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エミネスベルンの約束  作者: 深山 観月
第二部 北の魔女編 3章
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19話

「今まさに、彼女の魔力から初代北の魔女の魔力情報を抽出している最中です」


結晶の中の名無しの魔女は、ただじっと目を閉じていた。

身動き一つせず、安らかな表情のまま。

まるで、始めからその運命を受け入れていたかのように。


「心配せずとも、抽出が終われば彼女は無事に解放します」

「それには、一体どれくらいの時間を要するんだ」

「今日中には終わる見込みです」

「今日中か。……いや、今日中でか……!?」

「それほどまでに、色濃かったということです」


考えられる要因としては、彼女が自らの名前を魔力にした代償で、自分自身の痕跡が消えていることもあるだろう。

彼女の魔力から、彼女自身の魔力情報が消えていれば、その分だけ初代北の魔女のそれは色濃く残る。

とはいえ、所要時間の短さは異常だ。

教団の悲願である『初代北の魔女の再現』。

それには多大なる時間を費やしてきたはず。

それが、名無しの魔女によって、そこまでの短縮を可能にするとは。

彼女は正体は一体何者なのか。

まさか────


「初代北の魔女自身だということは……」

「可能性はあります。今のところ、彼女の魔力情報を照合して確認できたのは、初代北の魔女の魔力情報のみですから」


譲渡元の魔力情報も確認できていないということか。

となるとやはり。

いや、待て。

彼女の身元特定に繋がるため、その情報が消えている可能性もある。

そもそも、彼女が初代北の魔女だった場合、初代北の魔女の魔力情報そのものが彼女の中から消えるのではないか。

それが残っているということは、彼女がそうではないからなのではないか。


「断定できるのは、この杖が変換に応じるかどうかです」


そうだ。

ノルヴィスは先程言っていた。

杖には魔力情報を一定量取り込むと、人格に関わる情報に変換できる力がある。

しかし、それができるのは、すでにこの世に存在していない者に限られると。

つまり、変換ができれば、彼女は初代北の魔女ではないという証明になる。


「ふふっ。ようやくです。ようやく、教団の悲願が叶うのです。それに比べれば、歪みをもたらす魔女のことも差し当たりの優先順位は下がります」


その笑みは、一見、我が子の成長を見守るような温かく穏やかなものであったが。

目の奥にはふつふつと思いが煮え滾っている様子が垣間見えた。


「さて、ダレン様。あなたには、今後生涯に渡り、ある役割を果たしていただくことになります」


良い予感はしなかった。


「それは、必要に応じて教団の魔女と子を成してもらう役割です。もしかしたら、相手が初代北の魔女となる可能性もあるかもしれません。その場合、あそこにいる彼女なのか、私の体になるのかはまだわかりませんが」


そうして、彼女はダレンの指に自分のそれを絡めようとしてくる。

ゆっくりと、一本ずつ。

それはまるで、茨の魔女に背後から抱きしめられたときのように。


「────もちろんそれは、あなたが肉体的な快楽を得られるかたちで」


耳元で、囁かれる。

だが、込み上げてくるのは、吐き気を催すほどの嫌悪感だった。

拳を強く握りしめたまま、彼女のことを睨みつける。


「断る」

「悪い話ではないと思いませんか」

「断ると言った」


頑なな意思を感じ取ったのか、指は離れていった。

名残惜しそうに。

かつ、こちらの情欲を煽るように手の甲をなぞり上げながら。


そして、その笑みを崩さぬまま。


「かつての北の魔女、ハンブラッド・アデンスフィアの子であるあなたの血は非常に優秀です。この場所から出られない制限と引き換えに、その待遇は最上級のものにすると約束しましょう。……もっとも、今は最優先事項があるため、準備には時間を要します。窮屈で申し訳ありませんが、 あの部屋でもう少しご辛抱ください」


