不死身の力
ソフィーラさんの号令とともに、俺たちは四方に散開してトゲの雨を回避する。
地面に突き刺さったそれは、どれも人の前腕ほどもある巨大な針――ひとつでも食らえば命に関わる代物だ。
「ククク……ドコマデ避ケ続ケラレルカナ?」
土蜘蛛アンテオスは余裕の笑みを浮かべながら、休みなくトゲの嵐を降らせ続ける。
その凶弾が地面を砕き、音すらも容赦なく切り裂いていく。
そのうちにリリカたちの足取りが徐々に鈍っていく。
「う、ううっ……身体が重く……なってきた……!」
「まさか……この糸、魔力を……吸い取ってるですぅ……!?」
「魔力吸収の糸――なんて厄介な罠なの……っ!」
いつの間にか地面に絡みつくように張られた銀糸が、じわじわとリリカたちの魔力を奪っていた。
「我ガ巣ニ踏ミ込ンダ愚カ者ヨ……汝ラノ魂マデ喰ラッテクレヨウゾ……ムハハハ!」
アンテオスの嘲笑が響くたび、糸が地を這い、洞穴の温度が一段階冷え込む気がした。
だがソフィーラさんは怯まない。
紅く燃えるような魔力をまとい、声を張り上げる。
「短期決戦しかない……! ――イグニッション・フェイズ‼」
炎を纏い、まるで彗星のように駆け抜ける。
「バーニング・ランス‼」
放たれた槍が、アンテオスの脚を一閃――燃え盛る切っ先が、蜘蛛の脚を斬り落とした!
「やったーっ!」
「脚を一本落としたですぅ!」
歓声が上がったのも束の間。
「――ソレデ、勝ッタツモリカ?」
残る七本の脚が地面に深く突き立ち、黒紫の糸が一斉に光を放つ。
「大地ヨ、我ニ糧ヲ与エヨ……」
「まさか、魔法詠唱!?」
「うそ……もう、脚が……っ!」
ソフィーラさんの切断した脚がみるみる再生していく。肉が盛り、外骨格が組み上がり、やがて元通りに。
「――我ガ巣ニ在ル限リ、我ハ不死ナリ」
死を拒絶する呪いのような宣言とともに、土蜘蛛アンテオスは不敵に笑った。
「くっ、だったら再生が追いつかない一撃を叩き込むだけよ!」
再びソフィーラさんが跳び上がる。
「バカメ……宙ニ浮クハ、無防備ナリ」
アンテオスがトゲを束ね、槍のような形状の超大型弾を生み出す。
「――唐草結びっ!」
それをタマコが錫杖を振り上げて地面から蔓を伸ばし、束ねた針を絡め取る!
「リリカも援護するしぃ!」
リリカの矢がアンテオスの顔面を撃ち抜く。
「グッ、小癪ナ……!」
「今だよ、ソフィーラさん!」
「――はああああっ‼」
全身全霊の一突き。
ソフィーラさんの紅蓮の槍が、アンテオスの腹部を穿った!
燃え盛る魔力が一帯に爆ぜる。
――が、
「小賢シイ……!」
次の瞬間、巨体がのしかかるように槍を押し出し、ソフィーラさんは逆に吹き飛ばされた。
「ソフィーラさん!!」
「ああっ……!」
ソフィーラさんは槍を手放したまま、地面を転がる。
駆け寄るリリカとタマコが支えるが、その目に絶望が浮かぶ。
「……嘘、もう回復してる……!?」
アンテオスの腹部には、傷一つ残っていなかった。
「バカな……致命傷だったはずなのに……っ!」
「フハハハハ……甘イナ」
そう高らかに笑った次の瞬間。
「絶望ヲ、確実ナモノトシテクレヨウ」
地を這う糸が突然うねり、足元から爆発的に吹き上がる!
