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女神アルティアナとの邂逅

 ソフィーラさんと別れた俺たちは、ダンジョン攻略に向けて物資の準備を整えることにした。


「まずは薬が絶対必要っしょ!」

「ですねっ!」


 そうしてリリカたちが向かったのは、赤く丸い屋根に黒い斑点――どこからどう見てもテントウムシそっくりな外観の、小さな薬屋だった。

 まるで絵本から飛び出してきたような愛らしい店構えに、思わず目を引かれる。


『まるでナナホシテントウじゃないか。あれは虫屋の装いか?』

「ヘラクレスってば、すぐ虫に例えるんだから~。でも、言われてみれば確かにそれっぽいかも!」


 にやにやと笑いながら俺に突っ込むリリカをよそに、タマコが「入りましょうですぅ」と先に足を踏み入れる。


 リリカも俺を胸元に載せたまま、続いて店内へと入っていった。


「いらっしゃいませ~!」


 ぱっと明るい声で出迎えてくれたのは、ベレー帽のような赤黒の帽子をちょこんと被った、ふわりとした雰囲気の女の子店主だった。

 どこか店の雰囲気と同じく、丸っこくて愛嬌のある顔立ちが印象的だ。


「すみませーん、冒険セットを二つお願いしまーす!」

「冒険セットですね~! ちょっと待っててくださいね~!」


 女の子店主が棚の薬瓶をリズミカルにかき分け、慣れた手つきで小さな木箱に薬を詰め込んでいく。

 箱の表面には「A.S.K(Adventurer’s Survival Kit)」と、焼き印のように可愛らしく刻まれていた。


「はいっ、こちら冒険セットになりまーす! お会計はコチラで~」

「はーい! ほい、お代ねっ!」

「まいどあり~!」


 軽快なやりとりのあと、俺たちは二つの冒険セットを手にして店を後にした。


『なあリリカ、あの箱には何が入ってるんだ?』

「え~っと、傷薬と毒消し、それから魔力回復薬に保存食、それに緊急用の煙玉なんかも入ってるよ!」


 それは便利だ。コンパクトな外見とは裏腹に、命を守る装備がギュッと詰め込まれているらしい。

 旅先での戦いや遭難にも備えられる、まさに“命綱”だ。


「必需品はゲットしたし、次はどこ行こっか? タマっちぃ~」

「それなら、願掛けをしに教会へ行きましょう!」

「それいいじゃーん!」


 やっぱりリリカたちは徹底しているな。

 備えあれば憂いなし、というわけか。


 そんなことを考えているうちに、俺たちは石畳の通りを抜け、教会の前にたどり着いた。

 夕陽を受けて金色に輝くその屋根の頂には、十字をかたどったオブジェが掲げられている。


 白壁のファサードと、色ガラスがはめ込まれたアーチ窓。

 荘厳でありながらも、どこかあたたかみのある佇まいだ。


『ここが教会か……思ったよりも神聖な雰囲気だな』

「うん、たまにはちゃんとお願いごとしないとね~」

「神様にもごあいさつしておかないとですぅ」


 二人と一匹は、静かに教会の扉を開けた。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件で?」


 教会の奥から現れたのは、銀の装飾をあしらった白い法衣を身にまとった牧師だった。

 その穏やかな微笑みのもと、リリカとタマコはいつになく神妙な表情で並び、ぺこりと頭を下げる。


「リリカたち、明日からダンジョンに挑むんです」

「その願掛けに、十二神様へお祈りをしたくて……」


「それは立派な心がけです。でしたら狩猟と旅の守護神、アルティアナ様にお祈りを捧げるとよろしいでしょう。こちらへどうぞ」


 牧師に導かれ、俺たちは教会の最奥へと足を進める。

 白亜の大理石で整えられた空間は、まるで雪のように清らかで、外の喧噪とはまったくの別世界だった。


 そして正面にそびえるのは、弓を構えた姿の女神像――アルティアナ。

 その凛とした表情と流れるような衣の造形、そして彼女の頭上に差し込むステンドグラスの光が、像全体を神々しいまでに浮かび上がらせていた。


「ごゆっくりお祈りを」


