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エミネスベルンの約束  作者: 深山 観月
第二部 北の魔女編 3章
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18話

「彼女が歪みをもたらす魔女であることは、扱う魔術からも裏付けができています」


びくりと震えるミリヤの背中にルクラットは手を添える。


「向こうも主張を譲る気はないみたいだね。となると、ここから先はお互いの正義のぶつけ合いだよ」

「正義、ですか?」

「教団も自分のやり方で、この国を必死に守ろうとしているんだ。単に悪事を働きたい訳じゃない。それだけは頭の片隅に置いておいてもらえると嬉しいな」

「はい……」

「ところで、ミリヤちゃんは魔女同士の戦いってしたことある?」

「いや、えと。ないですけど……」

「そうしたら、魔女の戦いがどういうものか見せてあげるよ」


彼女はミリヤの頬に口づけをする。


「────他ならぬ、ミリヤちゃんの魔術でね」


瞬間。

何か空気のようなものが細かく振動をしながら肌を撫でていく。

次には複数の照明が明滅したかと思えば、弾け飛び。

残った照明の真下で。

──ノルヴィスの体が弾け飛んだ。


「え……?」


周囲に飛び散った血液。

壁にへばりついた肉片。

周囲に漂う匂いは、一つの生命が消えたことを確信させるのに十分だった。


「初めてだから、ちょっと狙いは拡散しちゃったけど」


これが自分の魔術。

それをすでに自分よりも使いこなしている。

だが、心に残るのはやはり、それよりも。


「……残酷だって思う?」


語りかけてくるルクラット。

その声は、これまでのなだめるような優しいものではなかった。

静かに、ただ、静かに。

どこか諦めの混じったそれは、強さではない部分も感じさせ。

より、これが現実だということを脳に刷り込んでくる。


「でも、この選択を積み重ねた上に、今の私たちは生きている」


ごくりと、喉が音を立てた。


「さ、今のうちに地上へ向かおう。教団長はまた追ってくるだろうから」

「え……? だって、今目の前で……」

「うん、確実に殺した。でも、こんなんで終わりじゃ、初代北の魔女の器なんて務まらないよ」

「えっと……」


そのとき。

パリンとガラスが割れるような音が複数響き渡る。

そちらに目を向けると、薄明かりに照らされる複数の水槽のようなものが割れ、中から液体が溢れ出ていた。

そして、その一つ一つの中には。


「なに、あれ……? まさか、人間……!?」

「いや、おそらくは魔女かな。……教団はここで、何かの実験をしていたようだね」


ぞくりと、背筋に冷たいものが走る。

まるで、いつか映画で見たクローン生物などの培養装置といったような見た目だ。

実験対象となっている魔女は、どのような経緯で。

これも、影の国を必死に守るための一環だというのか。

────到底、今のミリヤには信じ難かった。





「ふう。かなり手こずったけど、なんとか倒せてよかった」


術者が意識を失ったことで、霧散していく石像。

それを確認しながら、マーガレットは自らの左肩。

そして、腿に刺さった矢を抜く。

途端に、ふらつく体。

片膝を突いて、なんとか支える。


「ちょっと、魔力を使いすぎちゃったなぁ……」


世界の輪郭が、少しだけ遠くなったそのとき。

倒したはずの魔女の体から、魔力が渦巻いていくのを感じる。

それはたちまち、細長く伸びていき。

やがて、とぐろを巻きながら形を成す。

その末に出現したのは、石造りの蛇。


「(意識を失ったことをトリガーに発動する魔術をあらかじめ仕込んでいたのか!?)」


それに気付いたのとほぼ同時。

口を広げ、蛇行しながら襲いかかってくる。

だが、対応する魔力は、もう残されていない。

……最後の一手を除いて。


マーガレットが覚悟を決めた瞬間、口を広げた蛇も霧散していく。

それは歯が届くまで、あわや数センチといったところ。

何が起きたのか。

理解が追いつかない彼女だったが。


「ちょっと! もう魔眼の効果は切れているわよ!」


いつの間にか術者の近くに立っていたお菓子の魔女がこちらに叫ぶ。

肩で息をしている彼女の手には、包丁が握られている。

だが、血濡れていないことから、術式のみを破壊したのだろう。


「ありがとう。死んじゃうかと思ったよ……」


今度こそ、体の力が抜けていく。


「それはこっちのセリフ! 『黒』を使おうとしてたでしょ!」

「あはは……。私が死んで、みんなのところに蛇が行ってしまう可能性を考えたら、やるしかないかなって……」

「もう決着はついているのに、自爆なんて! なら、最初から気絶なんて生ぬるい倒し方をするなっていうの!」


