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エミネスベルンの約束  作者: 深山 観月
第一部 東の魔女編 1章 夜の始まり 
9/55

8話

見た目に違わず、シチューは確かに美味しかった。

だが、それをあの状況で素直に喜ぶことができるほど、鈍感ではなかった。


昼食の後、サヤは言葉通り、あかりを車で学校まで送ってくれていた。

沈黙の車内の中、通り過ぎていく景色をぼんやりと眺めながら、食堂で彼女に言われた言葉を思い返す。



────


「当然ですが、きょうかが東の魔女を殺害なんてことをするはずがありません。それは、彼女とこれまで過ごしてきて、どういった人物なのかを知っているということもあります。ですが、仮にどれほど油断していたとしても、東の魔女がきょうかに殺されることなどあるわけがないのです。つまりは、この事件には真犯人がいるということになります」


全員があかりを真剣な眼差しで見つめる。


「な、なんですか……?」

「あかりさん。あなたには力を貸してほしいのです。真犯人を見つけ、きょうかの無罪を証明する。あなたの力であれば、それが可能だと思っています」

「さっきから言っているように、私の力は触れたものを脆くする力ですって。真犯人を見つけ、無罪を証明する? そんなことできるわけがないですよ」

「違う。違うのです。あかりさん。まつりが言ったように、あなたの力はその程度のものではないんです」

「だから、じゃあ。何だっていうんですか、この力は」

「その力は────『時を操る力』です」

「へ?」

「物を脆くした。確かに結果だけ見れば、それは正しいです。ですが、その本質はあなたが触れたものの時を操ったのです。常に加速させていたのか、戻していたのかまではわかりかねますが。加速させたのであれば、風化させたのでしょう。戻したのであれば、そのものができる前の状態に戻したのでしょう」

「ちょ、ちょっと待って。根拠がないよ。私が時を操ったっていう根拠が」

「根拠は、その力を使ったときに発せられる魔力を私が、いえ、私たちの誰もがよく知っているからです」

「……どういう意味ですか」

「あかりさん、あなたが力を使っていたときに発せられる魔力は、彼女に酷似しているんですよ」

「彼女?」


「──殺害された東の魔女。『時を操る力』、それを持っていた彼女に」


開いた口が塞がらないとは、まさにこのことを言うのだろう。


「東の魔女の殺害現場へ行って周囲の時間を巻き戻し、真犯人の証拠を見つけることができれば、きょうかの無罪を証明することができます」

「話を勝手に進めないで!」

「……そうですね、一気に話しすぎました。すみません、私も少々興奮していたようです」

「話がうまく飲み込めないし。どこまでが真実で嘘なのかわかんないし」

「聞きたいことがあれば、何でもおっしゃってください。話していく内に整理できるかもしれません」

「聞きたいことなんて山ほどあるけど。とりあえず、あなたたちは仲間を助けるため、私の力が必要ってことでいいんだよね?」

「ええ、そのとおりです」

「そのために、私に力を使いこなせるようになってほしいと」

「はい」

「力を使いこなせるようになるには、どういったことをするの?」

「……わかりません。明確にこれをすれば、使いこなせるという確証はありません。完全に手探りの状態です」

「え?」

「ですが、東の魔女の所有物や行動、力を使っていた時の状況にヒントがあると考えています。それを地道に1つずつ再現していくのです。あかりさんには非常にご迷惑をおかけすることになりますが、これしか道はないと、そう思っています」

「それに乗る私のメリットは、力を使いこなせるようになるかもしれないという可能性、その一点か」

「身勝手なお願いであることは百も承知です。ですが、私たちは仲間を助けたい。助けて、東の魔女を殺害した真犯人を見つけたい。その一心なのです」


────



あれだけされちゃったらね、とあかりは施設を出る直前のことを振り返る。

全員が土下座で協力を懇願してきたのだ。頼られることは昔から嫌いではなかったが。

あれほどの人数に土下座をされるのはさすがに畏れ多い。たとえ、全てが嘘で、演技であったとしても。


「……それで、そのきょうかっていう子は、どうして殺害の容疑をかけられているの?」

「東の魔女の死因、それがきょうかが手に持っていた刃物による刺殺だったからです。発見当時、二人は折り重なるようにして倒れていて、刃物が東の魔女の体に刺さっていました」

