表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宇宙物々交換 ボウフラ航宙記  作者: 和子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/27

【エピソード13:沈黙の星と、交換の気配】

ボウフラとピトピトは、静寂を縫うようにして降下していた。

正確な重力スリップ。誤差は0.0001単位。

二体の機械生命は、計算の末に「マリナーテ」と呼ばれる星の静かな周回軌道へと立った。


星は、水面のように滑らかだった。

反射のない深い青。

光を拒むのではなく、包み込んで消してしまうような青。

そこには風も、波も、音の余韻さえも存在しなかった。


ピトピトの受信モジュールが微かに震えた。

「……本当に、何も聞こえない。耳に“沈黙”が貼りつくみたい。」


ボウフラは応えなかった。通信回線を閉じていたのだ。

音波、電波、フォトン共鳴波——どのプロトコルを使っても、

マリナーテからの応答は“無”。


だが、ボウフラには分かっていた。

この星は、沈黙によってのみ“交換”を行うのだと。


ボウフラは、ミニョン星で得た“音と香りの記録素子”を取り出した。

それを軌道上の微細粒子に託し、静かに放出する。


素子は音を立てずに崩れた。

その断片が空中に淡い残香を描く。

甘くも苦くもない、ただの記憶の匂い。


——その瞬間。


星の表面に、わずかな変化が生じた。

一つの影が、ゆらぎのように浮かび上がる。

挿絵(By みてみん)

それは形を持たず、しかし存在の“重さ”を感じさせた。

人のようでもあり、雲のようでもある。

影は何かを手渡すでもなく、言葉を発するでもなく、

ただ、ボウフラの前に立ち、そして消えた。


ピトピトがわずかに首を傾ける。

「何も……受け取ってないの? 交換、されなかったの?」


ボウフラはゆっくり通信を再開した。

その声は、無音の余韻を含んでいた。


「いや、記録が変わってる。データ構造に、“ノイズのような空白”が加わった。」


記録素子には、無音の波形だけが追加されていた。

そこには情報としての意味はなかった。

しかし解析ユニットは、それを“新しい体験”として認識していた。


「……これは、“沈黙の重さ”を受け取ったんだと思う。」

ボウフラの声は静かだった。

「何も言わない、という選択。それを、記憶することが“交換”なんだ。」


その瞬間、ボウフラの感動炉がゆっくりと点灯した。

出力はわずか0.1ボルト。

それでも、その光は揺らめくことなく、長く灯り続けた。


二体は、何も持ち帰っていないようでいて、

確かに「何か」を得ていた。


ピトピトが問いかける。

「こういうの、記録にどう書くの? “なにもない”って?」


「“なにもなかった”という出来事が、“あった”。」

ボウフラの返答は淡々としていた。

「それを、きちんと保存する。」


マリナーテの青は、静かに二体の影を吸いこんでいく。

そして、彼らは次の座標を設定した。


1ミリの時空スリップ。

行き先は——記憶と物質が曖昧に交わる惑星、モネール。


そこでは、“思い出”と“実体”の交換が行われているという。


二体は光の波の中で消えた。

沈黙の重さを携えながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