【エピソード18:美しい星の価値、燃える記憶】
ギラソリスクの夜空は、まるで溶けかけた飴細工のようだった。
赤、金、白銀の光がゆるやかにうねり、空を渡る。
まるで、星そのものが息をしているかのように。
遠くでは、記憶溶鉱炉の明滅が脈動を繰り返していた。
それは星の鼓動であり、誰かの記憶が燃える音だった。
ボウフラは、ただ静かにその光景を見つめていた。
彼の合成皮膚に、薄く反射する炎のゆらめき。
そして、機械仕掛けの胸の奥で、微かな“感動炉”が反応した。
――0.012ミリワット。
ごくわずかな共鳴。だが、それは確かに“感情”と呼べる何かだった。
「この星は……宇宙で一番、美しい。」
誰に語るでもなく、彼は呟いた。
観測センサーではない。分析装置でもない。
この言葉は、ただ彼自身の“感じた”答えだった。
その時、煙の向こうからピトピトが現れた。
灰とススをまといながら、咳き込みつつも、目を輝かせている。
「この星、すごいよボウフラ!」
「燃やすたびにね、記憶の“香り”が立ち上るんだ。悲しみとか、愛とか……すこし焦げた安心とか!」
彼は鼻をひくひくさせて、笑った。
「お腹がすいてくる気がする!」
ボウフラは少しだけ口角を上げた。
「ええと、それは食べ物じゃないと思う。」
ピトピトはくるりと一回転し、ススを散らした。
その手には、小さな箱が握られていた。
「それ、どうしたの?」
「市長からの“お礼”だって!」
ピトピトは得意げに箱を見せる。
「この星で流通してる『記憶の結晶』。中に一つだけ“他者の記憶”が詰まってるんだって。
開けると、その記憶がうっすら伝わってくるんだよ。」
ボウフラのセンサーがかすかに震えた。
それは未燃の記憶、まだ誰にも手放されていない“時間”のかたまり。
ボウフラはそっとその箱を受け取り、胸の中にしまった。
「……記憶に価値を与えて、けれど燃やしてしまう。
この星の人々は、自分たちの“過去を手放す強さ”にこそ、美しさを見出しているんだな。」
ピトピトが小さく頷いた。
「だから、こんなに光るのかな?」
ボウフラは夜空を見上げる。
うねる光はまるで、燃やされた記憶の軌跡だった。
「うん。価値を外に求めず、燃やし、灯す。
つまり、“思い出す”のではなく、“思いで照らす”んだ。」
再び、感動炉が反応した。
――0.016ミリワット。
さっきより、少しだけ強い。
そのとき、空の彼方に一つの光が点った。
案内灯。
次の座標を示す信号だ。
通信が入る。
市長ガルデスの低い声が響いた。
「旅人よ。君たちが次に向かうのは、“記憶を持てない民の惑星”——『モノアレス』。」
ピトピトが目を見開いた。
「えっ!? 記憶が……ない? どうやって生きてるの?」
ボウフラは答えず、静かに操縦席に戻る。
推進炉が唸り、船体がゆっくりと軌道に乗った。
背後で、ギラソリスクの空が最後の閃光を放つ。
燃やされた記憶が、黄金の雨となって降り注いでいた。
ピトピトが窓からそれを見つめる。
「ねえボウフラ、あれも誰かの思い出かな。」
「きっとそうだよ。」
そして船は、光を背に、宇宙の闇へと進む。
次なる「交換の旅」へ。
宇宙の商いは、感情と共に巡ってゆく。
わずかな灯りと、静かな決意を胸に——
二人は、新たな星の記憶へと向かっていった。




