狐耳の女の子
「ど、どうしたんですかぁ~?」
駆け寄ってきたのは、狐耳とふわふわの尻尾を持つ女の子。
リリカは俺を摘まみ上げて、満面の笑みで見せびらかした。
「じゃーん! なんかすっごいの捕まえちゃったんだけど~! ガチやばくない!?」
ど、どうも。
俺が前肢をぴこっと上げてみせると、狐耳の子は尻尾をふくらませ、目を見開いて数歩後ずさった。
「はわわっ、な、なんですかそのデカすぎる虫ぃぃ~!?」
「あっはは! そういやタマっちって虫ダメだったっけ~! ごめごめ、マジごめ~ん!」
リリカがケラケラと笑う。
なるほど、狐耳の女の子――タマっちは虫が苦手なのか。
彼女は巫女装束を動きやすくアレンジしたような服に、サイドに赤いリボンをつけたオレンジ色のボブカット。
ひょこひょこと揺れる狐耳と、ちょっとビビリ気味な反応が妙に可愛らしい。
「ん~? もしかして虫さん、こういうタイプの女の子が好みとか~?」
いやいや、冷静に観察しただけですから。
そんな俺の心の声を拾って、タマっちが困惑したように首をかしげる。
「リリカちゃん、その……虫さんの言葉が分かるんですかぁ?」
「そゆこと! リリカの【動植物の声】スキルでね、虫さんの心の声バッチリ聞こえてんの~! すごくない?」
「す、すごいとは思いますけど……あはは……」
タマっちは口では笑ってるけど、口元が引きつってるのがよく分かる。俺でも分かる。
「うっける~! タマっち、顔めっちゃ引きつってんの虫さんにバレてるし~!」
「ふえぇっ!? そ、そんなに分かりやすかったですかぁ~!?」
顔を赤くして狼狽えるタマっち。
なるほど、見た目どおり繊細な性格らしい。
「それよりさ~、この子どうする~? リリカ、連れてっちゃおうかな~とか思ってるんだけど!」
「えっ……ぺ、ペットにするつもりじゃないですよねぇ!? そんなの……」
「えー、だめ~? 虫さんもリリカと一緒がいーよね?」
ギラリと輝く瞳で見つめてくるリリカに、俺は少し考える。
別にこの娘たちと旅する義理はない。
でも、リリカ――前世の娘に瓜二つのこの少女と出会えたのは、偶然じゃない気がしていた。
『それじゃあ、ご一緒しようかな』
心から強めに念じると、リリカは歓声を上げて飛び跳ねた。
それと同時に割と大きめに発育したリリカのお胸も弾んだのに目がいったのは黙っておこう。
「やったー! 虫さん、仲間入り決定っしょ~! タマっち、虫さんも来るって!」
「そ、そうなんですかぁ……。は、はい、分かりましたぁ……」
タマっちの反応は、やはり渋めだ。
そりゃ、虫が苦手な子にとってヘラクレスオオカブトなんてデカすぎるしな……。
こうして、俺はなし崩し的に二人と行動を共にすることになった。
夜。
タマっちと交代したリリカは、焚き火のそばにごろりと横になると、俺を傍らに置いたまま地面に寝転がる。
「ねえ虫さん~。これってさ、やっぱ運命じゃね?」
運命?