「キャアアアアアッ‼」
「ひゃああっ!?」
「くっ……!」
リリカ・タマコ・ソフィーラの三人が、一瞬で足を捕らえられ、天井へと引きずり上げられる。
『なっ、やめろ――!』
逆さ吊りの状態で、彼女たちはジリジリと魔力を吸い取られていく。
顔色がみるみる悪くなり、意識が朦朧としてきていた。
『この、このっ!』
俺は必死にリリカの身体をよじ登り、角で糸を切ろうとするが――まるで鋼鉄とゴムを併せ持ったような性質で、びくともしない。
ハリケーンスラッシュも、傷一つ付けられなかった。
「っ……意識が……とおのいてく……」
リリカの声が、ひどく遠くに感じる。
見れば、タマコもソフィーラさんも、糸に囚われたままほとんど動けなくなっていた。
俺だけが、動ける。
だけど、この身体じゃ、力が足りない。
「ムハハハ……見ロ、小サキ虫ケラヨ。絶望ト無力ノ味ハ、如何カナ?」
アンテオスが、嘲笑とともにこちらを見下ろす。
その視線は、俺という存在を侮蔑し、踏みつぶそうとする者のそれだった。
『くそっ……くそっ……!』
涙すら出ない。あまりに無力で。
――だが、俺は逃げない。
『済まない、リリカ……だけど、お前たちを守れるのは……今の俺だけなんだ!』
俺は、土蜘蛛アンテオスの前に立った。
ちっぽけで、力もない――それでも。
ここで折れるわけにはいかない!
『出し惜しみは――なしだ! ライジング・ヘラクレス‼』
俺は、自分の全力を引き出す切り札を解放した。
刹那、俺の全身が金色に燃え上がるように輝く。
金剛の如きオーラが火花を散らし、地を揺るがす咆哮を上げる!
「――ホウ……面白イ」
土蜘蛛アンテオスが不気味に目を細める。
『これでも食らえッ! ノビ~ルホーン・ライジング‼』
金色に染まった俺の角が、裂帛の勢いで伸び――土蜘蛛アンテオスの顔面を真正面から貫いた!
だが――
「無駄ダ。我ヲ殺ス者ナド、世界ニ存在シナイ……!」
その声は――傷一つついていないかのように冷たく、硬かった。
『うるさいッ‼ それでも、俺は――あいつらを守るんだあああああ‼』
渾身の力で角を突き上げると、アンテオスの巨体がわずかに宙に浮いた。
「――ヌ……ッ!?」
土蜘蛛アンテオスの顔に、一瞬だけ走る驚愕の色。
脚が地から離れたことで、張り巡らされた魔力の供給が途切れる……!
だが――
「舐メルナァッ‼」
奴はすぐさま残った脚を突き立て、地を蹴るようにして俺を振り払った!
『――ぐはっ!?』
空中に投げ出された俺は、糸だらけの地面を転がる。
そのとき――
頭上の角が、嫌な音を立てて折れた。
『……っ⁉』
自分の体液が、白く濁って地に垂れていく。
呼吸が乱れ、意識が急速に遠のいていく中で――
「ヘラクレス――っ‼」
リリカの悲痛な叫び声が、遠くから届く。
……ああ、まただ。
また俺は、大切な存在を救えないまま終わるのか――?
そんなのは――嫌だ……!
リリカだけは、俺が絶対に……守る……!
俺が、まだ小さな虫だったとき。
誰にも相手にされなかった時代に、手を差し伸べてくれた、彼女を。
――まだ、終わってたまるか……!
そのときだった。
『――よくぞ、立ち上がりました。小さき勇者よ』
突然、脳内に響いた声。
温かく、威厳に満ちた――聞き覚えのある声。
『……この声、まさか……女神……ガイヤ様……?』
『その通りです。私が選びし勇者、ヘラクレスよ。いまこそ、汝の真なる力を――解き放つのです』
その言葉が、魂に火を灯す。
胸の奥から沸き上がるような熱。
背中が焼けつくように熱い。
紋様が――目覚めている……!
【スキル『ギガンティック・ヘラクレス』を開放しました】
俺は、全身にあふれかえる力を感じながら、心のままに叫んだ。
『――ギガンティック・ヘラクレス‼』




