砂漠の道のり
その翌日、俺たちはこの日も依頼を探しにギルドへ足を運んでいた。
ギルドへ入るなり、意味ありげに柱に寄りかかって待っていたのはソフィーラさんである。
「あ、ソフィーラさん! おっはよー!」
「おはようですぅ!」
「おはよう、リリカちゃんにタマコちゃん。……突然だけどいいかしら?」
神妙な顔で切り出すソフィーラさんに、リリカたちはキョトンとしてしまう。
「いきなりどしたの、ソフィーラさん?」
「実はね、あの後歴戦の遺跡の調査を引き受けたのだけど、リリカちゃんたちも一緒にどうかしら?」
「歴戦の遺跡……!」
ん、歴戦の遺跡って何だ? 気になるワードが出てきたな。
そんな俺の疑問を代わりに訊いてくれたのは、タマコである。
「あの~、歴戦の遺跡って何ですぅ?」
「ああ、タマコちゃんはヤマタイ出身だから知らないのね。歴戦の遺跡というのはね、歴史上何度も勇者と魔王の決戦が繰り広げられた場所なの」
「まさに最終決戦のステージ!って感じで、この国の人なら知らない人はいない有名な場所だよ!」
「なるほどですぅ」
ふむ、つまり歴代の勇者と魔王の因縁の地ってことか。
「それで、そんな大事な依頼になんでリリカたちを誘ったの~?」
「あなたたち、勇者パーティー結成だって言ってたでしょ。それでよ」
人差し指を紅い唇に添えて微笑むソフィーラさんの説明に、リリカがポンと手を叩く。
「なるほど~、それでか~!」
「昨日のお話、聞いてたですね」
「ごめんなさい、タマコちゃん。つい聞き耳を立てちゃってたの」
あのー、勇者パーティーというのはリリカたちが勝手に言い出したことで……。
そんなことを思う俺をよそに、ソフィーラさんは確認をする。
「それで、あなたたちはどうする?」
「もっちろん、ご一緒するよ~! ーーヘラクレスはどう思う?」
『まあ、調査だけなら危険性は低そうだから行ってもいいだろ』
「わたしも異論はないですぅ!」
「ーー決まりね。それじゃあ二時間後にヌイヌイタウンの門に集合ね」
「「はーい!」」
そうして俺たちはまた新たな冒険に出ることになったのだ。
一通り準備を整えたところで、リリカたちに連れられて俺もヌイヌイタウンの門へと向かう。
そこでもまた、ソフィーラさんが馬車を手配して待ってくれていた。
「お待たせ~!」
「来たわね、三人とも。必要なものは揃えたかしら?」
「はいですぅ! 冒険セットに加えて、言われてたマントも持ってきたですぅ」
嬉々として報告するタマコに、ソフィーラさんもにっこりと笑みを浮かべる。
「どうやら準備はよさそうね」
『なあリリカ、ソフィーラさんにマントの必要な理由を訊いてくれないか?』
「りょーかいっ。ねえソフィーラさ~ん、ヘラクレスがなんでマントが必要か知りたいんだって!」
リリカを通して聞いた疑問に、ソフィーラさんは快く答えてくれた。
「歴戦の遺跡は、このヌイヌイタウンから西に広がるサバ砂漠の奥にあるの。そこは長い歴史の中で、幾度となく勇者と魔王が剣を交わした因縁の地。そして……昼は太陽が焼け付くように降り注ぎ、夜は凍えるほど冷え込む、過酷な環境でもあるわ。だからこそ、マントは命綱になるのよ」
なるほど、遺跡は砂漠にあるのか。
「そーゆーことっ。分かった? ヘラクレス」
『ああ、納得したよ。訊いてくれてありがとな、リリカ』
「えへっ」
俺の感謝にリリカはニカッと笑う。
「それじゃあ出発よ!」
「「はーい!」」
俺たちは馬車に乗って、ここから西のサバ砂漠へと向かうことに。
だだっ広い平原を進むこと三日、俺たちの前にようやく砂漠の光景が見えてきた。
『あれがサバ砂漠……!』
線を引いたように草原から砂の大地になる光景に、俺は目を奪われる。
砂の大地に吹き寄せる乾燥しきった風。
天からギラギラと注ぐ太陽光が肌を刺す。
これは確かにマントがないと肌がやられてしまうな。
砂漠を進み出してすぐ、マントを羽織ったリリカがこんなことを。
「んー、何にも聞こえないし~」
『確かに風の音しかしない、静かだな』
「そーじゃないよ、ヘラクレス。草の音も、虫の気配も、風の囁きすら……何にも聞こえないの。世界そのものが黙り込んでるみたいで、ちょっと怖いくらい」
そういえばリリカには動植物の声を聞けるスキルがあったな。
