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宇宙物々交換 ボウフラ航宙記  作者: 和子


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22/27

【エピソード22:ウラエヌス・ノクターン、眠る星の囁き】

ウラエヌス・ノクターン。

かつて銀河の待ち合わせスポットと呼ばれ、多様な文明が寄港し、光の速さで飛ぶ航宙機が昼夜を問わず往来した星。

だが今や、広大な地表に人影はほとんどない。

風だけが、かつての喧噪を懐かしむように砂丘を撫でていく。


――それでも、"賑やか"だった。

夢の中では。


スクリーン越しに現れた代表夫妻は、古代劇場を思わせる円形の私室から朗らかに語りかけてきた。

壁には星座を象った浮彫がゆらぎ、淡い光がふたりの姿を縁どっている。


レオニス・ヴァルクレイとセレーネ・アークライト。

ウラエヌスを"管理"する者──正確には、この星の眠りに導く番人である。

挿絵(By みてみん)

レオニスは柔らかく微笑んだ。声の揺らぎは一切ない。

静謐すぎる平穏。だがその静けさこそ、逆に不穏を孕んでいた。


「かつて我々は、生き急ぎ過ぎました。」


レオニスの声は、透き通っていた。


「争い、拡大、消耗……。

だから今は“眠る”ことで生命の消費を抑え、記憶と感性を未来へ継ぐことにしたのです。」


隣でセレーネが言葉を継ぐ。


「あなた方も眠ればいいのです。

意識をリンクすれば、時間も種族も超えて、共有される“夢の社会”に接続できます。

私たちは来訪者を歓迎します。」


静かな勧誘。

それは攻撃でも支配でもない。

けれど、ボウフラの背筋にひやりとした感覚が走った。


画面の向こうのふたりは、敵意すら持っていない。

だからこそ危険だった。


ボウフラ(小声で)

「ピトピト……この星は、“意識の受け皿”を全宇宙に広げようとしてる。

眠ることで……侵略なくして世界を巻き込むつもりなんだ。」


ピトピトは顔をしかめた。


「ある意味……一番厄介な存在、ってやつね。」


彼らは戦わない。説得すらしない。

ただ、やさしく“提案”してくる。


――眠れば、楽になりますよ。

――どこにも行かず、誰とも争わず、すべてがつながりますよ。


その甘さは、罠ではない。だが、逃れようのない引力を持っていた。


スクリーンがふわりと切り替わった。

仮想空間の入り口。

ふたりが眠れば、自動的に意識は接続される。


レオニスの目がボウフラたちの姿を捉えた。

「あなた方の持ち物も、夢空間で価値を持ちます。

物々交換のような記憶のかけらも、我々にとっては貴重な刺激となるでしょう。」


ボウフラはポケットから詩的合意書を取り出した。

紙面は、実体のないはずの世界で淡く光った。


ピトピトは少しばかり怯えて

「……でも眠ったら、目覚めないかもしれないよね。」


ボウフラは静かにうなずく。

この星の空気には、微かな「覚醒の違和感」が漂っていた。

夢と現の境界が薄い。

ほんの一歩踏み越えれば戻れない予感がする。

挿絵(By みてみん)

それでも、行くしかない。


ボウフラはピトピトに前に進むことを告げる。

「いちど入って、"取引"できるか確かめよう。

あいつらが欲しがるのが“記憶の刺激”なら……この詩で勝負できるかもしれない。」


◇仮想接続。


◇意識スキャン。


刹那、実体が遠ざかり、精神が落下するような感覚。

ふたりはウラエヌスの“眠りの中の都市”へ、意識だけで降り立った。


そこは、現実とは根本から構造が異なる都市だった。


---


高層ビルの代わりに、天へと伸びる“旋律の塔”がそびえていた。

道路は記憶の花々で彩られ、指先で触れるたび、過ぎ去った一瞬が香りとなって広がっていく。


住人たちは踊るような身ぶりで交渉を行い、

やり取りされるのは貨幣ではなく、断片的な思い出や、忘れかけた感情の欠片だった。


――記憶と夢と価値が渦巻く、もう一つの現実。


その世界に降り立ったボウフラとピトピトは、すでに“意識の姿”となっていた。

挿絵(By みてみん)

ボウフラは、かつて自分を造り出したであろう緑色の肌を持つ男性の姿。

高い襟のローブをまとい、科学者を思わせるその目は、状況の分析を静かに始めている。


一方のピトピトは、かつて“彼女”として装着していた美しい表層の姿を取り戻していた。

これまでボウフラが接してきたピトピトは、その女性の“骨格”だけの形で、

覆っていた外装は、長い宇宙の旅の途中で剥がれ落ちてしまったのだろう。


ボウフラは、懐かしさとも戸惑いともつかぬ表情で言う。


「どうやら僕たちは、古い記憶の姿を(まと)っているみたいだね……。

こういう時は“はじめまして”って言えばいいのかな?」


ここでは、ボウフラが持ってきた“無音の爆笑玉”ですら、

小さな笑いの祭壇に捧げられ、周囲にひそやかな共鳴を生んでいた。


ボウフラは詩的合意書を見つめた。

光が脈動し、まるで読み手を探すように震えている。


この都市で、何かがまた動き出していた。


――眠りが支配する星のどこかで。

――言葉が価値を持つ夢の底で。


二人の挑む"取引"は、間もなく始まろうとしていた。

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