歴戦の遺跡
それからというもの、俺たちは馬車に揺られながら、ひたすら砂漠を進んでいた。
その道中でも、サンドワームの襲撃は幾度もあった。
だがそのたびにソフィーラさんの槍がうなり、俺たちも後方から援護に回ることで、なんとか撃退を続けている。
そして今も一体のサンドワームを倒したソフィーラさんが、ぽつりとつぶやいた。
「――それにしても、妙ね」
「妙って……何が?」
キョトンとするリリカに、ソフィーラさんは指を立てて説明を始めた。
「サンドワームは大型の魔物だけど、通常はせいぜい半分くらいのサイズよ。あれだけ巨大なのは、異常なの」
「今までの個体が、大きすぎたってことですぅ?」
「ええ。もしかすると、歴戦の遺跡に何らかの異変が起きているのかもしれないわ……」
その言葉に、俺も嫌な胸騒ぎを覚えた。
そして移動を続けることさらに数時間、ついに俺たちは目的地――歴戦の遺跡に到着する。
「ここが……歴戦の遺跡……!」
巨大な石柱が並び、地面は石畳で整備されている。ただ、それ以外に建物らしきものはない。
どこか空虚で、戦いの痕跡だけが残されたような場所。格ゲーのラストステージみたいな空間だった。
「何も……なさそうだけど」
リリカが足を踏み入れた、その瞬間。
「リリカちゃん! 上、危ないですぅ‼」
「へ?」
タマコの叫びと同時に、空から漆黒の槍がリリカの頭上に突き立とうとしていた。
『ギガンティック・ヘラクレス‼』
咄嗟に巨大化した俺が、背中でその槍を受け止め、弾き飛ばす。
「サンキュー、ヘラクレス!」
『気をつけろ、リリカ! 何かいる!』
その直後、黒槍の降り注いだ空間から、何者かが音もなく降り立った。
「ククク……俺様の黒槍を防ぐとは、なかなかやるな」
現れたのは、黒ヤギのような顔に、背中からコウモリの翼を生やした異形の存在だった。
「まさか……悪魔族……⁉」
ソフィーラさんがかすれた声でつぶやく。
『悪魔族? 魔人族とは違うのか?』
「うん、魔人族は亜人の一種だけど、悪魔族は魔物寄り……って、教わったような」
つまり、語感は似ていてもまったく別の存在ということか。
「俺様の名はバローロン。魔王に最も近き者なり!」
「魔王……⁉」
ソフィーラさんが言葉を失うのも当然だった。
バローロンの全身からは、濁った闇の魔力が噴き出している。
「まさか……サンドワームが巨大化していたのも、あなたの仕業ですね!」
指を差すタマコに、バローロンは不敵な笑みを浮かべる。
「鋭いな、狐の小娘。だがあれは俺様の力が、自然と奴らを育てたに過ぎん」
カカカと笑いながら、バローロンは俺にギラリとした視線を向けた。
「ヘラクレス、と言ったな。――俺様と勝負しろ」
『勝負……?』
いきなりの宣言に面食らう俺だったが、リリカを狙った槍の一撃――あれを見逃すわけにはいかない。
なら、受けて立つしかない!
「えっ、ヘラクレス⁉」
リリカの驚きの声を背に、俺が一歩踏み出したその時。
俺の背中に、熱が走る。
「ヘラクレスの背中に……紋様が!?」
「これは……樹の模様ですか?」
リリカとタマコが声を上げる中、バローロンが目を見張った。
「ほう……女神ガイヤの紋か。なるほど、貴様が“勇者”というわけか……!」
その瞬間、空が赤黒く染まり――天から、漆黒の巨大な狼が降りてきた。
「あ、あれは……狼? いや、違う……!」
「ちょっとヤバそうってレベルじゃないよ~!」
「こ、怖いですぅ……!」
誰もが凍りついたその時――俺の頭に、直接声が響いてきた。
『聞こえるか、ヘラクレスよ』
『誰だ……⁉』
『我はアレオス。戦と激情の神なり。この戦い、見届けに来た』
アレオス――戦の神!
神々との縁が立て続けに増えていく中、バローロンが雄叫びのように宣言する。
「見ているがいい、アレオス! 俺様が勇者をぶっ潰して、魔王になってやる!」
「アレオスって……あの狼が⁉」
「ヤバすぎでしょこれぇー!」
「とんでもないことになってるですぅ……!」
その瞬間、俺とバローロンを囲うように、天から黒い杭が何本も打ち込まれる。
「ちょっ、ヘラクレス⁉ 入れないんだけどー!」
リリカが見えない壁を叩くような仕草をしている。
『これは……?』
『戦いに、余計な手出しは無用。我に、その力を示せ』
――どうやら、この戦いは“神に見届けられる一騎打ち”ということらしい。
「くくっ、こうでなくっちゃなァ!」
バローロンが舌を垂らしながら、禍々しく笑う。
よし、だったらやってやるさ。
『行くぞ、バローロン! ここでお前を倒して、みんなのもとへ帰る!』




