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温泉に行こう

 翌朝、宿屋の食堂で朝食を終えた俺たちは、これからの予定を相談していた。


「ねーみんな、これからどうする~?」

「お金はまだ十分にありますけど、特に行く宛がないですよねぇ」

『だったらさ、たまにはみんなでバカンスってのはどうだ?』


 俺の提案に、リリカがパッと目を輝かせる。


「それいい! ちょーいいじゃん‼」

「はいですぅ! でも、どこがいいですかね~?」


 二人で腕を組んで考え込む様子が、まるで仲良し姉妹みたいで微笑ましい。


『この辺で、有名な観光地とかあるのか?』

「んー、あるにはあるけど、けっこう遠いとこばっかなんだよね~」

「旅費もバカにならないですぅ……」


 やっぱり異世界でも交通費は敵か……。


 そんな会話をしていると、背後から声がかかる。


「ちょっといいかしら?」


「ソフィーラさんっ!」


 振り返ると、そこには黒衣をまとった先輩冒険者・ソフィーラさんがにこやかに立っていた。


「この宿に泊まってたんですか~?」

「ええ。あんたたちは見てるだけで楽しいから、つい声かけたくなるのよ」


 そう言って微笑むソフィーラさんに、リリカはくすぐったそうに頭をかいて笑った。


「それでね、ちょうどバカンス先を探してるって聞いて。ひとつ穴場を紹介しようかと思って」

「えっ、マジ? どこどこ~!?」


 バン!とテーブルを叩くリリカに、ソフィーラさんが指を立てて言った。


「ヌイヌイタウンから馬車で二日くらいの“ユエン村”。山あいの小さな村だけど、知る人ぞ知る温泉があるの」

「温泉~~っ!? それ、マジ行きたいっ!」

「わたしも温泉、大好きですぅ!」


 話が決まるや否や、リリカは歌いながらスキップしてはしゃぎ始める。


「温泉~温泉っ、ぽっかぽか~♪」


 その無邪気さに俺もつられて微笑んでしまう。


『リリカ、楽しそうだな』

「だって楽しみだもーん! ヘラクレスもワクワクしてるっしょ?」

『ああ、久々に家族旅行を思い出したよ』


 そう、前世では年に一度くらい娘を連れて家族みんなで温泉に行っていたっけ。……懐かしい。


「おーい、ヘラクレス~。またぼーっとしてたでしょ~?」

『おっと、つい思い出に浸ってた。すまんすまん』


 俺が胸元に戻ると、みんなで町の門へ向かった。


 ヌイヌイタウンの東門を抜けた俺たちは、ソフィーラさんの手配してくれた馬車に乗り込み、ユエン村へと向かっていた。


「ソフィーラさん、お待たせ~!」

「ううん、私も今来たところよ。リリカちゃんたちも早かったわね」

「もち! 身支度もちょーソッコーで済ませてきたし!」

「温泉楽しみですもんね!」


 すでにワクワクモードのリリカとタマコに、ソフィーラさんが人差し指を立てて釘を刺す。


「いい? ユエン村へは山越えになるわ。途中の道は魔物や山賊が出るちょっとした危険地帯なの。それでも行く覚悟はあるかしら?」


 なるほど、それゆえの“穴場”というわけか。


 けれどリリカはあっけらかんと胸を張って笑った。


「ぜーんぜん平気っしょ! だってリリカたち、もうブロンズランクだし!」

「はいですぅ! 準備もばっちりです!」

「……ふふっ、頼もしいこと」


 三人の声が重なったその瞬間、出発の合図のように馬車が軽くきしんだ。

 俺も角をピシッと掲げて、一行は温泉旅行へと出発した。


 馬車はヌイヌイタウンの石畳の通りを抜け、やがてなだらかな丘陵の平原に差しかかった。


 澄んだ空気と青空、そして緑の波のような草原が広がっていく。


「うわ~、見て見て! めっちゃキレイなんだけど~!」


 リリカは窓から身を乗り出し、風に金髪のポニーテールを揺らしながら歓声を上げる。


 そのとき彼女は、ふと眉を上げて周囲を見渡した。


「……なんか、すごくにぎやか」


 風に乗って、草のざわめきや、小さな虫の羽音が心にふれてくるような気がした。


 はっきりと声が聞こえるわけじゃないけど、そこには確かに“命のざわめき”がある。


「草たち、風と遊んでるみたい。みんな“今日も楽しいよー”って言ってる気がするんだよね~」

「リリカちゃん、あんまり乗り出すと危ないですぅ~」


