セドリック再び
カフェを出た俺たちが次に立ち寄ったのは、市場の一角にあるアクセサリー店だった。
店先には色とりどりの髪飾りやブレスレットが並び、まるで宝石箱をひっくり返したような華やかさだ。
「見て見てこれ~! ちょーイケてんだけど~!」
リリカは飾り棚に顔を近づけ、目をキラキラ輝かせながら次々にアクセを手に取っていく。
『君の瞳もアクセサリーに負けないくらい輝いてるよ』
「んもう、ヘラクレスってば~。イケメンのセリフかよっ!」
冗談めかして笑うリリカに、俺はちょっと照れながら複眼を伏せた。
――ちょっと気取った言い回し、俺のキャラじゃなかったかもな。
そんなリリカが、珠飾りのついた赤い細紐を手に取り、俺の角にそっと結びつける。
「ほら! ヤバっ、似合いすぎじゃん!? 虫なのに、かーわい~!」
『い、いいのかこれ……?』
虫にアクセサリーなんてどうかと思うが――リリカの笑顔を見れば、そんな些細なことはどうでもよくなる。
ふと隣を見れば、タマコが珊瑚のようなかんざしを手に取り、じっと見つめていた。
『リリカ、タマコが何か欲しそうにしてるぞ』
「あっ、ほんとだ~。――ねータマっち、それ気になるの~?」
「ひゃわっ!?」
いきなり話を振られて、タマコの狐耳と尻尾がピクン!と跳ね上がる。
「へ~、そのアクセいいじゃん」
「そ、そうですか……? でもちょっとお高くて……」
遠慮がちなタマコに、リリカはまっすぐな笑顔で言った。
「今ならお金あるし、それくらい全然ヨユーっしょ!」
「え、いいんですか!? でも……」
「お金はまた稼げばいいじゃんっ! 今は、タマっちが笑ってくれたほうが嬉しいな~」
その一言に、タマコの瞳がうるりと潤む。
「……ありがとうですぅ!」
買い上げた珊瑚のかんざしをリリカが手に取ると、タマコの耳の付け根にそっと挿してあげる。
「ヤバッ! ちょー似合ってるじゃん!」
「えへへ、そうですかぁ……?」
恥ずかしそうに笑うタマコの頬はほんのり紅く染まり、まるで花のように愛らしい。
――仲の良い二人を見守りながら、俺も胸がじんわりと温かくなるのだった。
それから俺たちは、次の場所へと向かおうとしていたのだけど。
『なあリリカ』
「なーに? ヘラクレス、どしたの?」
『さっきから誰かにつけられてるような気がするんだが……』
俺がそう知らせると、リリカはあっけらかんと言う。
「それなら知ってるし~。どーせセドリックでしょ~? マジしつこくてウザすぎ!」
どうやらリリカも、怪しい気配にとっくに気づいていたようだ。
そしてひときわ人通りの多い商店街の一角で、リリカが一声上げる。
「セドリックさーん、見えてんだよね~? いつまでコソコソしてんの~?」
その呼びかけに、気まずそうな顔をしながらセドリックが物陰から現れた。
「おやおやリリカ嬢、こんなところでお会いするとは奇遇――」
「うっわ、また出た~! しかもさっきからずっとついてきてたよね? ちょーキモいんですけど~!」
「もうっ、わたしたちにつきまとうのやめてくださいっ!」
タマコも尻尾をふくらませて抗議するが、セドリックは涼しい顔で言い訳を始めた。
「いやいや、それは誤解ですな。たまたま同じ通りを歩いていただけでして。運命というやつではありませんかな? フフ……」
運命どころかストーカーだ。
「ねえセドリックさん、ハッキリ言うけどさ――リリカたち、あんたのことマジで無理だからね?」
「はいっ、ガチで無理ですぅ!」
あまりのはっきりとした拒絶に、セドリックの顔が茹でダコのようにみるみる赤くなる。
「な、なんだと……!? オ、オレを誰だと思って――貴族のオレに対して、その口の利き方は!」
セドリックが逆上し、腰の剣に手をかけた――その瞬間。
『ノビ~ルホーン!』
俺の伸びた角が、セドリックの腰元に絶妙に引っかかる。
ズルッ!
勢いよくズボンが足元までずり落ち、鮮やかなピンク色の花柄パンツが露わになる。
「ぎにゃああああああっっ!?」
その場にいた通行人たちがざわつく。
「見て! パンツ!」
「ちょっ、アレって貴族のセドリックじゃね!?」
「わ、花柄って……ウケる!」
「ぎゃははっ、やば~! ちょーウケるんだけどっ!」
リリカが腹を抱えて笑い、タマコも手を口に当ててプルプル震える。
「ま、待て、これは違――ち、違うんだああああっ!」
必死にズボンを引き上げながら、セドリックは顔を真っ赤にして叫ぶ。
「ち、畜生! おぼえていろよぉぉぉっ!」
ベタな捨て台詞を残し、セドリックは通行人の笑い声の中、パンツ姿のまま商店街を駆け抜けていった。
「ぷはっ……マジ、腹よじれる~」
「スカッとしましたですぅ!」
肩の力が抜けるような笑いのあと、通りの向こうからソフィーラさんがひょっこり現れる。
「……あらまあ。ああいうのこそ、ギルド追放案件ね」
「でしょでしょ~!? もう出禁でよくなーい?」
「まったく。貴族の名を汚すにもほどがあるわ」
三人してくすくす笑い合うその様子は、まさに勝者の余裕そのものだった。
――なおその後、セドリックは自らの失態がギルドに知れ渡り、ひっそりとヌイヌイタウンから姿を消したという。