17話
正直、少し落胆していた。
結局、彼女は自分とは違うのだと。
周囲から生きることを望まれて、それが叶う者なのだと。
嫉妬とは違う。
羨望とも異なる。
ただ、突き放されたような孤独感だけが、この胸に残って。
仕方ないと、自分を納得させようと。
隣の部屋から差し込む光。
別の世界の出来事だと。
その穴から、ただ、見ていることしかできずに。
そんな折、突然彼女から手を差し伸べられて、衝撃が走った。
完全に自分は蚊帳の外の話だと思っていたから。
気持ちは有難い。
けれども、やっぱり。
「それはできません。彼女は歪みをもたらす魔女なのですから。予定通り、処刑は執行する予定です」
……。
「教団長さん。私はこの子を処刑するべきじゃないと思う」
「それは、どうしてでしょうか」
「彼女はおそらく、謎を解く手掛かりになる。むしろ、味方につけて然るべきだと思うよ」
「……何か、そう思う根拠でも?」
「この子を処刑して全て解決。そんな単純な話じゃないことは、あなたもすでに感じているんじゃない?」
「どこまでご存知なのですか?」
「ううん、私は何も知らないよ。ただ、あなたが迷っているように感じたから。本当にこれでいいのかって」
「……」
「色彩の魔術対策で感情を悟られないようにしてきたみたいだけど、魔力の流れまでは誤魔化せてない。乱れているように感じるよ」
ルクラットはノルヴィスを見上げる。
「私、魔力の流れには人一倍敏感なんだ。扱っている魔術のせいかもしれないけれどね。だから、いろんなことがわかってしまう。そう、例えば」
まっすぐと。
目を見据えて。
「────ここに来ているっていう3人の魔力をこの建物から感じないっていうこととかもね」
室内は魔力を遮断している。
つまり、彼女はこの扉を開けたわずかな時間で、この建物全体の。
それも、個人の魔力まで識別したというのか。
そこまで考えたところで、ノルヴィスは視線だけを横に向ける。
ダレンがこちらに向けて銃を突きつけてきていた。
「おい、どういうことだ。あいつらは待合室に向かったんじゃなかったのか」
「……確かに感じてはいましたよ。何か明確な意思によって、仕向けられているようには。ですが、だからといって私のやるべきことは変わりません」
「質問に答えろ!」
「待てダレン。問題はそれだけじゃなさそうだぞ」
名無しの魔女に目を向けると、彼女は扉の奥を睨みつけている。
その反応に怪訝な表情を見せるダレン。
だが、視線を辿ると、信じ難い光景に息をのんだ。
「……何が起きている」
もぬけの殻。
そこには、ルクラットの姿はなく。
自分の目を疑った。
そんな馬鹿な。
今、目を離した一瞬の間に消えたというのか。
誰が。
これも教団長によるものなのか。
だが、思考はそこで遮られ、ダレンたちの体は床に崩れ落ちる。
そのときにはもう、二人はすでに意識を手放しており。
一人立ち尽くしたノルヴィスが、杖を振るった腕を降ろす。
そして、彼女はふと気が付いた。
ルクラットの隣。
すなわち、ミリヤを囚えていた扉も開いていることに。
「────やってくれましたね、ルクラット・アデンスフィア」
「ごめんね、ちょっと休憩させてもらえるかな」
薄暗い室内の中、ルクラットはそれまで掴んでいたミリヤの手を離し、壁にもたれかかる。
「……本当は一気に地上まで出るつもりだったんだけど、この建物は随分と地下に広がっているみたい」
けほけほと咳き込むルクラット。
「大丈夫ですか……?」
「うん、ありがとう。とりあえず、教団の魔力反応を感じない部屋に逃げ込んでみたけど……」
そこで、彼女はこちらに顔を近付けて、くすりと笑った。
その理由がわからず、ミリヤは困惑する。
「え……?」
「いやね、想像以上に可愛らしい子だったなあって。さっきはよく見ている暇がなかったから。多分、あかりちゃんよりも年下だよね?」
「……はい。あかりお姉ちゃんのことを知っているんですか?」
「もちろんだよ。だって、あそこから抜け出してここまで来れたのは、あかりちゃんの魔法のおかげだからね」
「お姉ちゃんの、魔法を……?」
彼女は自分の手を眺めながら。
