15話
「扱う魔術や記憶まで再現することができないのは、残念なところではありますが。まあ、そこまでは求めすぎというものでしょう」
名無しの魔女は、無言でノルヴィスを見返していた。
「私の言っていることが、信じられないといった様子ですね。でしたら、実演してみせましょうか」
彼女は微笑む。
それは、慈悲深さと残酷さが同居した、教団長だけが持つ異様なものだった。
そして、神官服から取り出したのは、一つの小瓶。
中で揺れているのは、橙色をした半透明の液体。
「────ハンブラッド・アデンスフィアをここに再現しましょう」
その場の全員が息を呑む音が聞こえた気がした。
「この小瓶には、ルクラット様から拝借した魔力から抽出した、彼女の純粋な魔力情報を液体化したものが入っています」
できるのか。
本当にそんなことが。
「一親等であれば、短時間での抽出が可能です。これを杖に取り込ませれば──」
母親に、もう一度会うことが。
「もういい」
瞬間。
ノルヴィスの言葉を遮ったのは、名無しの魔女だった。
「……もういい」
「なーちゃん……」
「死者も、今を生ける者たちも愚弄する最低最悪の行為だ。これ以上聞くに堪えない」
「……ひとまず、信じてくださったということでよろしいでしょうか」
「本当に可能か不可能かなんて、どうでもいい。お前たちも惑わされるな。私と引き換えに、ハンブラッドの娘は助かる。この話の中身はそれで十分なはずだ」
そうして、彼女はノルヴィスの方へと一歩踏み出す。
「私はその取引を了承する」
「いいのか」
「これで、お前たちが戦って傷付く必要も無くなるんだろう。それに、お前が名前を失うことも」
「……」
「私のことは気にするな。どうせ死ぬこともできない体だから」
もう一度、正面に向き直り。
「だから、まずは娘の無事をこの目で確認させろ」
その言葉を待ち構えていたかのように、満足気に微笑む。
「ええ、もちろんです。では、無事を確認した後、正式な契約を結ぶとしましょう」
その声色は穏やかなままだが、底が見えない。
この女、やはりまだ腹の中に何か隠している。
妙な胸騒ぎを覚えさせた。
「ですが、確認できるのは、あなた一人だけです。会わせた瞬間、全員に襲いかかられてしまってはたまりませんからね」
「なら、俺も一緒に行かせろ。名無しの魔女はルクラットと面識がない。実際に目で見たとしてもそれが本人かどうか確信が持てないからな。それに、人間の俺であれば、大した脅威にはならないだろう」
名無しの魔女はダレンの方を向く。
何か言いたげなことがある表情だったが、やがて諦めたように下を向いた。
当のノルヴィスはしばらくの間、その反応と、ダレンが背負っている銃に目を向けていたが。
「わかりました。ダレン・アデンスフィアの同行も許可しましょう」
「私たちは3人は? どこかで待っていればいいのかい?」
「使いの者に待合室を案内させます」
そう言って、彼女が指を鳴らすと、姿を見せた魔女が一人。
「彼女たちを丁重にご案内してください」
「はっ!」
────それは、今まさに西の魔女と戦闘しているはずのシュトラープケだった。
「あんた、名前は?」
「……魔術教団第2席、シュトラープケだよ」
三人を先導するシュトラープケの顔は引き攣っていた。
真横を並走してくるお菓子の魔女が、舐め回すように色々な角度から顔を見てくるからだ。
「ふぅん、結構良い顔してるじゃない」
「もしかして、カッシーそっちの方もイケるの……?」
「あまりにもモテなさすぎたせいかねえ」
「し、失礼ね! 別にイケないわよ! ただ、中性的な顔立ちだったから、男の子だったらな~ってちょっと思っただけ!」
「ツいてないねえ」
「確かにツいてないわね」
「……ねえ、イケるだの、ツイてないだの、君たち一体何の話をしているわけ?」
「あ、あはは……いや、こっちの話だから気にしないで……」
「でも、確かに気になる顔さね」
「バラシーも!?」
「ほら! 何だかんだ言って、あんたも気になるんじゃない! 美少年は最高だものね!」
