11話
「聞いたところだと、ここら辺っていう話だけど……」
あかりが訪れていたのは、学院内の図書室。
教団への潜入作戦は今まさにバームガルトが骨子を考えてくれているところだ。
その間、あかりは自分なりに情報を仕入れようと考えた。
そのため、記載されている言語を理解できる魔術をかけてもらった。
学院内には、書庫も存在するが、あちらは研究用。
学生向けのこちらの方が自分にも内容が理解しやすいはずだ。
調べようとしているのは、初代北の魔女について。
教団の行動原理となっている教典。
そして、この国を支えている魔導書。
それを作り上げた彼女は何者なのか。
知ることができれば、この国の事情も少しはわかるかもしれない。
……もっとも、そのどちらも突然に消失してしまったというが。
大まかな場所は聞いていたため、この一画を訪れた。
しかし、古い本が多いからか、背表紙にはタイトルが記載されておらず、いまいち判断がつかない。
どれから手に取ろうかと考えあぐねていると。
「何かお探しですか?」
背後から声を掛けられ、振り返ると。
ペストマスクを被った魔女がいた。
その異様さにぎょっとしたが、以前にも見たことがあるなと記憶を探る。
「あ! もしかして、ユースティア先生ですか?」
レイギベルトによる学院の案内中、見学させてもらった授業が彼女の担当だった。
「ピンポン! 正解です! こんなところに来るなんて、珍しいですね?」
「初代北の魔女について知りたくて……」
「ほう。それはまたどうしてですか?」
「今、この国で起こっている様々なこと。それを理解するための一助になるかと思っているんです」
「おお! あかり様は勉強熱心ですね。でしたら、せっかくですし、私が教えて差し上げましょうか? 僭越ながら、授業というかたちで!」
「それは悪いです! お忙しいと思いますし!」
図書室で調べようと考えたのは、そういった周囲の手間を考慮してのこと。
こちらとしてはもちろん助かるところではあるが、申し訳なさが上回ってしまう。
「その、色々と……」
言葉を濁したのは、彼女がレイギベルトが殺害されたという情報を知らされているのかわからなかったからだ。
「いえいえ! 授業もなくなり、私の今の役割は生徒のお世話程度なんです。つい先程、寮の見回りを終えたところなんですが、授業ができないとなんだかそわそわして落ち着かず……。気が付けば、ここに来ていました」
あははと笑いながら、頭をかく。
「教師になる前は、昼夜問わずにずっと読み漁っていましたから。本のある場所は私の故郷! みたいな感じで。……私、何を言っているんでしょうかね」
「現在も、研究員なんですよね?」
「今はもうお手伝い程度ですけどね。そういうわけで、むしろ授業をさせていただけると、私の精神安定的にも助かります!」
「まあ、そういうことなら……」
「まずは、原初の魔女についておさらいです」
図書室では静かに過ごすのがマナー。
そのため、ユースティアに連れてこられたのは、教室だった。
教壇に立つ彼女。
最前列の席に座るあかり。
だが、その場にいるのは二人だけ。
これでは、授業というよりかは、補習だ。
それに、少しの抵抗感、懐かしさを覚え。
「魔女に流れている魔力。それには、4つの起源があります。それは、この世界で始めに生まれた4人の魔女です。この4人を指して、私たちは『原初の魔女』と呼んでいます」
原初の魔女。
その存在とは自分も会ったことがある。
原初の東の魔女、ひなた。
そして、原初の西の魔女、フェレネ。
どちらの魔女も、魔法使いだった。
「私たちに流れている魔力は、この4人それぞれから分かたれたものです。例えば、私に流れているのは、原初の北の魔女の魔力を起源としています。だいぶ薄まってはいますけれどね」
「薄まるものなんですか?」
「では、魔女が誕生するメカニズムを説明しますね。魔力にも、血液と同じように体中を循環するための管のようなものが存在するんです。これは、女性にしかない器官でして。ですが、それは魔女にならない限りは閉じています。それが魔力を分け与えられると、その管を押し広げながら、体中を巡ります」
自分の身体にもその器官があるのか。
