化け物との遭遇
「ガハウウウ‼」
森の影から飛び出してきたのは、鋭い牙を剥き出しにした狼の群れ。
獣臭と土煙が馬車の周りを覆う。
「来たわよ! アッシュウルフ! 油断しないで、数が多いわ!」
ソフィーラさんの警告と同時に、タマコが地面に錫杖を振り下ろした。
「了解ですぅ――大地の怒りッ‼」
瞬間、地面がバキバキと裂け、鋭い岩柱が連続で噴き出す!
何頭かの狼が串刺しにされ、断末魔の咆哮をあげながら魔石へと変わった。
「ギャウゥンッ!」
けれど数の優位は揺るがない。
回避した数頭がタマコに肉迫――!
「タマっち、下がって‼ こっちはリリカに任せてよ!」
リリカが矢をつがえ、連射!
「そこっ! そっちの脳天もバイバイだよっ!」
放たれた矢が正確無比に急所を射抜き、突進してきた狼たちをなぎ倒す。
リリカの姿はまるで疾風の弓使いだった。
「さっすがリリカちゃん! 今度はわたしが!」
タマコが錫杖を掲げて詠唱。
「唐草結び――しばっちゃってくださいっ!」
地面から伸びる無数の蔦が獣たちを絡め取り、身動きを封じる。
「ナイスっ、タマっち~! リリカ、畳み掛けちゃうから!」
矢の雨が捕縛されたアッシュウルフたちを次々に仕留め、森に魔石の雨が転がる。
「終わった……?」
「全滅……だね!」
パァン!と音を立ててハイタッチを交わすリリカとタマコ。
その様子にソフィーラさんが微笑んで近づいてきた。
「お見事。私の出番は……なかったみたいね」
「えへへ~、リリカたちちょっと強くなったっしょ?」
その笑顔がまた、たまらなく眩しい。
気づけば、俺はリリカの胸元から飛び降りていた。
『……なんか、惹かれるな』
戦いのあとに転がる緑色の魔石たち。
地面に落ちたそれを、思わず角でつまみあげた――その時。
『あ』
うっかり力を入れすぎて、魔石をぐしゃりと砕いてしまった。
【スキル『ハリケーンスラッシュ』を獲得しました】
【スキル『ストームフラップ』を獲得しました】
『……はああ!? 二つも!?』
「ヘラクレス、なんか今すっごい光ってたよ!?」
驚いたリリカが駆け寄ってきて、俺の角をつまみあげる。
『リリカ、俺……新しいスキル、二つ覚えた』
「マジで!? ヤバすぎじゃんそれ~!」
呼びかけに反応したタマコも、狐耳をピコピコ揺らしながら駆け寄ってきた。
「ヘラクレスさん、本当に!? どんなスキルなんですぅ!?」
『じゃあ、ちょっと見せてみるか』
俺はまず《ハリケーンスラッシュ》を発動。
角が光をまとった瞬間――
ギュルルルッ!
風を裂いて放たれた刃が一直線に木の幹を切り裂き、バサリと葉が舞い散った。
「うわっ……ヤバっ、カッコよすぎじゃん‼」
「風の刃……すごいですぅ!」
『まだもう一つある! ――ストームフラップ!』
背中の翅が一気に加速し、突風が吹き荒れる!