 牧師が静かにその場を離れると、リリカは片膝をつき、タマコは巫女らしく正座して、両手を胸の前で組んだ。


「どうか……ダンジョン攻略がうまくいきますようにっ」

「みんなで無事に帰ってこられますように……」


 澄んだ祈りの声が、大理石の祭壇にやわらかく反響する。


 ――この世界では、こうして神に祈りを捧げるのか。


 俺も見よう見まねで、静かに角を下げる。

 目は複眼だから閉じられないが、心を静めるだけでも祈りになる……そう信じて。


 ――すると。


 次の瞬間、俺の意識はまばゆい白一色の空間へと移り変わっていた。


「ここは……あの時の……?」


 そう、俺がこの世界へ転生する直前に訪れた、あの謎の空間だった。


 すると、空間に風が吹くような気配とともに、銀髪をたっぷり三つ編みにまとめた少女が、ふわりと舞い降りてくるように姿を現す。


「あなたがヘラクレスさんですねっ!」


 軽やかに挨拶を交わすその少女は、古代ギリシャ風の短めのチュニック姿。

 下半身は短パンで、白くすらりとした脚が眩しいほど大胆に露出していた。


 ……見てはいけないと分かっていても、つい視線が吸い寄せられてしまう。


「おやまぁ。いきなりそこを見るなんて、破廉恥な虫さんですねっ?」

「あっ、す、すみません!」


 しまった、完全に見透かされている……!


「ガイヤ様からあなたのこと、すでに聞いております。この世界に転生した特別な魂……それがあなた」

「は、はい。そうです」

「わたくしはアルティアナ。大自然と狩り、そして旅路を司る女神ですっ!」


 なるほど、このお方がリリカたちが祈りを捧げていたアルティアナ様か……!


「あなたの祈りに応じて、わたくしも力を授けましょう。これは女神ガイヤの祝福に連なる加護……」


 そう言ってアルティアナ様が俺の頭上にそっと手をかざすと、背中がじんわりと熱を帯び始めた。


「これにて加護の授与は完了ですっ。よき旅路を――」


 女神の声が風に溶けるように消えていき、気づけば俺の意識は現実へと戻っていた。



「ヘラクレス!? よかった、やっと気がついた~!」

『ああ……リリカ……?』


 目を開けると、リリカが涙ぐみながら俺に頬をすり寄せてくる。


「もーっ、いきなり石みたいに固まっちゃうから、マジでビビったんだからね!?」

『そ、そうだったのか……すまない、ちょっと別世界に行ってたみたいで』


 俺がそう言うと、タマコがぴくりと狐耳を動かして近づいてくる。


「もしかして……女神アルティアナ様とお話ししていたんですかぁ?」

「えっ、それマジ!? ヘラクレスずっる~い!」


 リリカがぐいっと身を乗り出し、興味津々に俺を見つめる。


「ねぇねぇ、アルティアナ様ってどんなお姿だった!?」

『そうだな……あの石像をもっと軽装にしたような感じで、下は短パンだった。すごく美しいお方だったよ』

「うわ~! リリカも会いたかったしぃ~!」

「まぁまぁリリカちゃん、信仰を重ねていれば、きっといつか会えますよっ」


 宥めるタマコだったが、彼女はその時ぴたりと目を見開く。


「へっ、ヘラクレスさん!? 背中に……っ」

「ホントだ~! いつの間にかヘラクレスの背中にカッコいい紋様があるよ!?」

『なにっ!?』


 自分の背中は見えないため、俺が戸惑っていると、リリカがにやにやしながら小さな手鏡を持ってきた。


「ホラホラ、ちゃんと映してあげるよ~」


 鏡越しに見えた俺の背には、黄金色にわずかに輝く、弓矢を象った神秘的な紋様が刻まれていた。


『これが……アルティアナ様の加護……!』

「うっわー! めっちゃカッコいいじゃーん!」

「アルティアナ様に選ばれし虫さんですねっ!」


 褒められているはずなのに、「虫さん」という言葉の響きに、俺はどこかこそばゆい気持ちになってしまった。


 その後は案の定、リリカからアルティアナ様との会話内容をしつこく聞き出される羽目になったのだった――。

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