14話
────魔術教団本部 正面玄関
「お出迎えご苦労さま」
あっけらかんとしている西の魔女。
目の前には大勢の教団員が弧状に取り囲んでいるのにもかかわらず。
その中央から、こちらの方へと歩みを進めてきた者が一人。
特徴的なのは左目を覆ったその眼帯。
「へえ、君が西の魔女か。初めて見るんだよね、僕」
「あなたが教団長?」
「いいや、僕は魔術教団第2席、シュトラープケ」
「……ふうん? 私を前に姿すら見せないとは、随分と臆病者なのね。そんな者に組織の長が務まるのかしら?」
それに対し、シュトラープケは吹き出す。
怒りのあまり、笑ってしまったというようには見えない。
予想外の反応に、西の魔女は眉を顰めた。
「その反応、やっぱり教団長はすごいなあ!」
「……」
「いやね、教団長が言っていたんだよ。西の魔女がここにいるのはおそらく陽動だろうってさ。────アデンスフィアの残党がここに囚われたルクラット様を救い出すための」
「随分と察しが良いのね」
「そうだよ! 僕らの教団長はすごいんだ! ……っていうのは一旦置いておいて。だから、教団長はそっちに向かっているっていうわけ。ここでの僕の役割は、君からあることを聞き出すこと」
「あること?」
シュトラープケは、すらと鞘から細長い剣を引き抜いた。
宝石が散りばめられたその刀身は、物体を切り裂く目的とはそぐわない見た目。
何か別の用途があるのだということは、聞くまでもなく理解した。
そして、こちらに突きつけ。
「どうして、あいつらに協力しているのかっていうこと」
「単なる気まぐれ、暇つぶしよ。3年が経過するまで、私自ら誰かを殺すことはできないから」
世界に対する宣戦布告。
それを律儀に彼女は守っているというのか。
「にしては、やることが少し大掛かりすぎるんじゃないかな? 教団本部だけ、地上に浮上させてさ」
「別に、私がしたっていう証拠はないでしょうに」
「君以外の誰にできるっていうの」
「じゃあ、こうするのはどう?」
瞬間。
目の前から西の魔女の姿は消え。
気付いたときには、隣で、肩に手を置かれていた。
魔法を使ったのだと気が付いたときには。
耳元で。
「────私を満足させられたら教えてあげる」
背後で鳴り響く轟音。
そして、地響き。
西の魔女は上手く陽動に成功したようだ。
ならば、こちらも手っ取り早く済ませなければ。
彼女は、地下室に囚われていると言っていた。
内部の構造はある程度把握しているという茨の魔女を先頭に、走っていくダレンたち。
過去にハンブラッドとの同伴で来たことがあるというが、その頃の記憶から変化はないらしい。
だが、角を曲がったところで、茨の魔女の足が止まった。
「おい、どうした!?」
黙り込んだままの彼女。
その視線を辿ると。
「ようこそ、お越しくださいました」
女がいた。
肌は白磁のように淡く、髪は深い黒に近い紺色。
白を基調とした神官服に身を包み、裾には紋章が施されている。
そして、胸元には十字架。
「私はノルヴィス。魔術教団第1席にして、教団長を務めています」
灰銀色の瞳を細め、丁寧に挨拶をしてくる。
静謐な雰囲気だが、同時に威圧感も纏っているその姿は、その場の空気がより一層冷やされていくような印象を与えてくる。
当時には見たことのない顔だ。
「ルクラット様を救出しに来たのでしょう?」
花のような形状をした金色の杖を手に持っていた。
「────西の魔女を陽動にして」
「……っ!」
こちらの狙いがバレている。
だが、それにしては、どうして。
「どうして私一人なのか、不思議に思われているようですね?」
「……心が読めるのか」
「読むまでもなく、そう顔に書いてありましたよ。安心してください。私はただ、ここへ話をしにきただけです」
くすりと笑いながら、その場の全員に目をやる。
そして、一人に止まった。
「あなたは────」
