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思い詰めたリリカ

 翌朝、目を覚ますと、隣にリリカの姿がなかった。


 ……おかしい。いつもなら朝寝坊して、俺の背に頬を預けてるはずなのに。


 焦って辺りを見回していると、部屋に戻ってきたのはタマコだった。


「……あ、ヘラクレスさん。起きたですね。――リリカちゃんなら、もうギルドに行っちゃったですよ」


 えっ……? あのリリカが、俺たちを起こすこともなく?


 信じられずに俺が翅を震わせると、タマコは隣に腰を下ろして、小さくため息をついた。


「こんなこと、珍しいですよね。わたしが起きたときには、もういなくて……。机の上に置き手紙があったです。……『少しだけ、頑張ってくる』って」


 少しだけ。けど、その裏にある焦りが見え透いていた。


 タマコも気づいているのだろう。

 指先をモジモジさせて、どこか落ち着かない。


 俺はタマコの腕に飛び移った。


 あいつが無理をしてるのは明らかだった。


「やっぱり心配です。行くですぅ、ギルドまで!」





 ギルドに着くや否や、タマコは受付に詰め寄る。


「エミリーさん! リリカちゃんはどうしたですか!?」


 机をドンと叩く勢いに、俺も思わず翅を震わせる。


 だが受付嬢エミリーさんは、動じることなく言った。


「申し訳ございません、ギルドには守秘義務があります。依頼内容を第三者に伝えることはできません」

「そんな……!」


 タマコの肩が沈む、その瞬間――。


「――たっだいま~!」


「リリカちゃん!?」


 タイミングよく扉が開き、そこには肩を濡らしたリリカが立っていた。


「えっ、タマっち? ってヘラクレスまでいるじゃ~ん!」


 目を丸くして笑う彼女の姿は、どこか空元気に見えた。


 俺がすぐに翅で飛び寄ると、リリカは悪びれもなく言う。


「ごめんごめん! ちょっとスライムとゴブリン狩ってただけだよ~。ほら、魔石!」


 エミリーに魔石を差し出す彼女の手には、小粒な魔石が数個。


「……これで十分だよね?」

「確認します。……確かに討伐対象です。お疲れさまでした」


 小さな報酬を受け取ったリリカが、さらに口を開いた。


「ねえ、エミリーさん。ブロンズ以下の討伐依頼って、まだ残ってる?」


「ええっ!? まだやるですか!?」


 タマコが目を丸くするのも無理はなかった。


「こちらに数件ありますが……何か、急ぎのご事情でも?」

「んーん、ただ、もっと強くなりたいだけ~!」


 軽く笑って流す彼女の顔に、俺は焦燥の色を見てしまった。


『リリカ、無理するなよ。俺たちもいるじゃないか』

「そんなの……関係ないじゃん!」


 ピシャリと、拒絶するように言い放って。


 リリカは、俺たちの前から走り去ってしまった。





 その後、リリカは毎日、独りでギルドの低ランク依頼をこなすようになった。


 俺とタマコは、どこか所在なげに宿屋の一室で過ごすしかなくて。


「リリカちゃん、一体どうしちゃったですかね……」


 ぽつりと呟いたタマコの狐耳は、心配そうにしおれていた。


 ……俺も思う。

 リリカは今、何かに押し潰されそうなんだ。


 ダンジョンで役に立てなかったこと。

 そのことが、彼女の心をずっと締めつけているのだろう。





 窓の外では、しとしとと雨が降り出していた。


「……あ、雨。リリカちゃん、大丈夫かな」


 タマコが不安そうに窓辺に立つ。


 雨はいつしか激しさを増し、雷鳴まで轟いた、その時だった。


 ドンドン、と激しいノック音。


「は、はいですぅ!? ……ソフィーラさん!? どうしてびしょ濡れで……!」


 玄関を開けた先には、ずぶ濡れのソフィーラさんが立っていた。


「……二人とも、大変よ! リリカちゃんが、平原で倒れてたの‼」


「えっ……」


 その言葉は、まるで稲妻が落ちたように俺の胸を撃ち抜いた。


 まさか、リリカが……!


「無事なんですか!? リリカちゃんは!?」

「ええ、すぐに診療所へ運んだわ。でも、様子が少し――」


「行くですぅ!」


 タマコが問答無用で駆け出す。

 俺もすぐに飛び乗った。


 リリカ……どうして、あんな無茶を……!


 タマコと一緒に町の診療所へ駆け込むと、病室のベッドにリリカが寝かされていた。


「リリカちゃん!? 大丈夫ですか!?」


 ベッドの脇に駆け寄ったタマコが、涙ぐみながら呼びかける。


 リリカは弱々しく笑ってみせた。


「……あー、ごめんごめん。ちょっとだけ無理しちゃったかも~。風邪引いちゃってさ……」


 いつもの調子を装うようにへらへらと笑う彼女だったが――。


 次の瞬間、その頬を叩く乾いた音が、病室の空気を裂いた。


 ビンタをしたのは、ソフィーラさんだった。


「ソフィーラさん……?」


 目を見開いたリリカが、呆然とソフィーラさんを見つめる。


 だがその眼差しは、怒りでも否定でもなく――まるで母が娘を叱るような、厳しさと愛しさが同居したものだった。


「……あんたね。最近、様子がおかしいって思ってたわ。独りでギルドに行って、簡単な依頼を立て続けにこなして。――でもそれで、どれだけヘラクレスちゃんとタマコちゃんを心配させたと思ってるのよ!?」

「っ……そんなの……ソフィーラさんには、わかんないよ……!」


 震える声で返すリリカの目に、涙が浮かんでいた。


「強くて、冷静で、何でもできるソフィーラさんには、リリカみたいなダメな子の気持ちなんてわかるわけないじゃん‼」


 その叫びは、ずっと胸の奥に溜め込んできた想いの爆発だった。


 そしてリリカは顔をそむけ、声を震わせながら叫ぶ。


「みんな、帰って! 今は……今は独りにさせてよ‼」


「リリカちゃん……」


 タマコが泣きそうな声を上げるも、それ以上は何も言えなかった。


 いつも明るくて、元気いっぱいだった彼女が、こんなにも脆く、痛々しく見えるなんて。


 俺たちはそれ以上言葉をかけられず、診療所を後にするしかなかった。





 宿への帰り道、タマコは元気をなくしたように、狐耳をしょんぼりと垂らしていた。


「リリカちゃん……本当に大丈夫なんでしょうか……?」


 小さく呟いたその声に、ソフィーラさんがそっと寄り添い、彼女の華奢な肩を抱いた。


「……私もちょっと、言いすぎちゃったかもね。あとで謝らないと」

「そんな……! ソフィーラさんは悪くないですぅ! あれは、きっとリリカちゃんの心がいっぱいいっぱいだっただけで……!」


 まっすぐに言うタマコの声に、ソフィーラさんがふっと笑って、小さく頷く。


「……ありがとう、タマコちゃん。あなた、本当に優しい子ね」


 そんな二人の背中を、俺はただ静かに見守っていた。


 ――リリカ。お前の苦しみも、不安も、ちゃんと俺たちが受け止めるから。


 そんな思いを胸に抱えながら、俺は彼女の回復を祈るように、夜の町を歩いたのだった。

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