「そこで初めて、体は魔力が流れる感覚を知り、自ら魔力を生み出し始めるんです。それは与えられた魔力の情報をもとに生み出されたその者だけの魔力。そうして魔女になった者がさらに別の魔女を生み出す。すると、原初の魔女の魔力はどんどん薄まっていくと。基本的にはこういった流れになります」
『基本的には』か。
「例外が、存在するんですか?」
「それはあかり様とミリヤさんです。あかり様は、原初の東の魔女そのものの魔力をお持ちです。ミリヤさんは、この4人の起源とは類似していません」
「むう……」
なんか、魔女について知れば知るほど、自分の異常性が気になるところではあるが。
まあ、今それは置いておこう。
「話を戻しますね。原初の魔女のうち、存命なのは西の魔女のみになってしまいましたが。東の魔女もここ最近まで、原初の魔女であったのは私から説明するまでもありませんよね」
あかりは頷いた。
「対して、原初の北と、南の魔女については遠く昔にこの世を去っています。ですが、原初の北の魔女が作ったものは今もこの国の基盤となっているんですけれど。それが何かはお分かりですか?」
「教典と魔導書ですよね」
「ええ。彼女が我々に遺したのは、その二つのみです」
「……? どういう意味ですか? まるで、それ以外の情報は一切残っていないとでもいうような……」
瞬間。
「お見込みのとおりです! あかり様!!」
びしとこちらを指さしてくる。
「うわあ! びっくりした!」
「あ、すみません。ついいつものクセで……」
「あはは……。それより、情報が残っていないというのは……」
「原初の北の魔女はその素性が判明していないんです。名前も、魔法も、その姿も」
「そ、そんなことあり得るんですか……?」
「あるいは、西の魔女なら知っているのかもしれませんが……」
「でも、そしたら教典も魔導書も、どうしてそれが本人が作ったってわかったんですか?」
「複数の文献にそう記載があったからです」
なんか釈然としない気もするが。
でも案外、歴史上の人物なんてそんなものなのかもしれないと思い直す。
「そういえば、この国の原型はその原初の北の魔女が作ったものではないんですか? 歴代の北の魔女が代々使ってきたとか聞いた気がするんですけど」
「いえ、それは彼女より後の北の魔女ですね。彼女とは関係ありません」
「あ、そうなんですか」
「謎に包まれた初代北の魔女! 想像するだけで、わくわくしてきますよね。学院でも彼女を専門に研究している者もいるんです」
「確か、魔導書に書かれている術式は美しさすら覚えるほどだと聞きました。きっと、魔術の天才なんでしょうね」
「絶対そうですよ!」
そう言って、彼女はこちらへと歩みを進めてくる。
そして、ずいと顔を顔を近付けてきて。
「ひぃっ!」
ペストマスクで表情が見えない分、不気味さが勝る。
「身長が高くて、メガネを掛けていて、ニヒルな笑みを浮かべながら、額に手を当てて、『やれやれ』が口癖の魔女に違いありません!」
願望が漏れ出ている。
……いや、もはや洪水か。
「……彼女の扱っていた魔術がわかれば、この国の発展に大きく貢献しそうですね。それに、西の魔女を倒す手段に繋がる可能性も……」
あかりは苦笑いを浮かべながら、そう答えた。
「ふふふ、間違いありませんよ! じゅるり!」
「(じゅるり!?)」
「彼女はすでに死亡しているという文献がほとんどです。現在の国全体としての見解もそう見なしていますし、私もまず間違いないだろうと思います。しかし、そうではないことを示す文献もあることにはあるんです!」
「そ、そうなんですね……?」
「『彼女は実は生きている説』や『教典と魔導書は未来から来た説』等々! うはー! 夢がありますよね! もしそうだったらと妄想すると、興奮しちゃいますね! こうなってしまっては、居ても立っても居られません! 走り込みをして発散してきます! では!!」
そう言うと、突然スキップをしながら廊下へと飛び出す彼女。
そのまま華麗な直角ターンを決めると、中庭へと駆け出していく。
教室に一人取り残されたあかり。
引き留めようと伸ばした手は、そのまま宙に浮いたまま。
「えっと、授業は……?」




