【エピソード17:ギラソリスク市長と、溶ける思い出】
ギラソリスク市の中心部には火柱を上げる溶鉱炉がある。
青銅色のマントが、風を裂いた。
市長ガルデスは、手に取った古びたアルバムを一瞥し、ためらいもなく溶鉱炉へと投げ入れた。
炎が一瞬、淡い金色に変わり、次いで橙の渦となって踊る。
炉の前には列ができていた。
市民たちは「思い出の品」を抱え、それぞれの順番を静かに待っている。
ぬいぐるみ、写真、指輪、古い手紙。
そのどれもが、彼らの「通貨」であり、「命の一部」でもあった。
ピトピトは絶句した。
「ちょ、ちょっと……なんで!? 大切なものばかりじゃないか!」
横にいたボウフラも、じっと炎を見つめていた。
彼の感動炉が、わずかに震えている。
この星——ギラソリスクでは、“記憶”が通貨だった。
それを燃やすなど、経済そのものを破壊する行為のように思えた。
だが、市長ガルデスは振り返り、静かに言った。
「君たち、異星から来たな?……よかろう。説明しよう。」
その声は、まるで古い詩を朗読するように、低く、柔らかだった。
「我々は、“記憶の過剰”に苦しんでいる。
この都市では、思い出が価値だ。
ゆえに、人々は記憶を蓄えすぎた。」
ピトピトは首をかしげた。
「蓄えすぎた? でも、それって……豊かってことじゃ?」
ガルデスは、ゆっくりと首を振った。
「いや——腐るのだよ、過去に浸りすぎると。
過去の栄光や、痛みや、未練が人々の行動を鈍らせていく。
“今”を捨ててまで“思い出”にしがみつく都市になってしまった。」
炎の奥で、金属がゆっくりと溶け落ちる音がした。
それはまるで、誰かの心が静かに形を変えていくようだった。
「だから我々は、“記憶の焼却”という儀式を取り入れた。
不要な記憶を選び、手放し、炉にくべる。
記憶は燃え、エネルギーとなり、街を照らす。」
ボウフラの感動炉が、共鳴した。
「燃やす」とは、捨てることではない。
——昇華すること。
ピトピトは小さくつぶやいた。
「この人、ちょっと……狂ってるけど、筋が通ってるかも……。」
ガルデスは、遠くを見つめながら言葉を続けた。
「ただし、一つだけ条件がある。
“手放した記憶と、ちゃんと向き合う”こと。
逃げで燃やす者には、溶鉱炉は応じない。」
その時、列の最後尾にいた小さな少年が前に進み出た。
手に抱いているのは、ボロボロのくまのぬいぐるみ。
片方の目が取れかけ、縫い糸もほどけかけていた。
少年は震える声で言った。
「さよなら……おかあさん。
でも、ぼく、元気で生きるから。」
ぬいぐるみが炉に落ちた瞬間、
炎が低く、柔らかくうなりを上げた。
赤い光が、一瞬だけ優しい金色に変わった。
ボウフラの感動炉が微かに発電した。
出力、0.009ミリワット。
その数値は、小さな祈りのように淡く灯る。
——記憶は、失うものではない。
——手放し、そして、灯すもの。
夜のギラソリスクは、静かに輝いていた。
それは燃え尽きる光ではなく、
生きている者の中に残る、
あたたかな“記憶の灯”だった。




