ソフィーラさんのカリスマ
翌日、準備を済ませた俺たちは集合場所のギルド前まで来ていた。
「あれっ、リリカたちが一番乗り~?」
「そうみたいですねぇ」
リリカたちの言う通り、朝早くということもあってギルド前は人気がない。
『ちょっと張り切りすぎたんじゃないのか?』
「え~、そうかなー?」
俺の指摘に、リリカは頭の後ろで腕を組んであっけらかんと答える。
「それじゃあ時間潰しにナナバあげるねっ」
『ちょうどお腹が空いてたんだ、助かるよ』
リリカの差し出したナナバを、俺は夢中でかじりついた。
やっぱりナナバの優しい甘さがいい、心が安らぐようだ。
「ヘラクレスってば、ちょー癒されるんだけど~」
「かわいいですぅ」
……二人してそんなジーッと見つめられたら、ちょっと食べづらいんだけど。
ま、気にしても仕方ないか。
ナナバの果汁を吸って背中の鞘翅が漆黒に染まろうとすると、そこへやってきたのは昨日の三人組。
「やあ、リリカちゃんにタマコちゃん。早いね!」
「あ、ルクっちだ~! おっはー!」
顔を合わせるなり気さくにハイタッチを交わす、リリカとルクス。
……本当に何もないんだろうな?
「ルクっちってば今日は鎧姿で、ちょーやる気マンマンじゃ~ん!」
リリカの指摘した通り、昨日は布の服を着ていたルクスも、今は鮮やかな水色の甲冑に身を包んでいる。
「まあね、僕たちも本気だからさ! ね、レッド、マオ」
「……ああ」
「もちろんニャア!」
ルクスの確認に、仲間のレッドとマオも応えた。
一方でタマコは不安げにふさふさの尻尾をしょんぼりさせている。
「……どうした、タマコ」
「あ、レッドさん。お三方とも本気なところを見て、その……不安になっちゃいまして」
なるほど、ルクスたちの本気の意気込みで逆に不安になってしまったわけか。
そんなタマコに、レッドは不器用ながらも言葉を添える。
「……気にすることはない、タマコも十分強い。それに……」
「それに?」
「……いや、なんでもない」
そう伝えてレッドは、屈強な赤い背中をタマコに向けた。
『なあリリカ、あのレッドってもしかして……』
「あ、ヘラクレスも気づいちゃった? レドやんって、明らかにタマっちを気にしてるっぽいよね~」
俺にヒソヒソと言葉を返すリリカ。
なるほど、やはりそういうことなんだろうな。
気のせいか仲間のルクスとマオも、レッドの素振りを見てニヤニヤしてるようにも見えるし。
そんなことを思っていたら、続いてソフィーラさんもやってくる。
「あ、ソフィーラさん! おっはー!」
「おはよう、リリカちゃん。昨日はちゃんと眠れたかしら?」
「うん、バッチシだよ!」
「それはよかったわ、ダンジョン攻略には万全の態勢で挑まないとだもの」
いつも通り親切なソフィーラさんに、リリカもにへらと笑った。
ナナバをしゃぶりながら待つことしばらく、ギルド前も少しずつ冒険者が集いはじめ、ついにはいくつものパーティーが集結する形になる。
「みんな集まったわね」
皆の前に立って発言してるのは、ソフィーラさんだ。
「今回のダンジョン攻略では、ゴールドランクの私、ソフィーラが指揮を取ることになったわ。みんな、よろしくね」
穏やかだけどしっかりとしたソフィーラさんの言葉に、冒険者たちは揃って耳を傾ける。
「……さすがはゴールドランク、カリスマ性が違う」
「ホントだニャア」
「まさしく僕たちの目指す目標だね」
ルクスたちもソフィーラさんを一目置いているようで。
そんな中で、ソフィーラさんが全員に向けて口を開いた。
「みんな。これから私たちは、ヌイヌイ近郊で新たに発見されたダンジョンの攻略に挑むわ」
「このダンジョンは未踏の地。内部の構造も、出現する魔物も、すべてが未知数よ」
「だからこそ――まず最初に心がけてほしいのは、決して一人にならないこと」
さすがソフィーラさんだ。言葉の重みが違う。
演説は続く。
「どれだけ腕の立つ冒険者でも、ダンジョンで孤立したら命取りよ。仲間との連携を、何よりも優先して」
「索敵、盾、後衛。それぞれの役目を自覚して、力を合わせて行動してほしいわ」
「それと、無理な突撃は禁物。目先の戦果に惑わされないで。命を守るのが最優先」
「今回の目的は、最深部の調査と魔物の殲滅よ。でも、危険が想定を超えると判断したら、即座に撤退して」
「いい? 勇気と無謀は違うの」
そして最後に、ソフィーラさんは表情を少し柔らかくした。
「……これは私からの、個人的なお願いでもあるのだけど」
「どうか、誰一人として欠けることなく帰ってきて」
「無事であること。それが一番価値のある戦果よ」
ソフィーラさんが一礼して演説を締めくくると、ギルド前にはじわじわと拍手の波が広がった。
最初は控えめだったが、やがてその拍手は次第に大きくなり、全員の気持ちがひとつになるようだった。
「ソフィーラさ~ん! マジでかっこよかった~!」
真っ先に駆け寄ったリリカが両手を振って叫ぶ。
「まさに頼れるリーダーって感じだったですぅ!」
すぐ横でタマコもふさふさの尻尾を揺らしながら目を輝かせる。
称賛の嵐に、ソフィーラさんはほんの少しだけ苦笑を浮かべた。
「ふふっ……もう。必要なことを言っただけよ? そんなに褒められると逆に恥ずかしいじゃない」
それでも、どこか嬉しそうだ。 驕ることなく、けれど確かな信頼を感じさせるその姿に、俺も胸を打たれる。
そして彼女は再び冒険者たちを見回し、力強く言った。
「――それじゃあ、みんな。出発しましょう!」
『おー‼』
掛け声とともに、仲間たちの足音が地を踏みしめる。
こうして俺たちは、ソフィーラさんを先頭に、未踏のダンジョンへと出発したのだった。




