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宇宙物々交換 ボウフラ航宙記  作者: 和子


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20/27

【エピソード20:トウク星の芸人と、笑いの密度】


――時空転移、完了。


シュウゥン……と、耳には届かないほど微細な波音が空間を揺らし、

ボウフラとピトピトはトウク星の地表にふわりと降り立った。


空は濃いラベンダー色。昼なのに夕方のような、温度を帯びた光。

地表は芝生のように見えたが、ふかふかとしたクッション素材で、

踏みしめるたびに小さく「クス……」と笑い声のような振動が返ってくる。


「ねぇ、これ……」

しゃがみこんだピトピトは、指で地面を押してみた。

「この地面、笑ってる? くすぐったいの?」


「重力反応じゃない。」

ボウフラは静かに分析しながら言った。

「これは“感情反響層”。この星では、笑いが物質にしみ込むんだ。」


その説明の最後の語尾が消える前に――。


「どーもーーーーっ!!」


前方の丘の上から、何かが転がり落ちてきた。

いや、何かではなく、誰かだった。

ピエロのような格好をした男が、全力の前転、側転、バク宙を決め、

ズサーーッ!と目の前に華麗に(そして雑に)着地する。

挿絵(By みてみん)

「トウク星の非公認・広報芸人、ホリョメルでーーす!」

背後から、バンッ!とクラッカーが勝手に鳴る。


「うわ、うわ、なんかうるさいの来た……」

ピトピトが後ずさる。


「やかましいと言われれば本望!」

胸を張るホリョメルは、マントの裏から奇妙な円筒を取り出した。

透明なその内部に、ヒヒヒヒヒ……と笑い声の波形がふるえる。


「この星ではね、笑いの“密度”がすべてなの!」

ホリョメルは胸を張る。

「一番笑わせたヤツは、税金払わなくていい! 伝統と混沌の星、それがトウク星!」


「笑いが資源……」

ボウフラは感心して言う。

「面白い文明だね。」


「資源どころか家も建つし、ロケットも飛ぶ!」

ホリョメルは誇らしげに言った。

「でも最近は、笑わせすぎると“笑疲労”で一週間寝込む人が続出してね、

だから“ちょうどいい笑い”が最先端なんだよ!」


そこへ――。


「失礼。トウク星行政庁・笑い税管理部です。」


いつの間にか、緑色のサングラスをかけた役人風の人物が背後に立っていた。

挿絵(By みてみん)

「この者、笑い税を数ヶ月滞納しておりまして。

 月末までに笑い密度1.2未満のネタで強制回収となります。」


「や、やめてぇぇ! それだけはァァ!」

 ホリョメルは地面に崩れ落ちる。


 ピトピトが小声でつぶやく。

「この星、思ったよりシビアだ……」


そのとき、ボウフラはポケットから小さな結晶端末をそっと取り出した。

感動炉に残っていたデータ――

以前モノアレスで見た「七色の雨」。

20秒だけの、儚くやさしい映像だった。


空から降る光の粒が、柔らかく地面に吸い込まれていく。

 どこか胸の奥をくすぐるような、温かい余韻がある。


「……ふふっ……」

ピトピトが思わず笑う。

「なんだろ……やさしい……」


ホリョメルは、それを見た瞬間、息を吸い込んだ。


「これ……ズルいよ……

泣き笑いって……こういう……ことかぁ……!」


ぼたり、と涙がこぼれた瞬間――

笑い密度計が、ピピーッ!と赤く点滅した。


表示は「1.85」。


役人の眉がピクリと動く。


「……基準値を大きく超過。

ホリョメル氏の笑い税、帳消しを承認します。」


「うおお……助かったああ……!」

ホリョメルは地面に突っ伏し、次の瞬間、がばっと立ち上がった。


「恩人……いや、恩宇宙人……!」

ホリョメルはボウフラに小さな箱を差し出した。


中には、豆粒ほどの透明な球――

しかし触れた瞬間、脳の奥が“クスッ”と震えるような感覚が走る。


「“無音の爆笑玉”。

音は出ないけど、心だけが笑う。

扱いはむずかしいけど、決まればすごいよ。宇宙のどこかで、誰かをそっと笑わせたいときに。」


ボウフラは深くうなずき、それを丁寧にしまった。


「きっと……」

ピトピトが小さく言った。

「この笑い、誰かの命を救うかもしれないね。」


ボウフラは感動炉を胸に抱え、次の座標を入力する。

トウク星のラベンダーの空が、旅人の背中をやさしく照らした。


***

《エピソード20.1:トウク星:ラベンダーの休息》


ラベンダー色の空は、夕暮れとも夜明けともつかないやわらかさで二人を包んでいた。

ホリョメルとの別れのあと、ボウフラとピトピトは少し離れた丘のくぼみに腰を下ろした。

ふかふかの地面は相変わらず「クス……クス……」と微笑むような振動を返してくる。


ふと、ボウフラがぽつりと呟いた。


「この旅……楽しいけど、いつか終わりが来るのかな?」


その声は、笑いの星に似つかわしくないほど静かで、どこか遠くを見つめていた。

旅の中で、無数の星を巡り、喜びも涙も見てきた。

その積み重ねが、ふと胸を重くする瞬間がある――今がまさにそうだった。


ピトピトは、うつむくボウフラの横顔を見つめ、ゆっくりと言った。


「明日が終着点かもしれないし、百年先かもしれない……でもね、考えるとつらいわ。」

彼は小さく笑って、続ける。

「たぶん、そんなこと考えないために旅をしてるんだと思うの。

今日を見て、今日を感じて……その積み重ねが旅でしょ?」


ボウフラは目を瞬かせた。

“旅に終わりがある”という当たり前のことを、不思議なくらい今まで考えたことがなかった。


「……そうだね。なんでだろう、急にそんなこと思っちゃって。

笑疲労のせいかな?」


ピトピトは吹き出す。


「たぶんね。あのホリョメルさん、存在だけで体力持っていくタイプだもの。」

そう言って、クッションのような大地を手でぽんぽんと叩いた。

「ここで少し休んでいきましょう。ほら、地面の振動……気づいてる?

マッサージ効果になるのよ。トウク星の観光ガイドに書いてあったわ。」


確かに、足元からふわふわとした波が伝わってくる。

笑いの余韻のような、胸の奥のこわばりをほどくような、不思議な心地よさだ。


ボウフラは手足を収納して寝転んだ。

ピトピトもすぐ隣に座りこむ。

挿絵(By みてみん)

空は少しずつ紫の濃さを変え、星とも雲ともつかない光粒が滲みはじめる。

地面は二人の体を支え、そっと笑いながら呼吸を合わせてくれているようだった。


――旅に終わりがあるかどうかはわからない。

でも、今確かなのは、この静かな時間が心を癒してくれるということ。


ピトピトが目を細めて言う。


「ボウフラ、ちゃんと休んだら、また次へ行きましょう。

終わりなんて、考えるのはあとでいいの。」


ボウフラは目を閉じ、地面の優しい振動に身を委ねた。


「……うん。ピトピトがそう言うなら。」


トウク星の大地は、二人の呼吸に合わせるように、ほのかに震え続けていた。

笑いでも涙でもない、ただ静かな安らぎの振動だった。


宇宙を巡れば、どこかで価値になる。

そんな世界を信じながら、二人の旅は続いていく。

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