その先には名無しの魔女。
「……なるほど、そういうことですか」
「なーちゃんのことを知っているの……!?」
得心がいった表情をしている彼女に色彩の魔女が尋ねる。
「いえ、存じ上げてはいません。ですが、その魔力の匂いからするに、あなたは随分と長く存在している魔女のようですね。すでに死ねない体に、つまりは『大魔女』になっているのでしょう?」
そこで、茨の魔女、お菓子の魔女、色彩の魔女の表情が引き締まる。
何かに気が付いたようだった。
「ようやく見えてきましたよ。私がここに連れてこられた理由が。そして、この先何をさせたいのかが」
より一層その笑みに深みを与え。
その次の言葉は、ひどく衝撃的なものだった。
「いいでしょう。ルクラット様の解放を許可します。そして、そのうえで、あなたたち全員のことを見逃します」
「なっ!?」
確かにそれは願ってもないことだ。
だが、何の無条件もなしに、許すとは思えない。
そして案の定、それは突きつけられることになる。
「ただし、それは彼女の身柄と引き換えにです」
そう言って指を向けたのは、名無しの魔女だった。
「……何を企んでいる」
「あなたほどの存在がいれば、私たちの悲願が達成できるのですよ」
教団の悲願。
確かそれは。
「初代北の魔女の再現さね」
北の魔女の方針である『魔女らしく振る舞う』こと。
地位に就く者がどれだけ先代と対立し、争い、憎もうとも、連綿と続いてきたこの方針。
そもそもこれは、初代北の魔女の行動を基準として定められたものだ。
ゆえに、彼女による統治が可能になるのであれば、それは誰よりも方針に沿った行動になるのも道理。
誰にとっても理想の統治と言えるだろう。
だが。
「初代北の魔女は、その素性が判明していないと聞く。……それなのに、再現などできるものなのか」
ダレンの問いに、彼女はゆっくりと首を傾けた。
その仕草は優雅で、しかし目の奥には芯を感じさせる。
自信や確信。
そういった類のものだ。
「ええ、できますよ。途方もない時間はかかりますがね」
ノルヴィスは、金色の杖を軽く床に触れさせた。
澄んだ音が響き、空気が震える。
「初代北の魔女は、歴史から消えた存在です。その存在に辿り着く手がかりは、教典と魔導書のみ。と、思われがちですが──」
杖を持つ手にもう片方の手を重ね。
「手がかりは今もなお、私たちの中にも残っているんですよ。それは、魔力というかたちで。そこで、そこから抽出した純粋な彼女の魔力情報をもとに、再現をするのです」
灰銀の瞳が、まっすぐ名無しの魔女を射抜く。
「そして、長く生きた魔女ほど、その痕跡は色濃く残っている。彼女がいれば、抽出を効率的に行え、当初かかるはずだった時間を大幅に短縮できるはずです」
「抽出して、どう再現するというんだ」
「その様子だと、ご存じないようですね。この杖の機能、そして、教団の序列の意味も」
「……?」
見下ろした先には、杖があった。
「この杖には魔力情報を一定量取り込むと、その情報に刻まれている者の思考や感情、価値観などの人格にかかわる情報に変換できる力があります。もっとも、変換できるのは、すでにこの世を去っている者に限られますが。その情報を生者の肉体に取り込んで再現するのです。そして、教団の序列がどのような意味を持つか。それは──」
ノルヴィスは、胸元の十字架にそっと触れた。
その仕草は祈りにも似ているが、どこか儀式的で、冷たい。
「──器としての適性を示す順位です」
「……器」
「ええ。魔力の質、魂の強度。精神の耐久性。それらを総合的に判断し、彼女がこの国を統治をするにあたって、最も適した順に並べられているのです」
ダレンの背筋に冷たいものが走る。
「そういうことか……!」
「そう。第1席である私は、初代北の魔女を再現し、この国を統治をするために用意された最適な器というわけです」