彼女が目配せをすると、ダレンは教団の魔女に背中を押され、先程の部屋へと戻るように無言で促される。

歩きながら、彼はもう一度振り返った。

結晶から放たれる青碧の光に照らされるノルヴィスの横顔。

目を瞑ったままの名無しの魔女。

ぎりと奥歯を噛み締め、前を向く。


「────魔女なんて、クソ食らえだ」


そう、彼は吐き捨てた。





「ルクラット様!? それにミリヤちゃんまで!?」


地下へ向かうマーガレット一行は、通路の先でルクラットたちと姿を発見した。


「マーガレット、さん……!?」


お互い驚愕で目を見開く。

特に、マーガレット側はミリヤが教団に囚われていることを知らなかったためだ。

だが、再会を喜び合っている余裕はなかった。

壁に手を突きながら歩いていたルクラットの体がずり落ちたからだ。

駆け寄る三人。


「大丈夫ですかルクラット様!?」


胸を抑え、苦しそうに喘いでいる。

その顔色は明らかに悪かった。


「ルクラットさん、魔力を使いすぎちゃって……!」


涙目で訴えかけてくるミリヤ。

マーガレットは彼女たちが歩いてきた方に視線を向ける。

最初に目に入ってきたのは、ここまで伸びた4本の赤い線。

彼女らの足跡だ。

曲がり角の向こうは染め上げられた赤一色。

むせ返るほどの鉄の匂いが漂ってくるのにそう時間はかからなかった。


「途中で三人と会わなかった? 女の人二人と、男の人一人なんだけど……」


マーガレットの問いに、ミリヤは言葉を詰まらせる。

代わりに、ルクラットが苦しげに息を整えながら答えた。


「……ダレンたちが会いに来て、扉を開けた隙を狙って私たちは逃げ出してきたんだ」


彼女はなんとか自分の力で立ち上がる。


「あの中で、一番命が危なかったのはミリヤちゃんだったからね。全員を連れ出す余裕は……なかった」

「ダレン様たちは、どうなったんですか……?」


彼女は首を振る。


「でも、すぐには命の危険はないと思う。特にお母様の知り合いだっていう彼女は、大魔女っぽかったしね」


ダレンはかつての北の魔女の血を引く貴重な男性。

確かに彼女の言う通り、すぐに殺されるということはないだろう。

大魔女である名無しの魔女も死ぬおそれはない。


だが、無事かどうかはそれとは別問題だ。

けれども、ここにいる全員が消耗している。

となると。


「全員で地上に出て、一旦仕切り直すのが得策かもしれません」


その瞬間。


「────残念ですが、それは叶いませんよ」


複数の足音が通路に響いた。

疲労の溜まった体の神経が張り詰めていくのを感じた。


「あなたたちはここで終わりです」


マーガレットの血の気が引いていく。

曲がり角から現れたのは、血塗れのノルヴィスだった。

だが、彼女の反応はそれだけに対するものではない。

そう。

それだけにとどまらなかったのだ。


────現れたのは、『複数の』ノルヴィスだった。


「分身……!?」

「ううん、分身じゃないよ」


ルクラットは低く呟く。


「魔力の気配が全部本物だから。しかも、あれはさっき、『私が殺したはずの魔女の服』だよ」

「殺したはずの……?」

「教団長は、肉体と魂を自分のものに作り変える魔術をあらかじめ教団の魔女に仕掛けていたんじゃないかな。そして、おそらくその引き金は、『死の直前』。……そうだとすれば、非常に高度で、厄介な魔術だね」


確かに、教団長の地位にある者であれば、それほどの魔術を扱えても不思議ではない。

だが、少し引っかかったのは、あの町で戦闘の末に死亡した第4席と5席。

彼女らは教団長の姿にはならずに死亡した。

制限があるのか。

例えば、ノルヴィスが近くにいなければならないこと。

教団本部にいなければならないことなど。

もしくは、何か意図が。


「……厄介なのはそれだけじゃないさね」


自分たちが来た道を振り返っている茨の魔女。

見れば、そちらからも複数のノルヴィスがこちらに歩み寄ってきていた。


「────挟み撃ちってことか……!」

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