険者から情報を集めたが、皆、口を揃えてこう言った。
――銀髪の少女が聖なる剣を振るい、悪しきものを斬っていく姿を見た、と。
まさに“勇者”。
「でも、今はどこにいるんでしょうか……?」 「うーん……」
そんなとき、顔見知りの冒険者・ルクスが声をかけてきた。
「やあ、みんな。何を話してるんだい?」
「ルクっち~! 聞いてよ、勇者が北のほうにいるって話、知ってる?」
「勇者……ああ、例の銀髪の少女のことか。確か、今は聖都ホーリーシティーを拠点にしてるって話だな」
「それだ‼」
言うが早いか、リリカがギルドの扉に向かって走り出す。
「ちょっ、待ってってばリリカちゃーん!」
『おいおい、まさか……』
「そう! 今から聖都ホーリーシティーに行くんだし!」
『……ま、確かに気にはなるが……』
「でしょっ? だったらしゅっぱーつ‼」
「ふえええ~! まだ準備がぁ!」
こうして俺たちは、謎の勇者の正体を確かめるため、聖都ホーリーシティーへ向かう旅に出ることとなった――。