 隣の席でタマコが心配そうに声をかけるも、リリカは笑いながら振り返った。


「タマっちも見てみなよ~! あの雲の形、なんかネズミに見えない~?」

「ネズミ……? うーん、わたしにはおにぎりにしか見えないですぅ」

『いや、俺にはイモムシにしか見えないな』


 俺がそう突っ込むと、リリカはあっはっはと腹を抱えて笑い出す。


「ほんと、ヘラクレスってばツボなんだけど~!」


 のどかな草原を駆ける風のなか、馬車の中は、リリカたちの笑い声と、時折きしむ車輪の音だけが響いていた。


『それにしても、こうして馬車に揺られてると旅してるって実感が湧いてくるな』

「だね~! しかもこうしてみんな一緒にいるってのが、マジでエモいし!」


「ヘラクレスさんも、楽しんでくれてるみたいで良かったですぅ」


 そう言って俺の角をそっと撫でてくるタマコの指は、ほんのりあたたかくて優しかった。


 虫嫌いだったタマコも、俺のことを信頼してくれるようになったんだな。


 前世では味わえなかったこんな繋がり――俺は少し誇らしい気持ちになる。


「ねーねー、そろそろおやつ食べよ~! 移動中に食べるのってまた格別なんだよね~!」

「そうですぅ! さっき市場で買ったドーナツ、リュックに入れてありますぅ!」

「おぉぉ、神っ!」


 馬車の座席でリリカとタマコがおやつタイムを始める中、俺は一つのお菓子――小さな干し果実を差し出された。


『ありがとう。俺にも分けてくれるのか?』 「もちっ! ヘラクレスも家族なんだからさ~!」


 リリカの何気ないその言葉が、やけに胸に沁みた。


 俺は果実をしゃぶりながら、また一つこの世界が好きになった気がした。


 のどかな平原を走る馬車の中は、カタンコトンと心地よい揺れが響いている。だが――。


『うっ……この揺れ、意外とキツいな……』


 リリカの胸元にいるせいで、振動がダイレクトに……。


「ねえヘラクレス、顔色悪くない? 虫なのに酔ってるとか~?」

『そろそろ下ろしてくれないか? ちょっと酔いそうなんだ……』

「マジ!? ヤバっ、それは緊急事態じゃーん!」


 リリカに角をつまみ上げられ、俺は席の上に下ろされる。が――。


『……あんまり変わらないな』

「リリカは全然平気だけどね! いつもこのくらい動いてるし、三半規管マッスルだから!」


 三半規管マッスルて何だよ……。


 そんな中、手綱を握るソフィーラさんが、くすりと笑って後ろを振り返る。


「リリカちゃんって、ほんとにヘラクレスちゃんと仲がいいのね」

「もちだよもち! だってリリカとヘラクレスは心の友っ!」


『どこかで聞いたことあるような響きだな……』


「わたしもですぅ! リリカちゃんとはココトモ、ですっ」


 そう言って席を詰めてきたタマコに、リリカが優しく手を伸ばす。


「タマっち~、はいなでなで~!」

「ひゃう……! えへへ、もっと……撫でてもいいですぅ」


 白くてふわふわの狐耳がリリカの手のひらでくにゃりと伏せられる。


 ――可愛すぎかッ!


 俺は思わず木の窓辺に登って、外の景色で心を落ち着けることにした。



 草原を抜け、やがて馬車は山道にさしかかった。その時だった。


 ガタンッ!


「きゃあっ!?」

「ひゃっ!?」


 急停止と同時に座席で跳ねた二人が、なぜか互いに抱き合う形で倒れこむ。


 その間にいた俺はというと――。


『むぐっ、あ、あぁ……!?』


 リリカの柔らかなむっちり太ももと、タマコの細くももっちりした太ももに、サンドイッチの具のごとく押し潰される。


 ちょ、苦しい……けど柔らかい……でも苦しい!!


「二人とも、魔物よ‼」


 ソフィーラさんの緊迫した声に、俺たちは一斉に飛び出した――。


 俺たちは道の前方を見て息を呑む。


 そこにいたのは、大きくうなりを上げながらこちらをにらみ据える、銀灰色の毛並みを持つ狼の群れだった。


「うわっ、アレ全部……魔物?」

「どうやらそうみたいですぅ……!」


 リリカの弓がきしみを上げ、タマコはすでに錫杖を構えて詠唱に入っていた。


『よし、行くぞ……!』

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