【エピソード16 :取引拒否されしフリル人形】
トランキロスの中央広場。
青いガス灯がゆらめく黄昏時、ノモリア競売場の入り口付近で、
人だかりができていた。
ざわつく空気の中心にあったのは——
テラ織りのピンクフリルに包まれ、
星屑を模したリボンをまとった小さな人形。
完璧な造形、非の打ちどころのない手仕事。
だが、取引人の顔は険しい。
「——思い出のないモノは、買えないんだッ!」
しわがれた声が、静かな広場に響く。
「ここは“記憶価値”でしか流通しない星だぞ!」
買い取りを拒否されたのは、青いフードの青年だった。
影を落とした瞳で、彼は困ったように言った。
「……拾ったんです。貨物漂流船の残骸から。
でも…誰のものだったのか、わからなくて…」
人々がざわめく。
“記憶なき品”を持ち込むことは、この星では無礼に等しい。
そのとき、群衆の後方から、
小さな声がボウフラの耳元に届いた。
「ボウフラ、感動炉で読み取れない?」
ピトピトの声は囁きのように優しい。
「この人形に込められた“微量の記憶残滓”とか。」
ボウフラは腕を組んで少し考え、
静かに頷いた。
「……やってみる。」
感動炉が淡い光を放ちながら起動する。
“定格8V・100mA”
微細な信号が流れ、静電気のような温度が空気を震わせた。
人形の胸部に埋め込まれた結晶素子から、
かすかな波形が立ち上がる。
「……記録強度:0.04ノスタルク。
記憶源:名もなき航海士。
内容:『任務の孤独な夜に、ただ静かに、視界の隅で見守ってくれていた。』」
ボウフラの声が、広場全体にやわらかく響いた。
その瞬間、取引人の頬に一筋の光が宿る。
「……“名前のない記憶”か。」
彼はふっと笑った。
「だが、それはそれで、価値がある。」
彼は人形を両手で包み込み、
棚の上に静かに置いた。
そしてカードにこう記す。
―――
【静かなる見守り人形】
記憶価値:0.04ノスタルク
価格:観賞1分間=0.1ノスタルク
※共感に応じて変動します
―――
しんと静まった広場に、
小さな温もりが広がっていく。
ピトピトがぽつりと呟いた。
「なんか……この星、しんみりしてるのに、やさしい。」
ボウフラは静かに頷く。
記憶の価値は“重さ”ではない。
“誰かに届いた”という、その一点で光るものなのだ。
青年は小さく涙を拭い、
取引人に深く頭を下げた。
「ありがとう。名前のない記憶に……居場所をくれて。」
そのとき、ボウフラの胸の感動炉が、
ほんのりとオレンジ色に灯った。
小さく、確かに——
0.007ミリワットの温もりを発電していた。
それは、この星のどこよりも静かで、
優しい“記憶のエネルギー”だった。