だが、茨の魔女の視線は、お菓子の魔女のそれとは異なっていた。
それに気が付いたシュトラープケの眉がぴくと動く。
「ぜひ、その眼帯の下に隠されている目を一度、拝んでみたいものだねえ」
「……」
「そう言えば、ナンバー1と2がここに揃っちゃってるけど、入口の西の魔女の方は大丈夫なの?」
「あぁ、それは問題ないよ。彼女は律儀に宣戦布告の内容を守っているようだったから。3年が経過するまでは自分から誰かを殺すことは無いんだってさ。それより着いたよ」
そう言って扉を開けると。
「どうやら、お茶をして待つっていうわけにはいかなさそうね」
広い講堂。
そこには二人の魔女がいた。
──それぞれの武器をこちらに向けて。
そして、ガチャリと、シュトラープケによって背後の扉が閉められる。
「さて、アデンスフィアの残党さん。残念なことに教団長から事前に指令がありました。君たちをここで痛めつけて、本来取引で使われるはずだった教典の原本を取り返せってさ!」
「教典の原本……? 一体、何の話かな?」
「ルクラット様の身柄の解放との取引に使うため、盗んだんでしょ?」
三人は顔を見合わせる。
だが、誰も思い当たるところはない。
「……魔導書だって、君たちが盗んだんじゃないの?」
「魔導書も……!?」
「全く知らないわね」
「とぼけたって無駄だよ。君たち以外考えられないんだから」
「ちょっと待って。私たちが影の国に入って、教典も魔導書も盗めたって本当にそう思っているのかな?」
「西の魔女だって協力しているし、十分に可能じゃん」
「なら、そんな回りくどいことしなくても、直接ルクラット様を取り返せばいいでしょ」
「取り返した後の復権を狙っているのかもしれない! 学院長まで殺害して!」
マーガレットは、腕を組んだ。
「……どうやら、影の国は大変な事態に陥っているみたいだね」
「一番の問題は、私たちが犯人じゃないという証明がここでできないことさね」
「どうするの?」
「話が通じないなら、力づくで突破するしかないかな」
そのとき。
シュトラープケが宙に浮かび上がりながら、眼帯を指で摘む。
「眼帯の下、見たかったんでしょ? ──いいよ。許可が出たから見せてあげる」
そう言って捲り上げた先には、赤黒く発光する瞳が。
青白く縁取られた紡錘形が咲き広がったような独特な形状。
「へえ、やっぱり『魔眼』か。ずいぶんと良いものを持っているじゃないか」
「バラシー上! 危ない!」
茨の魔女は自分の周囲が影に覆われていることに気が付く。
上に目をやると、自分の身長の3倍はあろうかという石像が足を振り下ろそうとしているところだった。
瞬間。
俊敏な動きでお菓子の魔女がその手を引いて、距離を取った。
後には、石像の足が床に沈んだ振動が、その衝撃を物語る。
「すまないね」
「謝るのは後! ……それにしても、魔眼持ちとは厄介ね」
「後は、石を素材とした召喚魔術使いに、獣化による肉体強化の魔術使いのようだね」
石像の肩に乗って、こちらに弓を構えている魔女。
そして、もう一人は、その身を巨大な白狼に変化させている。
「あはは! 降参かな!? そうだとしたら、早く教典を返してくれると助かるんだけど!」
「知らないって言ってんでしょ! しつこいわよ、このクソガキ!」
お菓子の魔女が弧状に展開した複数の球体を発射する。
しかし、いずれもシュトラープケに当たることはない。
球体は天井に接触すると、大きく膨らみ上がり、次々と破裂する。
「ムリムリ! そんな適当に撃ったところで当たるわけ無いじゃん!」
崩れ落ちる天井で、周囲に塵が舞い、悪くなる視界。
「今のうちに逃げるわよ!」
彼女が狙っていたのは、始めから天井だったのだ。
そのうちに3人はもう一つの扉へと走る。
彼女たちにとっての目的はここでシュトラープケに勝利することではないからだ。
お菓子の魔女が扉に手を掛け、開く。
だが。
その先に広がっていたのは。
「どういうこと……!?」
「無駄な努力お疲れ様でした♪」
────今まさに、自分たちがいるはずの部屋が広がっていた。




