巨大なる英雄の力
叫ぶや否や、俺の身体が燃えるように熱くなった。
視界がみるみる上昇し、天井が近づく。
地を這っていたはずの俺の目線が、土蜘蛛アンテオスと同じ高さに達していた。
これは……俺自身が、巨大化している……⁉
リリカたちの逆さ吊りの姿が、手を伸ばせば届く距離になっている。
折れた角も元通りになり、今の俺のサイズは――十メートル級だ。
「ヘラクレスが……デカくなってる……!?」
信じられないものを見るように目を見張るリリカ。
俺は彼女に、力強くうなずいてみせた。
「貴様……ッ、何者ダ……⁉」
今までの不敵な笑みを消し、恐怖をにじませるアンテオスに、俺は巨大な角を堂々と掲げて宣言する。
『俺は、ただの虫じゃない……! 仲間の誇りを背負った勇者だ‼』
「ヘラクレス……!」
見ていろリリカ。
今度こそ、本当に守り抜く――!
『アンテオス、これが決着だ‼』
俺は六本の脚で地を蹴り、轟音とともに突進した。
一歩踏み出すたびに地面が割れ、洞窟全体が揺れる。
「巨大化シタトテ、所詮虫ケラ……!」
アンテオスが叫び、腹部から無数の毒針を放つ――
が、その一撃すら今の俺には通じない。
俺の甲殻はまるで鋼鉄の如く硬く、毒針を全て弾き返した。
「すご……すぎ……!」
リリカの呟きが、俺の背に追い風をくれる。
俺はそのまま角を突き立てようと踏み込むが――
「我ニ肉弾戦ヲ挑ムトハ……愚カナ!」
アンテオスが鋭く跳び、巨体とは思えぬ速度で俺の角をかわし、巨大な牙で噛みついてくる。
『くっ……!』
激しい衝撃――だが、牙は表面をかすめただけ。
俺の角は、そう簡単に砕けるものじゃない!
「ナ、ナゼ通ジヌ……⁉」
その動揺を逃さず、俺は反撃に出た。
全身に力を込め、アンテオスの巨体を――持ち上げる!
「ヌ……!? 馬鹿ナ……!」
地鳴りとともに、アンテオスの八本の脚が宙に浮く。
地から魔力を吸うはずの脚が地面を離れた瞬間、アンテオスの動きが鈍くなる。
『地面がなきゃ、お前はただのデカい蜘蛛だ!』
俺は、そのまま角を交差させて、アンテオスの腹を挟み込む!
「ヤメロ……我ハ、不死身……不滅……!」
『だったら、不滅ごと貫いてやる‼』
叫びとともに、全力で角を締め上げる――
ズシャアッ‼
アンテオスの腹が裂け、白濁の体液が勢いよく噴き出す。
次の瞬間、巨大な身体がビクリと痙攣し、ガクンと崩れ落ちた。
「此ノ我ガ……虫ケラ如キニ……グアアア……‼」
断末魔を響かせながら、土蜘蛛アンテオスは魔石となり、粉々に崩壊した。
深淵の主、討伐――完了。
仲間を救い、恐怖を打ち破り、俺は――勝ったんだ‼
俺は二本の巨大な角を天に掲げ、雄叫びを上げた。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼』
勝利の余韻に浸る間もなく、逆さ吊りのまま苦しげに眉を寄せるリリカが目に入った。
そうだ――リリカたちを助けないと。
俺は角を高く掲げ、上の角で天井の糸を断ち切り、下の角でリリカの身体を優しく受け止める。
「サンキュー、ヘラクレス……」
『仲間として当然のことだ』
リリカをそっと地面に下ろしたあと、俺は続けてタマコとソフィーラさんも救出する。
「はわわ……ヘラクレスさんが、おっきいですぅ……!」
「……ありがとう、助かったわ」
二人を無事に地に下ろしたその時、リリカが俺の角に抱きついてきた。
――おぷっ!? 胸が……!
「ヘラクレス、マジでかっこよかったし! もうガチで英雄じゃん‼」
『そ、そうか……?』
目をキラキラさせて喜ぶリリカに、その豊満な胸の感触と相まって俺の意識がクラっとしかける。
「リリカちゃんの言う通りですぅ! 今のヘラクレスさんは紛れもなく、大英雄ですぅ‼」
お、おう……褒められるのは嬉しいけど、照れるな。
そんな俺をよそに、ソフィーラさんがふと微笑んだ。
「あなた、まさか……神の選定者なの?」
……さて、どうだろうな。
直接言葉を交わせない俺は、首を傾げてみせる。
するとソフィーラさんはふっと笑って目を細めた。
「……まさか、ね」
――いや、俺にも本当のところは分からない。
でも、あの時……ガイヤ様の声と加護があったのは、確かだ。
「お~~い! みんな~~!」
そこへ遅れて、ルクスたち三人が駆けつけてきた。
「あっ、ルクっち! 無事だったんだ!」
「まあね。僕たちにかかれば、人面蜘蛛くらいどうってことないさ!」
ドヤ顔のルクスを、マオがひじで小突く。
「ホントは途中でアイツが動かなくなったから、今のうちにって逃げてきたニャ~」
「……それで、まさかと思って来てみたら……やっぱり、やったんだな」
レッドの視線の先には、アンテオスの残した巨大な魔石が静かに転がっていた。
「……それにしても、そのバカデカいのって、まさか……」
「そうだよ~! この巨大ヘラクレスが、あの土蜘蛛をボッコボコにしたの‼」
「マジで格好よかったですぅ~!」
「……そうか」
レッドは一歩前に出ると、俺を見上げながら呟いた。
「タマコを……守ってくれて、感謝する」
言葉には出さないが、その瞳はまっすぐだった。
俺は無言で巨大な角をレッドの肩にそっと寄せた。
そんな時、ソフィーラさんが手をパンパンと叩いて、みんなに声をかける。
「はい、注目~! ダンジョンボスを倒したってことは、高く売れそうな素材やお宝がいっぱいあるはず! しっかり探すわよ~!」
「お宝~っ!」
「了解ですぅ~!」
あはは、みんな元気だな……。
そんな彼らのやり取りを、俺はひときわ高い視点から見守っていた。
誇らしさと、ほんの少しの寂しさを抱えながら――




