ヘラクレスの奮闘
目の前で仲間が苦しめられている――今の俺にできることは、たったひとつ。
まずはリリカとタマコの救出だ!
『今行くぞ、リリカ!』
「えっ、ヘラクレス……!?」
俺はすぐさま周囲を見渡し、地面に転がった毒消しの小瓶を発見する。
幸い小さな俺の動きに、大ムカデは全く気づいていない。
角で小瓶をしっかりと挟み、俺は毒に苦しむリリカの胸元へと急行する。
『毒消しだ、早く飲め!』
「ヘラクレスが……持ってきてくれたの? ……マジ、助かる……!」
震える手で小瓶の蓋を開け、中身を一気に飲み干すリリカ。
その顔に、少しずつ血の気が戻ってくる。
――よし、次はタマコだ!
『うおおおおッ‼』
俺はすぐさまタマコに絡みつく大ムカデの胴体に飛び乗る。
脚でしっかりと食らいつきながら、ヌルヌルと動く体表をよじ登っていく。
「グシャララ!?」
振り落とそうと暴れる大ムカデの体にしがみつき、俺は一気に頭部へと到達する。
『――ノビ~ルホーン‼』
ぐん、と伸びた角が大ムカデの頭部を貫いた。甲殻を突き破る手応えと共に、大ムカデは体をくねらせて崩れ落ちる。
「ひゃうっ……助かったですぅ……!」
タマコが俺をそっと抱き上げて、涙ぐんだ笑顔を向けてくる。
だけど、まだ終わりじゃない。
「グジャララララァ‼」
群れの残党がこちらに迫ろうとしたその時――
「タマっちに手出しなんてさせないんだから‼」
毒が抜けたリリカが、鋭く弓を引き絞り、的確に矢を連射して大ムカデを射抜いていく。
『よし、俺も行くぞ! ――ハリケーンスラッシュ!』
風を纏った角を振り下ろし、俺は一匹の大ムカデの首を跳ね飛ばした。
「ナイス、ヘラクレス!」
だが、地中や枝の上からも次々とムカデが現れる。
「数が多すぎですぅ!」
「キリないじゃん、これー!」
焦る二人をかばうように俺が前に出た、その時だった。
「――フレイム・シャワー‼」
上空から熱を帯びた火の雨が降り注ぎ、ムカデの群れを一気に焼き払った。
「やっと追いついたわ!」
「ソフィーラさん‼」
焔の槍を構えて立つソフィーラさんに、リリカとタマコが顔を輝かせる。
「僕たちも来たよっ! ソードスプラッシュ‼」
ルクスの斬撃が水の刃となり、逃げ遅れたムカデをまとめて叩き斬る。
「てりゃああニャア! ダブルエッジ‼」
「うおおっ、潰れろォ!」
マオの高速の剣技と、レッドの重々しい一撃が追い打ちをかける。
こうしてムカデの群れは無数の魔石を残し、完全に殲滅された。
「うえええん! ソフィーラさーーん‼」
リリカが泣きつくようにソフィーラさんへ飛び込む。
「全くもう、突っ走るからこうなるのよ!」
「ごべんなざいぃぃぃ‼」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔に、ようやく戦いの終わりを実感する。
「タマコ!」
「レッドさん……!」
駆け寄るレッドに、タマコがそっと微笑む。
「無事でよかった……」
「レッドさんのおかげですぅ」
タマコのふにゃりとした笑みに、レッドが頬を赤らめて目を逸らす。
「あっ、また顔真っ赤ニャア~」
「レッド、タマコちゃんのためなら鬼神も斬る勢いだもんねぇ」
「うるさい……っ!」
仲間たちのからかいに、レッドが顔を背けながら照れる様子に、場も少し和んだ。
だけど――
もし助けが来てなかったら、俺たちはどうなっていただろう?
『……俺、もっと強くならないと……』
「どーしたの、ヘラクレス?」
不意に背後から声がかかる。
『わっ、リリカか』
「なんかしょんぼりしてたけど、自分責めてたりしない?」
『それは……』
「ダメだよ、そんなの! だってヘラクレスがいたから、リリカは生きてここにいるんだよ?」
そう言ってリリカが、俺の角に唇をそっと押し当てる。
「かっこよかったよ、パパ」
――やられた。
またしても、胸が熱くなる。
家族として。仲間として。それ以上の何かとして――。
『……ありがとう、リリカ』
「よーし、それじゃあ改めて探索開始~!」
『おー!』
立ち上がる冒険者たちとともに、俺たちはダンジョンのさらなる深部を目指して進み始めたのだった。
✳
一方その頃、ダンジョンの最奥――闇に包まれた深淵の空間。
糸が放射状に張り巡らされたその中心で、巨体を静かにうずめる土蜘蛛アンテオスが、口元を綻ばせていた。
「……フフフ。ナラバ、挑ム価値モアロウトイウモノ」
まるで獲物を迎える主のような風格。自らの配下――大ムカデの群れが殲滅されたというのに、その顔には焦りひとつない。
むしろ、興が乗ったとでも言いたげだ。
「面白イ。実ニ面白イ……」
八つの赤く光る単眼が、虚空を睨むように光を放つ。
その視線の先にあるのは――一匹の甲虫。
「カノ小サキ虫ケラ風情……何者ダ?」
まるで何かの謎に触れたかのように、アンテオスはかすかに首を傾げる。
だが、すぐにその口元は不気味な笑みに歪んだ。
「……良イ。良イゾ。愉シミガ増エタ」
巨体を支える八本の脚がわずかに動き、床を軋ませる。
「来ルガ良イ。未ダ未ダ、我ガ“饗宴”ハ始マッタバカリダ……!」
その声は糸を通じてダンジョン中に震えるように響き渡る。
――土蜘蛛アンテオスは、静かなる熱狂の中で、獲物たちの到来を待ち構えていた。




