16話
「この部屋から出られると思った!? あはは!」
3人が開いたはずの扉は、始めにこの部屋へ入ってきたはずの扉に繋がっていた。
つまり、この部屋は。
「ループしてる……!?」
「それが僕のこの魔眼の力だからね。だから、君たちは僕を倒すか、降参して教典を渡すかのどちらかをしないと、ここから出ることはできないっていうわけ! ようやく理解してくれた?」
「あの眼帯を外した瞬間から、もうすでに私たちは術中にハマっていたっていうわけか。これは本腰入れて戦わないとかな……」
言いながら、マーガレットは腰から何かを取り出した。
それは刷毛。
かつて、部屋の中でミリヤのために星空を描いたものと同じものだ。
対して、シュトラープケも西の魔女と相対したときに用いた、宝石の散りばめられた長剣を鞘から抜く。
茨の魔女は目を細める。
そこには、少しばかりの懐かしさが宿っていた。
「──屈折の宝剣」
「何よそれ」
「簡単に言えば、魔術を切れるのさ」
「すごいの?」
「単純が故に、強力さ。記憶だと、大昔の北の魔女が持っていたような気がするけどねえ……」
「ははっ! よく知っているじゃん、『おばさん』! 随分と物知りなんだね!」
瞬間、びきりと。
空気に罅が入ったような錯覚。
「あ」
「まずい」
動きを止めて、茨の魔女を見る二人。
そして、必死の形相でシュトラープケに訴えかけてくる。
「早く! 早く訂正した方が良いよ!」
「訂正? それってどういう意味?」
「早くしなさい!」
「……ははっ、何を必死になっちゃって。そんなハッタリが通用するとでも──」
今度は、ばきりと。
その音が錯覚ではないことを悟った。
「(空気が……。いや、空間が軋んでいる……!?)」
表情に動揺が滲み出す。
そのとき。
石像の肩に乗っている魔女が声をかけてきた。
「シュトラープケ様、あの魔女は危険では!? 分断し、三対一で一人ずつ処理していくのがよろしいかと!」
「いや、やっぱり彼女たちの一番の厄介さは連携だ! 当初通りそれぞれ一対一で分断して、迅速に無力化する!」
「しかし!」
「大丈夫! あの茨の魔女とかいうのは僕に任せて! それじゃあ行くよ!」
そうして、彼女が魔眼に指を添えると、周囲の空間が引き伸ばされていく。
次に気が付いたときには、その場にいるのは、シュトラープケと茨の魔女のみになっていた。
「あぁ、気を遣って二人から離してくれたんだねえ」
「……さっきから、言っている意味がまるでわからないことばっかりなんだけど?」
「すぐにわかるさ。骨の髄までね」
「……?」
シュトラープケが眉をひそめた瞬間だった。
ぱきん、と。
今度は明確に割れた。
「ぐ、ぅっ……!?」
高まる眼圧。
魔眼を手で抑える。
「なに、が……?」
様子を眺めながら、茨の魔女は首を傾げる。
その目は笑っていない。
「今ならまだ、『目』だけで許してあげよう」
「はぁ、はぁ……!」
「ほら、訂正はまだかい?」
「……え?」
「────『お姉さん』、だろう?」
その瞬間、視界は赤に支配された。
「気に食わない」
寒空の下、西の魔女は呟いた。
その場には、彼女一人のみ。
先程まで、自分は教団と戦闘していたはずだ。
思い当たるのは。
「あの魔眼女め」
全くいい度胸だ。
空間を操る魔法を扱える自分を、魔眼の中に閉じ込めるとは。
陽動以外にも干渉してくる可能性のある自分という不確定要素を、事態が結末を迎えるまでここに封じておく気なのだろう。
もちろん、ここから出ることが不可能というわけではない。
自分の力を持ってすれば、容易に脱出は可能だ。
だが、その場合、魔眼の保有者であるあの女の命が危うくなる可能性がある。
つまり、今の状況は『殺せない』というのを逆手に取られた結果だ。
『単なる気まぐれ、暇つぶしよ。3年が経過するまで、私自ら誰かを殺すことはできないから』
別に、そういった契約を結んだというわけではない。
破ったところで、何某かの罰が与えられるというわけではない。
だから。
そう。
このまま、どうせ殺せないと。
そうやつらに侮られたままでは────。
「待てだよ、フェレネ」
声だけが聞こえてきた。
「……一体どこから話しかけてきているのよ」
「便利でしょ、この力。羨ましい?」
「呆れてんの」