「そうっ! だって転生者と出会うなんてリリカ、マジで想定外だったし~! エモすぎじゃん!」
キラキラと星空のような目で語るリリカに、思わず笑ってしまう。
転生者って珍しいんだろうな。ガイヤ様も千年に一度とか言ってたし。
『ちなみに、リリカにちゃんと伝えたいことは強調して念じるから、それ以外は戯れ言ってことで流してくれ』
「はーい、了解でーす。それじゃあ、おやすみ~」
そう言ってリリカは、森の地面に寝息を立てはじめた。
その寝顔はやっぱり――前世に遺してきた娘と、瓜二つだった。
俺は、そっと彼女の顔を見守る。
虫の姿になっても――お前のことは、ちゃんと見守ってやるからな。リリカ。
そう誓いながら、俺は彼女のそばで静かに眠りについた。
翌朝。
森の木々の間から、柔らかな朝日が差し込む。
リリカとタマっちが、ゆっくりと目を覚ました。
「ん~っ、マジで寝心地わる~。地面とか硬すぎなんだけど~」
『そのわりに、爆睡してたように見えたけど?』
「えっ、マジ!? 虫さんに寝相見られてたとか、チョー恥ずいんですけど~!」
照れる仕草も、年頃の女の子らしくて可愛い。
梨香がもう少し成長してたら、こんなふうだったんだろうか……?
そう思うと、胸がチクリと痛んだ。
「……虫さん、どしたの?」
『いや、大丈夫。なんでもないよ』
今の俺は、ヘラクレスオオカブト。
過去ばかり見てても仕方ない。
『それと、俺の名前は英雄だからな? 一応。』
「え~、それ初耳なんですけど~? てか、名前ちょいダサくない~?」
うぐっ……! 自分の名前を全否定されるとは……。
「じゃあさ、リリカがエモい名前つけたげる~!」
ぶくっとしたピンクの唇に指を添えて、うーんと悩むリリカ。
……ま、改名も悪くないか。なんか青春ぽいし。
「そだ! 『ヘラクレス』とかどう!? 伝説の英雄って感じで、めっちゃエモくない?」
ズコーーッ!
まさかの直球すぎるネーミングに、思わずズッコケた。
ていうか、異世界にもヘラクレス伝説あるんかい!
でもまあ、シンプルだし、覚えやすくて悪くない。
『……いいんじゃないかな』
「でっしょ~! それじゃあ改めて、よろ~! ヘラクレス!」
『ああ』
リリカがしゃがんで差し出した手に、俺は“お手”の要領で前肢をちょこんと乗せた。
「じゃ、タマっち起こしに行こっか~! レッツらゴ~!」
そう言うリリカは俺をつまみ上げ――そのまま、膨らんだ胸元にぐいっと押し当ててきた。
ちょっ、胸……!
「ん~? どしたどした~? ……まさかヘラクレスってば、おっぱい好き~? チョーエロなんだけど~!」
『ち、ちがっ! 別に欲情してるわけじゃなくてだな! その、物理的に驚いただけで……!』
慌てて弁明する俺を、リリカは全く気にせず抱えたまま、タマっちの方へ向かっていく。
そこには、尻尾を抱いて寝息を立てているタマっちの姿があった。
ふわふわの尻尾、ぴくぴく動く狐耳――なんか小動物っぽくて、妙に可愛い。
そんな俺の視線をよそに、リリカはタマっちの耳元に口を近づけ――
「タマっち~! おっはよ~~!!」
「ひゃいぃぃ~~っ!?」
ビクン!と全身を跳ね上げて、タマっちは尻尾をバサッと膨らませた。
「もぉ~、耳元で大声出すのやめてって、いつも言ってますよねぇ~~!」
「あはは、ごめごめ~! ついさ、反応かわいすぎて~!」
頬をぷくっと膨らませ、涙目のタマっち。
それを見て、リリカはさらにケラケラと笑う。
「それより見て~! このヘラクレス、ブローチみたいでチョーかわいくない~?」
「そ、そう……ですかぁ……?」
やあ、タマっち。
「ひゃあっ!?」
俺が軽く角を動かしただけで、タマっちは尻尾を“ボフッ!”とふくらませて飛び跳ねた。
「あははっ! タマっちってば、またビックリしすぎ~! ガチかわなんだけど~!」
「だーかーらぁ! おどかさないでくださいってば~~!」
朝の森に響く、ギャルとビビりの小競り合い。
その様子を見ながら、俺はやれやれと角をすくめたのだった。