冒険者たちの行進
ヌイヌイタウンを出た冒険者たち一行は、近郊の平原を徒歩で進んでいた。
道中は敵の気配もなく、のんびりとした雰囲気が漂っていた。
「ねえタマっち、もしさ~、いきなり誰かに告白されたらどうする~?」
リリカの唐突な質問に、タマコの尻尾がボフッと逆立つ。
「ひゃわっ!? そ、そんなの無理ですぅ! 心の準備が……!」
慌てふためくタマコに、リリカがにやにやと追撃を仕掛ける。
「でもさ~、レドやんとかだったら、ちょっとアリだったりして~?」
「へ、ヘラクレスさ~ん! リリカちゃんがいじめるですぅ~!」
俺をつまみ上げて泣きついてくるタマコに、俺は静かに角を彼女の頬に添えてやる。
声は届かなくても、気持ちは伝えられるはずだ。
「……ありがとうですぅ。ヘラクレスさんは、いつもわたしの味方ですねっ」
タマコの表情がふっと緩み、安心したように微笑んだ。
すると今度はリリカにひょいとつまみ上げられ、いつもの胸元ポジションへ。
「も~、タマっちばっかずるーい! リリカもヘラクレスに甘やかされたいしっ」
『はは、リリカもそのうち誰かに恋する日が来るさ』
「む~、ホントかなあ?」
そんなたわいもないやり取りをしながら歩いていると、やがて平原が森林地帯へと移り変わる。
『なあリリカ、この森って……』
「ん~? あっ、そうじゃん! リリカとヘラクレスが初めて出会った場所だよね~!」
『ああ、なんだか懐かしいな』
リリカが胸元で俺を掲げ、きゃっきゃと笑う。
確かに運命的な場所ではあるけれど――妙な胸騒ぎも覚える。
「みんな、ここから先は魔物の巣窟よ。気を引き締めて!」
ソフィーラさんの呼びかけに、冒険者たちも一様に表情を引き締める。
『おー‼』
薄暗い森に足を踏み入れた一行。
差し込む木漏れ日と小鳥のさえずりが穏やかさを演出するが、この場所は決して安全ではない。
初日に俺がゴブリンに襲われたのも、この森だった。
と、俺の視界に突然いくつもの矢印が現れる。
藪の向こうを――示している?
『リリカ、あの藪の向こうに……』
「ん? あっ、ビンゴ! 魔物の気配っ!」
リリカが矢をつがえ、藪の向こうに向けて放つ。
「ガハッ!?」
断末魔の声と共に現れたのは、牙が顎から飛び出すほどに巨大な虎のような魔物の群れ――
「サーベルタイガーね! でもよく気づいたわねリリカちゃん。あいつら、気配を消すのが得意なのに」
「ヘラクレスが教えてくれたのっ!」
胸元で得意げに俺を掲げるリリカ。
俺も少し、誇らしい気持ちになった。
「奇襲に失敗した今がチャンスよ! たたみかけるわ!」
『おーっ!』
ソフィーラさんの号令と共に、冒険者たちが一斉に突撃。
サーベルタイガーたちはあっという間に魔石を残して全滅した。
「やった~!」
「魔石も高値で売れるニャア!」
「ナイスフォロー!」
思わぬ収穫に喜びを爆発させる冒険者たち。
「ねえヘラクレス、どうしてあの藪に気づいたの? リリカ、まったく分かんなかったよ~」
『あれはな、視界に矢印が出たんだ。もしかしたら、新しいスキルかもしれない』
「マジで!? ちょー便利じゃん!」
キャッキャとはしゃぐリリカに、俺は気恥ずかしくなりながらも微笑んだ(つもり)。
――もしかしたら、アルティアナ様の加護のおかげかもしれないな。
その後も俺が敵の気配を察知し、リリカが即座に伝えることで、冒険者たちは常に優位な戦いを進めていった。
「さすがね、ヘラクレスちゃん。魔物の気配を読めるなんて、大きな戦力だわ」
ソフィーラさんが俺の角を撫で、褒めてくれる。
『いや、倒してるのはリリカたちだからな』
「えへへ、ヘラクレスの支援があるからリリカも活躍できてるの~!」
互いを讃え合うような空気の中、俺は静かに思った。
これが“仲間”ってやつなんだろうな――と。
魔物との連戦をこなしながらしばらく進むと、ソフィーラさんが前に出て声をかけた。
「みんな、ここでひと休みしましょう」
その言葉に、冒険者たちはほっと息をつき、それぞれ地面に腰を下ろした。
「ふ~っ、ちょうど疲れてたんだよね~」
「このタイミング、助かったですぅ」
リリカとタマコが地面に腰を下ろし、水筒の口を開けながら気を抜く。
そこへ、ルクスたち三人が声をかけてくる。
「やあ、リリカちゃん。さっきの戦い、すごかったよ」
爽やかに笑って声をかけてきたルクスに、リリカは胸を張りながらギャルピースを決める。
「えへへっ、リリカたち、めっちゃ頑張ったもんね~! ……でもね、本当にすごいのはヘラクレスなんだよ~!」
リリカの視線と共に、ルクスの目が俺に向けられる。
「ヘラクレス? この虫くんが……?」
『ふふん、俺の実力を侮るなよ?』
――と言いたいところだが、声は届かない。
その代わりに、ついジト目になってルクスをにらんでしまう。
「わっ、ヘラクレス、目つき怖っ!?」
「……どうやら僕、虫さんに嫌われてるみたいだね」
「ハズレ~。たぶんリリカのおっぱい見てたからじゃない? ルクっちのえっち~、キャハッ!」
『リリカ、それを言うな……!』
笑い合う二人を横目に、俺は羽を震わせてタマコのもとへ移動する。
「あ……ヘラクレスさんがこっちに来てくれた……ですぅ?」
嬉しそうに目を細めるタマコ。その隣には、ルクスの仲間・マオとレッドも腰を下ろしていた。
「あっ、ヘラクレスだニャア! さっきの索敵、助かったニャア~」
「……索敵?」
マオは察しがいいタイプらしい。
一方で、レッドはきょとんとした顔でこっちを見ている。
「レッドさんも、すっごく頑張ってたですよ~。あの猛攻、鬼人ならではって感じでしたっ」
「お、おう……そ、そうか」
タマコに褒められて、レッドは少し言葉を詰まらせながらも、ほんのりと頬を赤く染める。
いや、元々肌が赤いから分かりづらいけど……たぶん照れてるな。
「……タマコの方こそ、疲れてないか?」
「わたしはへーきですぅ! でも、気にかけてくれてうれしいですぅ」
「……そうか、それならよかった」
ほんの短いやり取り。
でも、二人の間に流れる空気はとてもやさしかった。
『……青春だな』
ほんのり甘いやり取りにちょっぴり親心がくすぐられながら、俺もひとときの休息に身を預けるのだった。