「私は魔力を吸収する魔術を使えるんだ。そして、吸収した魔力を通じて、持ち主の魔術を使うこともできる。あかりちゃんから分けてもらった魔力。それを使って、時間を止めてここまで逃げてこれたというわけ。あの部屋も、魔法までは防げなかったみたいだね」
「そんな魔術もあるんですね……」
「でも、それもさっきので使い果たしちゃった。ここから先は使えないな。さて、どうしよっか」
そう言って、あははと笑うルクラット。
そんな彼女を見て、一番の疑問がミリヤの中で再浮上する。
「どうして私を助けてくれたんですか……?」
自分は存在しているだけで歪みをもたらす。
憎まれ、消えるべき魔女。
そんな自分をわざわざ危険を冒してまで、助ける価値など。
「だって、納得いってないでしょ? どうしてそうなったのか」
「……」
「要するにさ、ミリヤちゃんは自分の命の使い道をまだ選べていないんだよ」
「命の、使い道」
「そう、あなたの命には影響力がある。使い方次第で、絶望にも、希望にもなり得る可能性を秘めている影響力が。だからこそ、その使い道を他人の手に委ねちゃだめ。それが、そうあることを運命づけられた私たちの責務なんだから。この世界が私たちに課した、残酷な責務」
そして、頬に手を添えて。
視線が、次の言葉を紡ぐ、唇に縫い付けられる。
「────あなたはもう、あの町で過ごしていた頃の普通の女の子じゃないんだよ」
「……ッ!」
その言葉は、どんな鋭利な刃物よりも、この胸に深々と突き刺さった。
だが、それがただ自分を傷付けることを目的とした行為ではないこともわかっていた。
なりたくてこうなったわけじゃない。
それは、彼女も同じはずだ。
北の魔女の娘として生まれ落ちた瞬間に、その先の生き方を運命づけられてしまった。
にもかかわらず、彼女のこの強さは何だ。
どうして彼女は、『選ばれる側』でとどまらず、『選ぶ側』でいられる。
「私はこの言葉を『祝福』としても、『呪い』としても、あなたに送るよ」
「……でも、怖いんです。私のせいで、みんなが傷付くのが。傷付けてしまう可能性があるかもっていうだけでも。私は命の重さを知ってしまったから」
「どうして傷付くことになるって思ってるの?」
「私が、こうして生きているだけで周りに歪みをもたらす魔女だから」
「ミリヤちゃんはその魔女のことが書いてある教典を読んでその結論に至ったの?」
「えっと、ううん。読んでないです……。でも、教団の魔女たちがそう言っていたし、実際に周りの人たちのことも傷付いていって……」
「じゃあ、そう思い込んでいるっていうだけだったりしない?」
「でも。でも……」
「そもそも、北の魔女は国を挙げて、ミリヤちゃんのことをその魔女だと断定し、処刑しようとしているの?」
『ふふっ。心配しなくても、ミリヤがその歪みをもたらす魔女だと考えていたら、教団を罰しようとはしないわ』
『ミリヤの魔女化にはあの少女が関わっているんじゃないかしら。自分の魔力を分け与えて、ミリヤを魔女化させた。ミリヤは単なる被害者というわけ』
「……リューベルクさんは歪みをもたらす魔女自体は存在すると思うけど、私のことは違うって。被害者だって言ってくれて。教団に罰を与えようとしてくれています」
「そっか。私もその判断は正しいと思うよ。だって、もし『歪みをもたらす魔女』が別に存在していた場合、ミリヤちゃんを処刑することは、その魔女へと繋がる重要な手がかりも、対抗策をも失うことになるから。だから、間違っているのは教団、でしょ?」
ルクラットはゆっくりとミリヤの手を取り、微笑んだ。
その笑みに、ミリヤの胸がぎゅっと締め付けられる。
「大丈夫。ミリヤちゃんは良い子だから、みんな手を貸してくれる。だから、『誰かが言ったから』じゃなくて、『自分がどう生きたいか』で決めて良いんだよ」
「いいえ、これ以上歪みを拡大させないためにも彼女は消えるべき存在です」
その場に声が響いた。
ルクラットはミリヤから手を離す。
「……随分と早いお着きだね」
瞬間。
照明が点灯し、声の主が明らかになる。
────それは、先ほど撒いたはずのノルヴィスの姿だった。