舞い上がる葉と下草で周囲は一瞬、ブリザードのような光景になった。
「うひゃーっ! これ、掃除とかにも使えそうじゃない~?」
「戦闘にも援護にも使える万能スキルですねっ!」
目をキラキラさせて喜ぶ二人に、俺は思わず角を高く掲げた。
『ふっ、どうだ! 俺だってやるときはやるんだぞ!』
「ヘラクレス、ちょーテンション上がってんじゃん!」
騒ぐ俺たちを、ソフィーラさんは遠巻きに見ながら、ふっと意味深に呟いた。
「……この虫さん、本当にただの虫じゃないかもしれないわね」
その後の山道でも、アッシュウルフの亜種や山賊たちが次々と現れたが――俺たちは一丸となってすべて撃退した。
もちろん、俺も新スキルを存分に振るった。
辺りがすっかり暗くなる頃、馬車を止めて野営の準備を始める。
「今日もよく動いたね~、マジでっ」
「はいですぅ……! けどその分、スープが沁みますねっ!」
三人で焚き火を囲んで飲むスープは、干し肉と根菜を煮込んだだけの簡素なものだったけれど、それでも彼女たちの心と身体に沁み渡る。
『あ~……甘い』
俺は干し果実をしゃぶりながら、今日の余韻に浸っていた。
……俺は、ちゃんと役に立てた。
この仲間たちと一緒に、冒険を続けていけるかもしれない。
そう思えた、初めての夜だった。
翌朝。俺たちは夜明けとともに野営の片付けを済ませ、ふたたび馬車を走らせた。
この日は、昨日まであれほど沸くように現れていた魔物たちの気配が、まるで嘘のように消え失せていた。
空は青く、風は穏やか。
山の鳥すらどこか遠慮がちにさえ見える。
「なんか……今日は妙に静かだね~」
「そうですね、まるで……山そのものが息を潜めてるみたいですぅ」
車上で耳を澄ますタマコが、尻尾をピクリと揺らす。
リリカはというと、相変わらず明るく笑っていた――が、ふと空に目を細める。
「……風の音が、なんか違うんだよね~」
『風の音?』
「うん。草や葉っぱの声が、しーんってしてて……“隠れて”る感じ?」
リリカはスキル《動植物の声》で感じ取ったものを、うまく言葉にできないながらも首をかしげる。
「いつもは、“風だ~”とか“今日も楽しいね~”って聞こえる感じなのに。今日は……“静かにしてろ”って囁かれてるみたい」
『それって……』
「なんか、いや~な感じ。草たちも虫たちも、今は騒がない方がいいって、そんなふうに思ってる気がする」
得意げに豊かな胸を張った直後の、唐突なリリカの“感覚”に、タマコも表情を引き締める。
「リリカちゃん、それって――」
「たぶん、スキルがそう言ってる。まるで、森全体が何かから身を隠してるみたいな……」
そのやり取りに、ソフィーラさんも微笑を浮かべていた表情を引き締める。
「でも……静かすぎるわ」
『静かすぎる、か』
俺も、その言葉に背中がぞくりとする。
あの空気の張り詰め方。
これは――嵐の前の、静けさだ。
――その予感は、見事に当たった。
突如として、進行方向の地面がバシュッ‼と裂け、土煙が爆ぜた。
「きゃっ!?」
「きゃううっ!?」
馬車が急停止する。
俺たちの目の前で、何かが這い出してくる……!
ギュゴギュゴギュゴッ……!
振動とともに、地面を突き破って現れたのは――
黒く甲殻に覆われた、異様に長い脚。
続いて、鎌のように曲がった前肢。
跳ね上がった砂煙の中から、五メートルはあろうかという巨大なコオロギのような怪物が姿を現した。
「あれは……!」
「む、虫ぃいいいいいいいぃ!?」
絶叫を上げるタマコに、リリカも硬直する。
あれはまさか――リオックか!?
『リオック……間違いない! あれは俺の世界でも知る人ぞ知る、インドネシアの悪霊――!』
その瞬間、俺の全身に戦慄が走った。
リオック、それはインドネシアに生息するコオロギのような化け物昆虫。
肉食にして性質も超凶暴なため、並大抵の虫ではミンチにされながら食われてしまう。
俺も何か動画でこいつが他の凶悪な虫を貪るところを見たことあるけど、食われる方に同情してしまうほど凄惨なものだった記憶があるぞ。
しかしあんな巨大な虫が、この世界には存在するなんて。
昆虫は外骨格であることと呼吸器の問題で大型化に限界があるものだが、どうやらこの常識は異世界で通用しないらしい。
言葉を失う俺のそばで、リリカたちもようやくその異様な姿を飲み込み始める。
「ど、どうしよっ……あれ、ヤバいやつだよね!?」
「は、はいぃ……わたし、あんなの図鑑でしか見たことないですぅ!」
空気が一気に凍りついた。
だが、敵は容赦などしない。
――リオックの鋭利な後脚がバネのようにしなり、次の瞬間、爆発的な跳躍とともにこちらへ襲いかかってきた!
『くるぞ――構えろ、リリカ、タマコ!』