『そりゃあ草木がないんだから、声も聞こえなくて当然だよな』
「それもそうなんだけどさ。いざこうしてみるとなーんか違和感あって」
おそらくリリカもこういう場所は初めてなんだろう、終始違和感を隠せずにいる。
俺にしてみればそれよりもこのうだるような暑さが堪えるがな。
リリカのマントの中に入れてもらってるからなんとか耐えてるけど、そうでなかったら今頃干からびているだろう。
熱帯出身のヘラクレスオオカブトとはいえ、暑さにはそれほど強くないのだ。
「ヘラクレスの背中も金色だもんね~、なんか辛そー」
気温が高く乾燥が続くと、俺の背中の翅は光を反射するように金色に輝き出す。
まるで警告のサインみたいに。
それだけ、身体が限界に近づいている証拠なんだ。
そんなことを考えながら進むことしばらく、突然ソフィーラさんが馬車を止める。
「みんな気を付けて、何かいるわ!」
「うん、知ってる!」
その呼びかけに反応して、リリカが素早く弓を構える。
だがその瞬間、砂の地面が爆ぜた。
「ブルルルルルウウウウ‼」
砂を巻き上げて現れたのは、ミミズのような体を何倍にも膨張させ、裂けた口から鋭い牙と顎を覗かせる――巨大な異形の怪物。
「サンドワームよ!」
「オッケー、早速やっちゃうよーッ!」
リリカが馬車から飛び降りて矢を放つが――
「……効かない!?」
矢は確かに命中した。
だが、サンドワームの厚くざらついた皮膚に弾かれ、刃先が砕けるように折れた。
「ブルルルルルウウウウ‼」
獣のうなりと金属のこすれるような音が混じったような咆哮と共に、サンドワームがリリカに突進する。
「リリカちゃん、危ないですぅ‼」
タマコが身を投げるようにリリカを押し倒し、巻き上がる砂煙の中を滑り転がった。
「サンキュー、タマっち! けど、あいつデカすぎない!?」
「あんなの……図鑑で見たよりもずっと巨大ですぅ!」
サンドワームが更にのしかかるように襲いかかる――!
「土壁!」
タマコが素早く錫杖を振ると、地面が隆起し土壁を形成する。
だが――
「ぐぅっ、だめですぅ……重すぎるですっ!」
サンドワームの質量に押され、土壁があっけなく崩壊する寸前。
『ギガンティック・ヘラクレス‼』
俺が咄嗟に巨大化して、正面から角でサンドワームの巨体を受け止めた。
「ブルルルルルウウウウ‼」
だが、乾いた砂の地面では足場が利かない。
爪が沈み、踏ん張りきれず、俺は弾かれるように投げ飛ばされた。
『うおおおおっ!?』
地面に叩きつけられるも、柔らかい砂が幸いして大したダメージ
にはならなかった。
だが――
『……なに? あれ……増えてる!?』
砂の地面から、次々と同型のサンドワームが姿を現す。
「一体、二体……四体!?」
「ど、どうするですぅ!? こんなの、まともに戦えないですぅ‼」
リリカとタマコが戦慄する中、空気を裂いて放たれた紅い閃光が、ワームの一体の横腹を貫いた。
「バーニング・ランス‼」
紅に染まった長髪をなびかせながら、灼熱の槍を構えるソフィーラさんが地を滑るように飛び込んできた。
「ブルルルルウ……ッ!」
胸を焼き裂かれたサンドワームが、苦悶の叫びを上げて砂へ崩れ落ちる。
「ここからは私に任せて!」
炎と魔力を纏った槍が舞い踊るように閃き、ソフィーラさんは一体、また一体と獣を穿ち落とす。
「くっ……速いっ……!」
「凄すぎですぅ……!」
最後のサンドワームが、ソフィーラさんの一撃を避けるようにして砂に潜って消えた。
──戦闘、終了。
「ふう……なんとかなったわね」
紅から元の紫へと戻った髪を後ろに流し、ソフィーラさんはゆっくりと呼吸を整える。
「ソフィーラさ~ん! マジ助かった~‼」
「あらあら、リリカちゃんも頑張ってたじゃない」
「それはそうだけど……なんか、空回りしちゃったっていうか……」
ふっと目を伏せるリリカの隣で、俺も気まずく頭を掻いた。
『気にすることないさ、リリカ。俺なんて、ただの巨大なサンドバッグだったようなもんだ』
「ぶはっ、ヘラクレス何その自己評価~! でもありがと、ちょっと元気出たかも!」
笑顔を取り戻したリリカを見て、俺もようやく肩の力が抜けた。
スキルを解除し、元のサイズに戻った俺はリリカの胸元に戻る。
砂漠の地平線には、まだまだ遺跡への道が続いていた。