「物的証拠が揃っていた……。現場を見れば誰もがその子が殺したように見える状況。殺したにしても、その場に倒れたままっていうのがよくわからないけど」

「きょうかは気絶していたんです。そして、記憶が抜け落ちていました。彼女はその日、東の魔女とは会っていないと主張してます」

「最後に見たのは?」

「殺害された日の昼食はみんなで食べていました。ですが、それ以降は見ていません。私以外のみんなも同じようです。夕食の時間になっても食堂に来なくて、部屋に行ってもいない。携帯に連絡もない。そこで異常に気が付きました」

「誰かに操られた……?」

「としか、思えません」

「それで、その子は今どこにいるの? 殺害の容疑っていうくらいだから、留置場?」

「東の魔女連合協会の地下で身柄を拘束されています」

「警察とは、違うんだ」

「ええ。無罪が証明されるまで、その身が釈放されることはないでしょう。……こうしている間も、彼女はきっと、自分が殺したと自責の念に駆られているに違いありません。いち早く、あなたのせいではないと教えてあげなければ」

「……」

「私たちは無罪の証拠、そして、真犯人を見つけ次第、裁判を開く予定です」

「裁判……」

「魔女たちによる裁判。私たちの間では、魔女裁判と、そう呼んでいます」

「魔女裁判って歴史の教科書に載っている、あの? でもあれ、なんか意味が違ったような」

「そうです。魔女裁判とは魔女として疑われた人々を処刑するため、かつて行われていた裁判のことを本来は指します」

「……もしも。もしも、私がその、時間を操る力を使いこなせずにその子の無罪を証明することができなかったら、サヤさんたちは、どうするつもりなの?」

「何としてでも、見つけます。見つけられます。だって、きょうかがそんなことをするはずがないのですから」


確信というよりも、執念。そんな風に思わせるほどの鬼気迫る表情をし、ハンドルを握りしめている彼女の横顔を横目で見る。

会話はそれっきり途切れ、次に言葉を交わしたのは、私が通う高校の前に着いたときだった。


「着きましたよ、あかりさん」

「あの、サヤさん」

「どうしました?」

「正直、私はまだあなたたちのことを信じられてない。というか、自分のことだって。最近、いろんなことが起きすぎて、頭の中がごちゃごちゃしてる。理解が追いついていないまま、今度は魔女だとかなんとか」

