温泉マジック
「こちらがお部屋になります」
紺色の和装を着た仲居さんに案内された部屋は、畳に障子、そして低い座卓のある、まさしく和室だった。
『まさか異世界にも、こんな部屋があるとはな……』
中世風の世界だとばかり思っていた俺にとって、この和の空間は想像以上に懐かしさを誘う。
「うひゃ~っ! 何これ、ちょーオシャな感じ~!」
「和室って言うのよ。ここらは東方の島国“ヤマタイ”の文化が伝わってきたらしいわ」
「ヤマタイ……ふふ、なんだか落ち着きますぅ」
畳の上で大の字になるリリカに、膝を揃えて正座するタマコ。
対照的な二人の姿が微笑ましい。
ソフィーラさんは座卓の脇に腰を下ろし、まるで温泉番組の旅人みたいにくつろいでいる。
「そういえばタマコちゃん、和装なのもその影響かしら?」
「はいですぅ。わたし、ヤマタイの巫女見習いだったんですぅ。修行の旅の途中で、リリカちゃんたちと出会ったんですよぉ」
なるほど、だから自然とあの装束を着こなしていたわけか。
ほどなくして、リリカがパッと立ち上がった。
「それじゃあ――温泉いくっきゃないでしょ! レッツらごー!」
「はいですぅ!」
「もう、ほんとに元気ね」
三人は和室を出て、湯屋へと向かう。その流れで、当然のように俺も連れていかれることに。
『なあリリカ、俺は部屋で留守番でも――』
「ん~? 何言ってんの、ヘラクレスも当然一緒だよ~」
そう言いながら胸元に俺を押し込んだリリカは、赤いのれんがかかる女湯へ――。
『ちょ、待て待て! 俺は男だぞ!? 女湯はマズいって!!』
「え~? だったら虫の男湯のほうがマズくない? むしろ迷惑じゃ~ん」
その理屈、妙に納得してしまった……!
脱衣所に到着したところで、俺は一旦小さな竹かごに入れられる。
そして目の前で始まる、無垢な生着替えタイム――と思いきや。
「よいしょっ」
脱ぎたてのワンピースが、俺の上にバサッとかけられる。
おかげで、幸か不幸か視界はゼロだ。
「――お待たせ~!」
だがリリカに再び持ち上げられた俺が目にしたのは、全裸で微笑む美少女三人の姿だった。
『ぶほっ!?』
褐色のリリカ、透き通るようなタマコ、そして整ったスタイルのソフィーラさん。
三者三様の美しさに、複眼がオーバーヒートしそうになる。
「そんなにジロジロ見て~、ヘラクレスのえっちぃ」
と、口では言いながら、リリカは全く隠す素振りもない。
「さ、まずは身体を洗ってからだよ~」
脱衣所から浴場へ移動したリリカたちは、並んで腰かけ、石鹸を手に取り身体を泡立てはじめた。
泡まみれになったリリカの褐色肌が、光に濡れてつややかにきらめいている。
……た、耐えろ俺……!
湯船の隅に用意された桶の中で、俺はじっと見守ることしかできない。
「おーい、ヘラクレス。バッチリ見てるの知ってるからね~?」
『な、何を言うか……これは視界に入ってくるだけで……!』
リリカのからかいに、俺もすっかりしどろもどろ。
その横でタマコも泡を撫でるように滑らせながら、無防備に白い太ももを晒している。
巫女服の下にこんな肢体が隠れていたとは……。
ソフィーラさんはというと、胸元の泡をスッと流してゆっくり立ち上がる。
豊かすぎず、だが形の整ったお椀型の胸がちらりと揺れ、理知的な雰囲気と相まって妙に扇情的だ。
「ヘラクレスちゃん、そんなに見つめちゃダメよ?」
色っぽくウィンクされた俺は、思わず湯気にのぼせそうになる。
やがて全員が身体を流し終えると、ついに湯船へ――。
「うひょ~っ! マジで天国っしょコレ~!」
「極楽極楽ですぅ~」
肩までどっぷり湯に浸かって、リリカとタマコがとろけるような声を漏らす。
背もたれた縁から滴る水滴、のぼせたように赤らむ頬、半分とろけた瞳……。
温泉って、えっちだな。
そんなことを思っていると、ソフィーラさんが小声で呟いた。
「こうして見ると、本当にあなたたちって姉妹みたいね」
「ふふっ、そうかも。タマっちは大事なココトモだしっ」
「はいですぅ、わたしもリリカちゃんのこと大好きですよぉ~」
二人が向き合って手を取り合い、ほほえみ合う姿に、俺は心まで温泉に浸かった気分になる。
『……いいな、こういう時間』
温泉の蒸気と、湯気の向こうの笑顔。
俺の中に、前世では味わえなかった何かが、確かに芽生えていた。
浴場を出たリリカたちは、湯上がりらしく浴衣姿に。
「きゃ~っ、これちょー可愛いじゃ~ん! ヤバすぎっ!」
鏡の前でくるりと一回転し、嬉しそうに浴衣姿を見せびらかすリリカ。
「ユカタっていうんですよ~。お風呂あがりに着るのが作法なんですぅ」
そう解説するタマコも、白地に薄紅色の花模様の浴衣に身を包み、どこか儚げな雰囲気に。
『なるほど、こっちでも“浴衣”って言うのか。それにしても……似合ってるな、リリカ』
「えへっ、でしょでしょ~!」
得意げに胸を張るリリカ――浴衣越しでも主張を隠しきれない豊かなバストが、帯の上で柔らかく揺れている。
その破壊力たるや、もう武器に等しい。
「んもーっ、また見てたでしょ! ヘラクレスってば、おっぱい好きすぎっ!」
『ち、違う! そんなつもりじゃ……!』
慌てて否定するも、リリカはにやにや顔で俺をからかう。
「見てただけじゃなくて、視線がおっぱいに突き刺さってたもん~」
『だ、だから違うって!』
「どうしたですかぁ?」
タマコがふさふさの尻尾を揺らしながら首をかしげてくる。
「聞いてよタマっち~、ヘラクレスってば、ずーっとリリカのおっぱい見てたんだよ~」
「ふええっ!? ヘラクレスさん……やっぱりおっきい方がお好きなんですかぁ?」
恥じらいながらも、タマコが少し胸元を押さえて俺を見る。
童顔に似合わぬほんのりとしたふくらみが浴衣の襟元からのぞいていて――見ちゃいけないと思うのに、視線が吸い寄せられてしまう。
ち、違う……いや、違うというかその、俺は……。
しどろもどろになる俺を、ソフィーラさんがさらりとフォローしてくれた。
「まあまあ。湯上がりなんて、ふわっとしてて誰でも気が緩むものよ。気にしない気にしない」
そう言いながら、ソフィーラさんは帯を軽く整えて腰を落とす。
濡れた長髪を後ろに払い、肩から浴衣がふわりと落ちかけて、ちらりとのぞく鎖骨が実に色っぽい。
「……あら、そんなに見つめると、誤解しちゃうわよ?」
す、すみませんっ……!
俺はあわてて視線を逸らすが、三人に囲まれた空間の熱気と柔らかな色香に、心拍数は上がるばかりだった。
こうして俺たちは、湯上がりの温もりに包まれながら、しばしの間、和やかな時間を過ごすのだった。