周囲を見渡せど、姿は見えない。
声がエコーのように脳内に響いてくる。
「止めようとするくらいだったら、ここから助けなさいよ」
「助けてほしいんだ」
「……やっぱりいい」
「ふふっ、可愛いんだから」
「というか、なんか教団を影の国から浮上させたのが、私のせいみたいになっているんだけど」
「違うの?」
「殺されたいの?」
「冗談だってば。まあ、それも狙いにあるんじゃない?」
西の魔女は深くため息をついた。
「ねえ、フェレネ」
「今度は何よ」
「雪って、綺麗だね」
「……」
「世界は、こんなにも綺麗なもので溢れてるんだよね」
「前から思っていたけど、あなたはこの世界が好きなの? 嫌いなの?」
「ん? もちろん好きよ?」
「好きなのに、終わらせたいの?」
「好きだから、終わらせたいんだよ」
もう一度深く、ため息を。
「……理解できない。聞いた私が馬鹿だったわ」
「でも、一瞬でも理解しようとしてくれて嬉しい。ありがとうね、フェレネ」
「私のこの表情が見えてないの? よく感謝を言える気になるわね」
「それでも、ありがとう」
「……」
「そんなフェレネにいいお知らせがあるわ」
「いいお知らせ?」
「────もうすぐ元の世界に戻って来れるみたい」
「まさか、ここまで来てくれるとは思わなかったなぁ」
開いた扉から差し込む光に対して、眩しそうに目を細めながら、困ったように笑う。
「教団長さんと……その隣はダレンの彼女さん?」
「寝言は寝て言え。……この魔女は俺たちの母親の知り合いらしい」
「お前がハンブラッドの娘か……」
名無しの魔女は複雑そうな表情で彼女を見つめた。
「初めまして。もう自己紹介する必要もないかもだけど、私はルクラット・アデンスフィアです。母親と弟がお世話になったみたいで」
対するルクラットは、朗らかに微笑みながら、頭を下げた。
檻の中の粗末な作りや、体の自由を奪っている鎖。
そうした環境でこれまで過ごしてきたとはとても思えない表情をしている。
「ルクラットか。……確かに、面影はあるな」
「本人確認は済みましたか?」
そこで、ノルヴィスが声をかけてくる。
「ああ、本人で問題ない」
「それでは、契約を締結するとしましょう」
「ねえダレン、契約って何のこと?」
「……後で説明する」
「ん? 処刑前の面会に来てくれただけじゃないの?」
「そんなわけあるか、バカ姉貴」
「もしかして、────私を助けに来てくれたとかじゃないよね?」
表情はそれまでと変わらぬままだったが。
声には静かに圧が乗せられていた。
「……だったら、何だ」
「あ〜、そっか。そうなっちゃったかぁ」
「……」
「だとしたらごめんだけど、私は一緒には行けないよ」
予想通りの回答だった。
だからこそ。
「命を繋ぐためだってか。だとしたら、お前のそれは無駄死にだぞ」
「どういう意味?」
「お前が命を繋いだと思っている3人は他ならぬお前を助けにここに来ているんだからな」
その言葉を耳にした瞬間、ルクラットは少し目を見開いた。
そして、数秒の沈黙の後、観念したかのように息を吐く。
そこで、それまで彼女にも見えない緊張の糸が張っていたのだと気が付いた。
「……そっか。あはは、やっぱりお母様みたいに上手くはできなかったか」
「だから、ここまで来た俺たちを教団に見逃してもらうためにも、お前は助からないといけない」
「その契約の内容が私にはわからないけど、多分、みんなが幸せになれるっていうものではないんだよね?」
名無しの魔女が話に加わる。
「契約の内容は、代わりに私が身柄を拘束され、教団に魔力を提供すること」
「提供した魔力はどうなるの?」
「初代北の魔女を再現するための材料として用います」
「ふうん」
「問題ない、私はその条件を了承済みだ。それでお前は解放される」
「……その契約って、こう言い換えることはできないかな。彼女が身柄を拘束されるのと引き換えに、ここまで来たダレンたちは見逃され、すでに拘束されている『一名』を解放することができるって」
そこで、ルクラットは壁の方に視線を向けた。
「つまり、私の代わりに助かるのは隣の子にする、なんて」
そのとき、チャリと金属が触れ合うような音がその場に響いた。
彼女の鎖ではない。
「ねえどうかな、────ミリヤちゃん」