「……」

「でも、もしあなたたちが本当に困っていて、私の力がそれの役に立つのであれば、私はそれに協力したいと思う」

「……ありがとう、ございます。あかりさん……」

「でも、私の私の生活があるし、まだ学生っていう身分だから、私の時間の許す限りで、だけど……」

「ええ、それで構いません。本当に、ありがとうございます……」


サヤは深々と頭を下げる。

これが演技だとは思えなかった。

それに、ただの私一人の宗教勧誘のために、大人数でここまでするとは考えにくかった。

これが嘘だったら、もう笑うしかない。


「これは、私からのほんの気持ちですが」


そう言って、封筒を手渡される。

まさかとは思い、中身を見ると、一万円がパッと見でも10枚ほど入っていた。


「い、いやいや! こんなにもらえませんって!」

「これからかけるご迷惑に比べたら、少ないです。とりあえずは本日の分として、お受け取りください」

「こここ、こんなに大金。い、良いんですか? うへ、うへへ……!」


思わず顔がにやけてしまう。


「あかりさん」

「ひゃ! ひゃい!」

「明日は日曜日です。学校はお休みですよね」

「ひゃい! そうれす!」

「ご都合はいかがでしょうか」

「予定はありません! モーマンタイです!」

「では、明日の10時頃ににこの場所でお会いしましょう」

「はい! 不束者ですがよろしくお願いします!」


車を出て、今度はこっちが深々と頭を下げる。


「では、あかりさん。どうぞ、お気を付けて」

「お気遣い、痛み入ります!」


自分でも、現金なやつだなと思う。

私、こんな人間だったっけ。

学校を振り返り、兵隊のような足取りで校門に向かう。

教室に荷物を取りに行かなければ。


そこで、記憶が蘇る。


まざまざとあのときの情景が。


屋上。そうだ、屋上だ。


パラパラ漫画のように。あるいは、走馬灯のように、場面が頭を駆け巡る。


話していたななみ。フェンスを登るななみ。フェンス越しにこちらと会話をするななみ。


────別れを告げ、笑顔でこちらを見つめながら、落ちていくななみ。


「……かり、さん……。あかりさん!」


そこで、ハッとする。

自分は一体何を。

気を、失っていたのか。


顔を上げると、車を降りて心配そうな顔でこちらの肩を揺さぶるサヤの姿があった。


「サヤ、さん……」

「大丈夫ですか……? いきなり膝から崩れ落ちて、息苦しそうにしていましたが……」

「サヤさん。私のことを屋上で保護してくれたと言っていたよね?」

「ええ」

「……それって、私が力を使ってから、どれくらい?」

「30分もしていなかったと思いますが……」

「……学校は騒ぎになっていなかった?」

「特に、そんな雰囲気は感じられませんでしたが」

「そんなわけない!」

「あかりさん……?」

「騒ぎになっていないはずがない! 飛び降り自殺したんだよ!? 私の友達が! 屋上で! 私の目の前で! 下に学生もいたはず! それに音もした! あの音が!」

「お、落ち着いてください。あかりさん」


過呼吸気味になり、呼吸が荒くなる。

頭を抱え、震えが止まらないあかりの背中をサヤがさする。


「何が、一体何が起きているの……?」


「……荷物は、私が取りに行ってきましょうか? あかりさんは車で休まれていた方が」


もしかして、あれは夢だったのか……?

なら、確かめなければ。


「いえ、大丈夫。少し混乱していただけ。ありがとう。また明日、この場所で」


ふらふらとよろけながら歩き始める背中を、サヤは心配そうな顔で見送った。




土曜日だというのに、部活動に精を出している校庭の生徒たちを尻目に下駄箱へと向かう。

ななみが飛び降りたと思われる場所には何の囲いもされていなかった。

一生徒が自殺をしたのだ。

なのに、何事もなかったかのように日常は続いている。

あの瞬間が、まるで、切り取られてしまったかのように。

世界にとって、残しておくのが都合の悪いことだったかのように。


「ここだったはず……」


毎日使っているところだ。

たとえ頭が忘れていても、体が覚えている。

それなのに、あるべきはずのところには、あかりの上履きがなかった。

舌打ちをしながら、来客用のスリッパを引ったくって教室に向かう。


結局、教室にあかりの荷物は置かれていなかった。

二日間も帰っていないのだ。

行方不明として、荷物は全て家に持ち帰られた? 

それなら、まだわかる。だが、それにしても行方不明から数日で上履きまではさすがにやりすぎなような気がした。


違和感が拭えないまま、あかりは帰路に就く。

そこで、見慣れた姿を目にする。

会話をしながら楽しそうに、前から歩いている二人の姿。

さつきとなおの姿だった。

その瞬間、あかりの目からは自然と涙が溢れ出す。

何もかもが崩れていく日常で、変わらない友人。心の拠り所を見つけられて、気が緩んだのだろう。


言いたいことが、たくさんあった。何から話そう。何から伝えれば、上手に話が伝わるだろうか。

そんなことを考える前に口はもう名前を呼んでいた。


「さつき! なお!」


驚いたように歩きを止める二人。

二日間もいなかったのだ、その噂は他のクラスの彼女たちにも伝わっていることだろう。


「心配かけてごめん!!」


駆け寄ったあかりは、まずは謝罪の言葉を口にした。


「私はこのとおり、全然無事だから安心して! だから、私がいなくなった後の学校の状況を教えてくれない? 例えばその、ななみは今どうしてるか、とか! まあ、こっちも色々ありはしたんだけど、それは追々。って、そうだ。とりあえず、立ち話もなんだし、駅前のカフェでも行かない? パフェ奢ってあげるよ! 臨時収入が入ったからさ!」


一方的に喋り続けるあかりを見て、顔を見合わせる二人。

その後、口を開いたさつきから返ってきたのは、思いもよらない言葉だった。


「あのー。申し訳ないんだけど、一体どちら様?」

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