魔の発端
それからというもの、俺たちは順調に依頼をこなしていた。
この日は森で、ブラックベアーの討伐依頼を受けていたのだが——。
「それぇっ!」
リリカの放った矢が、ブラックベアーの胸にズドンと命中する。
「グアアアアア‼」
「逃がさないですぅ! 唐草結びっ‼」
たまらず逃げようとしたブラックベアーを、タマコの蔓がしっかり絡め取った。
「今だよ、ヘラクレス!」
『おう! ーーギガンティック・ヘラクレス‼』
リリカの掛け声に応じ、俺はスキルを発動。巨体がぐんと膨れ上がる。
とはいえ女神様の加護が消えた今、全長三メートルちょっとが限界だ。
——それでもカブトムシ特有の怪力は健在だ。
『うおおおおらぁあ‼』
巨大な角でブラックベアーを挟み込み、そのまま高く持ち上げる。
勢いに任せて角を突き刺し、土手っ腹を貫通させた。
「ガハッ……!?」
断末魔を残して、ブラックベアーは魔石だけを残して崩れ落ちる。
「いえーいっ!」 「やったですぅ!」
リリカとタマコが手を上げ、俺も角で二人とハイタッチ(のようなもの)を交わす。
「リリカたち、もっともっと強くなってるよね!」
『ああ、確かにな』
リリカのはしゃぐ姿を見て、俺は胸をなで下ろす。
あの思い詰めていた頃が嘘のように、今の彼女は絶好調だ。
「これで魔石もゲットだし、ヌイヌイタウンに帰るですぅ」
「そだね! ーーはい、ヘラクレス、もういいよっ」
その合図でスキルを解除し、俺は手のひらサイズの虫に戻る。
以前のように気を失うこともなくなり、スキルの扱いにも慣れてきた。
リリカが俺を胸元に乗せて、タマコと一緒に帰路につく。
町のギルドに戻った俺たちは、受付嬢のエミリーさんに魔石を提出する。
「これ、魔石だよ~」
「今回もありがとうございます。ーーはい、確かにブラックベアーの魔石ですね。これで依頼は達成です、ご苦労様でした」
そして今回も報酬をもらったところで、エミリーさんがヒソヒソ声でリリカに伝えた。
「実はギルマスがあなた方をお呼びなんです」
「え、ギルマスが~?」
「なんでしょうか?」
腑に落ちない様子のリリカとタマコ、そんな俺たちをエミリーさんがギルドの二階に案内する。
そして俺たちが連れてこられたのは、ギルドの応接室だった。
「失礼しま~す」
「入れ」
リリカがノックをすると、中から低い声が返事をしたので、俺たちは入室する。
中は真ん中に長方形の机、それを前後で囲うようにソファーが置かれていて、さながら前世での会社の応接室を思い出した。
そんな応接室で待っていたのは、向かいの席に筋骨粒々な壮年ギルマスと、手前の席にソフィーラさんである。
「あ、ソフィーラさん! ヤッホー!」
「リリカちゃんにタマコちゃんたち、ちゃんと来てくれたのね」
にこやかに手を振り返すソフィーラさんを一瞥したギルマスが、厳かに口を開いた。
「忙しい中集まってくれたこと、感謝する。君たちに来てもらったのは他でもない、先のダンジョンで得た巨大魔石のことだ」
「巨大魔石って、ダンジョンボスが落としたアレ?」
キョトンとするリリカの問いかけに、ギルマスは重々しくうなづく。
「そうだ。さぞ強力な魔物が落としたのだろう、魔石であってなお強大な魔力を帯びているのだ」
「それって、どういうことですぅ……?」
首をもきゅっと傾げるタマコに答えたのは、ソフィーラさんだ。
「それがよく分かってないみたいなの。だけどもしかしたら魔王の再誕が近いのかもしれないわ」
「「魔王……!」」
魔王と聞いて、リリカとタマコが二人揃って顔を青ざめさせる。
『なあリリカ、魔王ってどんな存在なんだ?』
「あ、ヘラクレス。魔王はね、この世界に災いをもたらすって、ちょーヤバいヤツ!」
ちょーヤバい、か。
そんなリリカの漠然とした説明に、タマコも補足する。
「歴史上何度か現れては、世界に未曾有の災いをもたらしたと言われてるですぅ。その度に必ず勇者が現れて、魔王を倒したってところまでが伝承ですねっ」
なるほど、俺の知るファンタジーの魔王とだいたい同じってわけか。
「そんな魔王がまた現れる、ってことですぅ!?」
「分からん。だがあの魔石、それとダンジョンの出現は偶然ではない。それだけは確かだ。君たちなら心配はいらないと思うが、くれぐれも気を付けるのだぞ」
そう伝えられて、俺たちは応接室を出る。
『魔王と勇者、か……』
「どーしたの、ヘラクレス? 難しい顔してるよ」
『そうか、それは失礼』
顔を近づけるリリカに、俺は軽く答えた。
だけどリリカは神妙な顔でこう言う。
「それでさ~、リリカ思うんだけどさ、ヘラクレスが魔王をやっつける勇者なんじゃね?」
『は、はあ~っ⁉』
「わたしもそう思ってたですぅ! この前もすごく勇者さんっぽかったですし!」
二人のテンションが上がっていくのを見て、俺は思わずため息をつく。
『おいおい、俺はただの虫けらだぞ。勇者なんて、そんないいもんじゃ……』
「ん~? だけどさ、勇者って強さよりも“覚悟”が大事なんだと思うよ?」
「ですねっ! それにヘラクレスさん、ちゃんとリリカちゃんを守ったですし!」
――なんだよそれ。虫けらの分際で、ちょっと調子に乗っちゃいそうじゃないか……。
『……ったく、しょうがないな。そこまで言うなら、ちょっとくらい“その気”になってみるか』
俺がボソリと呟いたその言葉に、リリカとタマコがぱぁっと笑顔になる。
「やったー! じゃあ勇者パーティー結成ってことで!」
「おーっ、ですぅ!」
……二人とも、無茶しなきゃいいけどな。




