表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/80

リリカの思い出

 夕食の時間になると、俺たちの宿泊する部屋に色とりどりのごちそうが運ばれてきた。


「うひゃ~っ、ヤバっ! めっちゃ美味しそうじゃーん‼」

「こ、こんなごちそう、初めて見たですぅ……!」


 山の幸がふんだんに盛られた豪勢な料理に、リリカとタマコは目をキラキラと輝かせる。


 その中で俺の目を引いたのは、きらきらと輝く紫色のゼリーのような料理だった。


『なあリリカ、あの紫のやつ……なんか美味そうだな』

「お、ヘラクレスも食べたいん? ほい、あーんっ」


 リリカが木のスプーンでゼリーをすくい、俺の前に差し出す。


 俺はそのスプーンにちょんと口をつけ、ぺろぺろと味わう。


『ほぉ……これは……ブドウだな。芳醇な香りと自然な甘さ、なかなかやるじゃないか』

「キャハッ、ヘラクレスってばムチューになってんじゃ~ん!」


 リリカの茶化しにも動じず、俺は甘味に集中する。……やっぱり虫でも甘いものは癒しなのだ。


「ヘラクレスちゃんって、そういうの食べるのね」

「ね~、虫さんのくせにスイーツ男子っぽいし!」

「なんか……かわいいですぅ」


『……いや、君たちこそ。見てばかりいないで、ちゃんと食べるんだぞ?』


「はっ……そうだったぁ!」


 ようやく料理に手をつけた二人は、肉と山菜の鍋に箸をのばす。


「んっ!? ヤバっ! 肉柔らかっ!」

「山の風味が豊かで、とっても美味しいですぅ!」


 頬をふくらませながら夢中で食べる姿は、見ていて本当に微笑ましい。


 娘の梨香も、ああやって嬉しそうに食べてたなぁ……。


「またまた~、ヘラクレスってば昔のこと思い出してんの?」

『……ああ、すまん。リリカたちの顔見てたら、ついな』


「ふふっ……」


 リリカが静かに笑った。

 その笑みはどこか、ほんの少しだけ切なくて。


 ――そして夕食後。


「ふ~っ、食った食ったぁ~!」


 リリカが満腹の腹をさすって座敷にごろんと横になる。


『旅館の料理は量が多いからな。俺も少し満腹だ』

「ね~! マジでパンク寸前だし~」

「わたしも、もうお腹いっぱいですぅ~」


 タマコはふさふさの尻尾をゆっくりと梳いて、穏やかな表情を浮かべていた。


「気に入ってもらえたみたいで、紹介した甲斐があったわ」


 ソフィーラさんもにこやかに湯呑を口にする。


 そんな和やかな空気のなかで、リリカが俺をふっと手に取った。


「ねえヘラクレス、ちょっと散歩付き合って~?」

『……お、おう』


 リリカに連れられて、俺は宿の庭園に足を運ぶ。


 静かな夜気に包まれたその庭園は、まさに日本の“わびさび”を感じさせる静謐な空間だった。


 風に揺れる竹の葉、灯籠の淡い灯り。

 肌を撫でる夜風が心地よい。


「ねぇ、ヘラクレス」


 ふと、リリカが静かな声で口を開いた。


「……リリカさ。パパが冒険者だったの」


 その声音は、いつもの明るいリリカとは違っていて。


「人間だったんだけどすっごく強くてね、誰よりもかっこよかった。どんな魔物だって倒しちゃうし、家に帰ってくると……大きな手でリリカの頭を撫でてくれるの。あったかくて、安心して……」


 語るリリカの瞳は遠くを見ていた。まるで、過去の光景をそのまま映しているようだった。


「でもね。ある日、帰ってこなくなったの。……もう五年になる」


 ぐっと唇を噛み、彼女は顔を伏せる。


「村の人たちはみんな、死んだって……。でも、リリカだけは信じてる。絶対どこかで生きてて、きっと帰ってくるって」

『……リリカ』


「だからリリカも冒険者になったの。自分の足でパパを迎えに行けるように。強くなって……自分で、探しに行くの」


 震えそうな声で、でもはっきりとリリカは言った。


 そのひたむきさに、俺の胸がぎゅっと熱くなる。


 ――守りたい。今度こそ、大切なものを守りきりたい。


『リリカ……君の想いはきっと届くさ。俺も、第二のパパとして君を守りたい』


 そう言うと、リリカがふっと微笑んで――俺の角に、そっと唇を触れさせた。


「大好きだよ、ヘラクレス」


 その声は、たしかに心の奥に届いてきた。


『……ああ。俺も、君を大切に思ってる。いつまでも、傍にいるよ』

「えへへ~、なんかヘラクレスって、パパっていうより騎士様みたいだね」


 くすぐったそうに笑って、リリカが俺に指先を差し出す。


「これからも、リリカのこと守ってくれる?」

『もちろんさ』


 指と角先が触れ合う――それは、ささやかで強い“契り”だった。


 満天の星空の下で、俺たちはもう一歩、心の距離を近づけたのだった。


 俺とリリカが部屋に戻ると、畳の上にはすでにふかふかの布団が三組、きれいに敷かれていた。


「うわ~、なにこれ! フカフカでちょー気持ちいい~!」


 リリカが勢いよく布団に飛び込んで、顔をとろけさせながらその感触に身を沈める。


「まるで雲の上みたいですねぇ……」

「湯上がりの布団って、ほんとに至福よね」


 タマコがほわんと笑い、ソフィーラさんも微笑みながら明かりを落とした。


「それじゃあ、みんなおやすみなさい」

「「おやすみ~!」」


 部屋が静寂に包まれるなか、俺はリリカの胸元で心地よい眠りに落ちていった。


 




 そして翌朝。


 名残惜しさを抱えながらも、俺たちは湯癒の宿を後にし、村で新たに借りた馬車でヌイヌイタウンへと帰路に着いた。


「いや~、マジでサイコーだった~! また絶対行こ~ねっ!」

「ほんっとに極楽でしたぁ~。次はもっと長く滞在したいですぅ!」


 旅の余韻に浸るリリカとタマコの隣で、ソフィーラさんがいつもの柔らかな微笑みを浮かべる。


「二人とも喜んでくれて嬉しいわ。……ああいうひとときって、案外冒険には必要なのよ」


 窓の外に広がる山の風景を眺めながら、彼女は穏やかにそう語った。


「ねえソフィーラさん! また今度、他にも面白そうなとこ教えてよ~!」

「はいっ、わたしも行きたいですぅ!」


 リリカとタマコが身を乗り出すように尋ねると、ソフィーラさんは小さく笑って頷いた。


「もちろん。だって私たち――仲間なんだもの」


「よっしゃ! じゃあソフィーラさんもココトモ決定だねっ!」

「ココトモですぅ!」


 笑い合う三人の姿は、まさしく“旅の戦友”そのものだった。


 帰り道を進みながら、俺は小さな体を風に揺らしつつ、ふと考える。


 この旅で得たもの――温泉の癒し、美味しい料理、命がけの戦い、そして何よりも、仲間たちとの絆。


 これからまた、冒険者としてのいつもの日々が戻ってくる。


 だがきっと、もう何かが変わっている。


 そう、俺の中で“この世界”が、ほんの少しだけ“帰る場所”になり始めていたのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ヘラクレス達が温泉でリフレッシュできて良かったです! やっぱり温泉っていいですよね! リリカちゃんもいつかパパさんと再会できるといいですね! さらに今回はリリカちゃんのイメージ声優を考えてきました!…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