マーガレットは周囲を見渡す。

自分たちは元の部屋に戻ってきたようだ。

お菓子の魔女が戦っていたと思われる魔女は首を押さえて倒れていた。

すでに命の灯火は感じられない。

その場に漂う砂糖菓子の甘たるい匂い。

通常ではあり得ない現実離れしたその匂いが脳を痺れさせていく。


「殺せなかった理由は何となく予想がつくけど。知り合い?」

「知り合いっていうほどではないんだけどね。学院にいた頃、生徒の中に見覚えがあったような気がしてさ……ごめん」


全く、と呆れた様子のお菓子の魔女。

だが、そう言いながらも彼女はこちらの事情を察して、術式の破壊のみに留めてくれている。


「おや、二人も終わったみたいだねえ」


いつの間にか、その場には茨の魔女がいた。

横長の椅子に座った彼女の膝には、仰向けで泡を吹いているシュトラープケ。

時折、びくりと体が跳ね上がる。

両者の首筋から顔中には赤黒い薔薇の刻印が浮かび上がっていた。

服で見えないが、体中に広がっているのだろう。

そして、見ていた二人がぎょっとしたのは、茨の魔女が指で摘んでいるものだった。


────それは、他ならぬシュトラープケの魔眼。


おそらくはえぐり取ったのだろう。

それをうっとりとした表情で、窓から差し込む日光へと掲げている。

より一層の煌めきに目を細め。


「それ、どうするの……?」

「綺麗ではあるけど、人工的な魔眼だった。天然物には敵わない。売っても大した価値にはならなさそうだから、コレクション行きさね」

「そ、そっか……」

「それよりも、収穫はこっちの方さ」


もう片方の手には、屈折の宝剣があった。


「こっちは本物。逆に貴重すぎて、売れない代物さね」


二人は黙り込んだままお互いの顔を見合わせる。

そこには、二つの思いが含まれていた。

一つは、分断されたその先で何が起きていたのかを想像することはやめようという戒め。

二つは、この3人の中で、一番怒らせてはいけないのは彼女だという再確認。


やはり、かつて北の魔女に仕えていた元メイド長の名は伊達じゃない。


「それで、これからどうするんだい?」

「え、ああ、うん。……やっぱりダレン様たちが心配だよね。あのまま素直にルクラット様のところへ連れて行ってもらえたのかどうか」

「名無しの魔女もいるし、とりあえずは大丈夫だと思いたいところね」

「となると、私たちは当初通りルクラット様の方へ向かうかねえ」

「西の魔女は地下って言っていたよね。急ごうか」


そうして、方針が決まると、三人は同じ目的地に向けて駆け出した。





最初に意識をしたのは、手首に食い込む金属の冷たさだった。

背後で手錠。

椅子に固定されている。

薄暗い室内の空気は湿り、息を吸うたびに喉がざらつく。


「お目覚めのようですね」


顔を上げると、机を挟んでノルヴィスが座っていた。

指先で弄んでいるのは、見覚えのある銃弾。


「ルクラット様の魔力が練り込まれた銃弾ですね。接触した魔力を吸収し、それをさらなる推進力に変換する。これなら、単純な魔力防御など、紙同然でしょう」


狭い室内の四隅には、教団の魔女が無言で立っている。

そのうちの一人は、ダレンの銃を持っていた。


意識を失った後、何が起きたのか。

胸の奥で、焦りが鈍い痛みとなって広がる。


「ルクラット様は、現在地上を目指して建物内を逃亡中です。浜野田あかり様の魔法を使って、あの場所から抜け出したのでしょう」

「……」

「あなたのお連れの3名は、逆にルクラット様を追って、地下へと進んでいます。両者が接触するのは時間の問題でしょう。まあ、いかようにでも対処できます」

「名無しの魔女はどうした」

「心配なさらずとも、この階層にいますよ。その目で確かめた方が早いでしょう」


そうして、彼女が室内にいる一人に視線を送ると、背後から腕を掴まれ、立たされる。

そして、部屋を出ていくノルヴィスに着いていくように背中を押された。


室内を出ると、そこは研究室とも、祭壇ともつかない空間だった。

その広さは、地上部分の建物から想像ができないほど大きい。

机の上に並べられた金属製の器具。

血のような色で床に描かれた大規模な魔法陣。

忙しなく動き回っている魔女たちの間を抜けると、視界の中央にそれはあった。


巨大な結晶。

青碧の光が、心臓の鼓動とは異なるリズムで脈打っている。

光が揺れるたび、空気がわずかに震えた。

そして。

結晶の中心に、細い腕が見えた。

透き通るような白い指先。

その持ち主を知っている、と理解するまでに一拍遅れた。


胸の奥が焼けるように熱くなる。

怒りか、恐怖か、自分でも判別がつかない。

ただ、あれは──あそこにいていい存在じゃない。


「────名無しの、魔女……!」

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