土蜘蛛アンテオス
「ニヘラ……っ」
俺たちの前に立ちはだかる人面蜘蛛が、突如として背後の壁から石礫を無数に放ってきた。
「ナイトガード!」
ルクスが即座に光の剣を振るい、前方に広がる盾のような結界を展開。
その結界が砕け散る石礫を全て受け止め、俺たちを守る。
「ルクっち!」
「このくらい平気さ!」
額に汗を浮かべながらも笑顔を見せるルクスが、剣を前に構え直す。
「ここは僕が引き受ける。君たちは先に進んで! こいつは、僕たちが止める!」
「でも……!」
リリカが一歩前に出かけたその瞬間、人面蜘蛛が甲高い笑い声を上げた。
「ニヘヘへへへへェ‼」
四方から繰り出される糸がルクスの身体に絡みつき、瞬く間にその動きを封じていく。
「ぐっ……!」
「ルクっち!」
「ルクスさん!」
悲鳴のような叫びと共に、タマコとリリカが駆け寄ろうとする。
「ウチが行くニャア! ダブルエッジ‼」
マオが疾風のように走り出し、鋭い双剣で絡みつく糸を鮮やかに断ち切った。
「ありがとう、マオ……助かった!」
「ウチもここに残るニャア!」
マオが双剣を逆手に構えたその隣で、レッドが黙って一歩踏み出す。
「俺も、ここで戦う」
その低い声に、ルクスが顔を上げる。
「二人とも……ありがとう」
「同じパーティーでしょ、当然ニャア!」
「一人で背負い込むな。仲間を信じろ」
彼らの絆に、俺は静かに胸を打たれた。
きっと、俺も――リリカたちと、そんな関係でありたい。
「ルクス君たちに任せて、私たちは先を急ぎましょう!」
ソフィーラさんの鋭い指示に、俺たちは顔を見合わせる。
「えっ、でも……!」
『彼らを信じよう。俺たちには、俺たちの戦いがある』
「……うん、分かった!」
「皆さん、どうかご無事で……!」
そうして俺たちは、背後で戦う三人の背に想いを預け、再びダンジョンの奥を目指した。
ソフィーラさんを先頭に、俺たちは地下道をひた走る。
「三人に恥じないよう、私たちも気を引き締めるわよ!」
「ソフィーラさん、ヘラクレスもいるよ~!」
リリカの軽口に、ソフィーラさんも柔らかく笑う。
「そうね。私たち四人で、必ずダンジョンを攻略するわよ!」
『おー!』
その声に気合を込めて進む一行。
だが道中は、不気味なほど静まり返っていた。
「変ね……さっきの人面蜘蛛以降、魔物の気配がない」
「えっ、もしかして全員リリカたちにビビって逃げちゃったとか~?」
「油断しないで。これは嵐の前の静けさよ」
そして、俺の背中が突然熱を帯びる。
「わわっ、ヘラクレスの背中が光ってる~!?」
リリカの声に振り向くと、俺の背中に刻まれたアルティアナ様の紋様が燦然と光を放っていた。
そして頭の中に、女神の声が響く。
『ここから先に、最大の苦難が待ち受けています。しかし、あなたならば――』
そこまで聞こえた瞬間、声は途切れた。
『……アルティアナ様……?』
「どしたの、ヘラクレス?」
『今、女神からの啓示があった。最大の試練が待ち受けていると』
「うわ~、それってヤバくない!? でもアルティアナ様から応援されるとか、ちょ~羨ましいし!」
くねくねと身体を揺らして喜ぶリリカが、何とも微笑ましい。
そうして俺たちは、ようやくその場所へとたどり着いた。
「ここは……?」
「――間違いないわ。ここが最深部よ」
ただならぬ魔力の濃度。
光る糸が壁を走り、天井から絹のような束が垂れ下がっている。
そして地面には、まるで魔法陣のような幾何学模様が糸で描かれていた。
「皆さん、あれ……!」
タマコが指さす先、巨大な岩のような影が静かに佇んでいた。
――だが、岩ではない。俺の感覚が警鐘を鳴らしていた。
『あれは魔物だ。注意しろ……!』
警告と同時に、その『岩』がゆっくりと脚を広げた。
「で、デカ……!」
「デカすぎる蜘蛛ですぅ!」
「こんな……魔物、見たことないわ……」
全身が毛に覆われ、禍々しい牙が光る。
その巨体は、脚を広げて十メートルを超えていた。
そして、低く、洞窟全体を震わせるような声が響く。
「ヨクゾ来タ、我ガ領域ニ侵入セシ者ヨ……」
「この声は!?」
「まさか、あの蜘蛛が喋ってるの!?」
「自我を持つ魔物……厄介ね」
蜘蛛の魔物は、静かに名乗る。
「我ガ名ハ――土蜘蛛アンテオス。此ノダンジョンの主ナリ」
「土蜘蛛アンテオス……!」
まるで魔王のような存在感に、ソフィーラさんが槍を構え直す。
だが突撃しない。相手のただならぬ威圧感が、それを許さなかった。
「挑ムガ良イ。我ヲ楽シマセロ、挑戦者ドモ……!」
その言葉と同時に、アンテオスの背中から無数の針が放射状に撃ち出された。
「避けて‼」




