導き
銀髪の少女のもとに、聖職者の装いをまとった小柄な少年が駆けつけてきた。
「はぁ、はぁ……待ってくださいよ、リカーシャさ〜ん!」
息を切らし、華奢な肩を上下させながらも、少年は必死に呼びかける。
しかし、リカーシャと呼ばれた少女は振り返ることなく歩みを止めない。
「あ、待ってくださいってば、リカーシャさん!」
黙々と砂地を進む彼女に置いていかれまいと、少年は懸命にその背中を追った。
そして二人が辿り着いたのは、歴戦の遺跡──勇者と魔王が幾度も刃を交えた因縁の地だった。
「ここが……歴戦の遺跡、ですか。……リカーシャさん?」
荒涼とした風景に見入る少年をよそに、リカーシャは片膝をつき、無言で地面を撫でる。
「……悪魔の魔力の残滓。ここで、確かに戦いがあったようだな」
「やっぱり、先を越されてしまったんでしょうか……?」
「ああ。痕跡は消えかけている。……ここに長居は無用だ」
踵を返そうとしたそのとき、リカーシャの手の甲に刻まれた羽の紋様がほのかに光を放つ。
「……これは?」
「リカーシャさん、紋様がっ! アテナルヴァ様の加護が何かに反応してる!」
「分かっている、ピルク……だが、何に反応しているのか……」
二人して目を凝らすが、光はすぐに収まってしまう。
「……帰るぞ」
「はい」
そうして二人は、静かにその地を後にした。
サバ砂漠の近郊にある小さな村で、リカーシャたちは一夜を明かすことになった。
夜、民宿の簡素な寝台で眠りについたリカーシャは、不思議な夢を見る。
「ここは……どこだ……?」
目を開けると、ただ白く、何もない空間に自分が立っていた。
『リカーシャ』
「っ、その声は……!」
声に振り向いた先に現れたのは、白い羽衣に金の鎧をまとう、神々しい女神の姿。
「アテナルヴァ様……!」
リカーシャはとっさに片膝をついて頭を垂れる。
『勇者リカーシャよ。そなたを導く者が近づいている。彼を見つけなさい』
「導く者……? それは誰なのですか?」
問うた瞬間、アテナルヴァの姿はゆらゆらと揺らぎ、霧散していく。
「お待ちください……アテナルヴァ様!」
手を伸ばすも届かず、次の瞬間──
「っ……!」
リカーシャは飛び起きていた。
「……夢……か」
息を整えつつ、彼女は自分の手の甲を見る。だが、光はもうそこにはなかった。
静かに寝間着から身を包む軍装に着替えたリカーシャは、夜明けと共にピルクと合流し、再び旅に出る。
「リカーシャさん、何かあったんですか? ……ボクでよければ、話を聞きます」
「……夢を見た。アテナルヴァ様から、神託を授かった」
「それは……すごいですね! どんな内容だったんですか?」
興味津々のピルクに、リカーシャは少しだけ目を伏せて答えた。
「“私を導く者を探せ”……そう、言われた」
「導く者……記憶を取り戻す鍵になるかもしれませんね」
「記憶……っ!」
何気ない言葉に、リカーシャの瞳が揺れる。
「私の、記憶……!」
その呟きとともに、彼女は唐突に走り出す。
「ちょっ、待ってくださいよリカーシャさ〜ん!」
慌てて追うピルクの声が、村の朝靄に消えていった。
✳
悪魔バローロンを倒した俺たちは、調査報告のためヌイヌイタウンへと戻っていた。
「ふいーっ、久しぶりのヌイヌイタウンって感じ~。やっぱここが落ち着く~!」
賑やかでありつつも、どこか穏やかな空気の町並みにリリカが両腕をぐいっと伸ばす。
確かに砂漠は乾燥しすぎていて暑かったし、魔物の襲撃もあった。
こうして平和な町に帰ってくると、俺もどこかホッとする。
「あのねリリカちゃん、依頼っていうのは報告まで終えて完了なのよ?」
「分かってるってば~ソフィーラさん! 報告したら、もう後はゆっくり寝るー!」
「はいですぅ~! わたしも砂まみれで、もうヘトヘトですぅ」
そんな賑やかな掛け合いを交わしつつ、俺たちはギルドに到着した。
「エミリー。これが調査の結果と、悪魔の魔石と槍よ」
ソフィーラさんが受付のエミリーに書類と戦利品を手渡すと、彼女は真剣な面持ちで報告書に目を通す。
「……なるほど。そのような異変が……。お疲れ様でした。こちらが報酬です」
丁寧な一礼とともに差し出された報酬袋をソフィーラさんが受け取ると、振り返ってみんなに声をかけた。
「これは四人で山分けしましょう。あなたたちもよく頑張ったもの」
「ええっ!? でも、リリカは何もしてないし……!」
リリカが目を丸くして戸惑うが、ソフィーラさんはにっこりと微笑んだ。
「何言ってるの、リリカちゃん。あなたの援護があったからこそ、私はあれだけ動けたのよ。だから、当然よ」
その言葉にタマコもこくこくと頷き、報酬の一部がリリカとタマコの手に分けられた。
『ほら、リリカ。ちゃんともらっておけよ。頑張った分のご褒美だ』
「うぅ~、じゃあ……ありがと、ソフィーラさん。あと、ヘラクレスも!」
照れくさそうに笑うリリカ。
……うん、その笑顔が一番の報酬だな。
依頼を終えた俺たちは、いつもの宿へ戻って、ベッドに身を預ける。
ーーそして俺は、奇妙な夢を見る。
見知らぬ銀髪の少女が、真っ白な光に包まれた空間に佇んでいる。
『あなたは……私の導きの光……』
凛とした声。覚えのない顔、けれどなぜか胸の奥がざわめく。
少女の手元には、光り輝く「翼と盾」の紋様。
彼女も……神に選ばれし存在なのか……?
『君は一体……?』
声をかけようとした瞬間、少女の姿はふわりと遠ざかっていき、光も音もすべてが薄れていく。
『ーーはっ!』
夢から目覚めると、辺りはまだ暗闇に包まれていた。
隣の布団ではリリカがぐうぐうと寝息を立て、布団を蹴飛ばしている。
俺の背中にはまだあの夢の余韻が残っていた。
あの少女は……誰だったんだ?
どこか懐かしいような、切ないような、不思議な感情だけが胸に残る。
そんな思いを抱きながら、俺はもう一度ゆっくりと休息についた――。




