10話
魔術。
それは、二つに大別することができる。
一つは、すでに体系化されており、努力次第で身につけられるようなもの。
代表的なものは基礎魔術だ。
火や水、風や土などの元素系。
肉体の強化や治癒などの身体系。
催眠や暗示、恐怖などの精神系。
呪詛や呪縛、呪印などの呪術系。
契約や召喚などの儀式系。
そういったものが挙げられる。
二つは、既存の枠に当てはまらない例外的な固有のもの。
例えば、基礎魔術などが、自身の魔力の質によって変化したようなものがこれに当たる。
魔術の継承。
それは、二親等以内の自然血族間でのみ行うことができる。
このことを指して、魔女の世界では『継承の二親等制限』という。
そして、継承が可能なのは、二つ目の魔術のみである。
継承の目的は何か。
その大部分は『魔法』への到達だ。
自らの限界を悟った、寿命のある魔女は子を成して、次の世代にその使命を託すのだ。
こうした経緯から、継承を前提に考えている者は、複数人の子を成すのが基本となる。
それは、断絶のリスクを減らすためにほかならない。
そうして、脈々と受け継がれていく魔術は次第に洗練されていき。
やがて、『魔法』の域へと至る者も現れる。
そこでふと、こうした疑問が現れるだろう。
────魔法使いは、子に魔法を継承できるのか。
残念ながら、それは不可能だ。
しかし、魔法使いの子は、継承されずとも、生まれたときから魔術を行使することができる。
そういったスタート地点の違いや、魔法に至った遺伝子を受け継いでいるという要因から、その子も魔法へと至りやすくはなる。
血族の魔法使いを増やすことで、支配の基盤を固めることができる。
そう考えたのだろう。
レイシャルク・オーガルフェルデンは。
だが。
「……さようなら、お母様」
彼女は違った。
彼女は。
リューベルク様は。
母親から、影の魔法を『簒奪』した。
そのような事例は、歴史上でも見たことがなかった。
そして、彼女は明らかにしたのだ。
魔法使いが子を成すリスクを。
継承の条件を満たしている者は、相手よりも魔力量が多ければ、その意思にかかわらず、魔法を奪えるということを。
そう。
彼女は影の魔法を継承したわけではない。
あらかじめ、リスクとなる二人の姉を殺害したうえで。
度重なる戦闘で魔力をすり減らした母親から、影の魔法を奪い、魔力が回復する前に殺害した。
死の概念が付与されるほど、レイシャルクは消耗していたのだ。
元々その手筈と聞いてはいた。
だが、どうしても信じ難かった。
それは、実際にその場面を目の当たりにしても。
彼女はどうやってその方法を知ったのか。
戦いの後に尋ねた。
「──どうしてかしら。でも、知っていたの。そして、確信があった」
「確信、ですか?」
彼女は頷いた。
「この方法しかないって。この方法で、殺すしかないって」
すでに動かなくなった体を見下ろしながら。
無機質な声で。
その視線は役目を終えた達成感に満ちあふれたものではなく。
興味を無くした玩具に対するそれに似ていた。
「────世界の敵であるこの者たちを」
世界の敵。
確かにそうだ。
自分の中にもその確信がある。
いや、自分『たち』の中にも、だ。
だからこそ、我々は団結し、こうしてクーデターを成し遂げることができたのだ。
だが、彼女は魔法を奪う方法までも知っていたという。
その方法はあまりにも具体的なものであった。
果たして、それは正しかったが。
「でも、これで終わりじゃないわ」
「教典に記されている歪みをもたらす魔女ですか」
「ええ。そのために、私たちは手を取り合わないといけない」
東と南。
その2つと団結し、立ち向かう必要がある。
それを妨げるレイシャルクらは、世界の敵。
『────あの子をよろしくね、ハル』
まただ。
また、あの言葉が。
呪いのようにこの身体に刻み込まれたその言葉が、熱を帯びて浮かび上がる。
『きっと、あの子は選ばれたんだわ。それは、私としても誇らしいことだけど。でも、まだまだ未熟。見たくないものから目を逸らしている限りは、みんなを正しい方向へと導けない』
ああ。
『まだ子どもだもの。本来であれば、まだそれでもよかったはずなのに。……つくづく、この世界は残酷ね』
熱い。
『あの子は優秀だから、見るべき方向も、進むべき道も本当は理解しているはず。ただ、行動に移すだけの覚悟がないだけで。だから、それを自分の力だけで持つまでの間。あの子にも私と同じように、側で支えてくれる誰かがいれば。運命を共に歩んでくれる誰かがいてくれれば。それだけが気がかりだったけど』
憎しみが。
煮えたぎるのを感じる。
『幼馴染で、信頼のおけるあなたにがいれば、安心して任せられるわ。私と一緒にこれまで歩んでくれた、あなたがいれば。……本当は、あの子と同い年の子が一番なのだけれど。ふふっ、それは望みすぎというものよね』
私は────。
『────今までありがとうね、ハル』
────────
「……言われるまでもなく、私はリューベルク様を支えるつもりだ」
そう呟いて、彼女はリューベルクの部屋の扉に背を向けた。
偶然、同い年だっただけだ。
偶然、学院の同じ寮だっただけだ。
偶然、隣の部屋だっただけだ。
それだけのことだ。
それだけのことだったはずだ。
それなのに、北の魔女になってから、ノクスヴェーレに所属した自分を、補佐官に任命して。
あの日々は思い出か。
違う。
世界の敵とつるんでいたことなど。
思い返せば反吐が出る。
恥辱に塗れた忌々しい過去だ。
良かったことは一つだけ。
今こうして、リューベルク様に仕えていること。
その一点のみだ。
やつの存在価値など、その程度でしか。
「……ハルバドル様」
すれ違ったメイド長が声をかけてきた。
彼女も長くこの城に勤めている者だ。
「どうした」
「少し、お休みになられてはいかがでしょうか」
「問題ない。私はまだ動ける」
「体はそうであっても、心は果たしてそうでしょうか」
「……どういう意味だ。私はまだ前へ進める」
「────でしたら、なぜそんなにも涙を流されているのでしょうか」
「お母様? 大事なお話って一体何ですの……?」
夕食後、スージラメアは母親の部屋に呼び出されていた。
彼女の母親は、トルジラメア・レプシュネル。
魔術商会の商会長だ。
「最近の教団の動きは知っているかえ?」
「こちらに手を出してきたっていう話ですわよね。ミリヤ・スティールフォーレの手がかりを探していたという話ですの。でも、その結果、教団長は今もノクス・ヴェーレに囚われていると」
「襲われたのは主の同級生の家族でありんしたが」
頭に浮かぶのは、マゴット・ハルトローベの姿。
日本で失敗して、戻ってきたかと思えば、反省の色ひとつもなく。
これまで通り、反抗的な態度を見せてきた。
「はっ! 因果応報、落ちこぼれのくせにこのわたくしに楯突いてきた罰ですわ! これで少しは大人しくなるんじゃありません? いい気味ですの!」
「ふぅん?」
「姉の方は身の程を弁えて、わたくしたちに尽くしているというのに。それなのに彼女は、でしゃばりで、意地っ張りで、下品で……」
そんなことを。
「咎めない家族も家族ですわ! それだから、前々からあの家族を気に入らなかったんですの! まあ、わたくし自身の手で叩き潰すことができないのは、残念ではありますけど!」
そんな、ことを。
「残念では、ありますけど……」
ぴりと、胸の奥で痛みが走った。
その一瞬だけ、呼吸が浅くなる。
なぜだ。
どうして。
彼女のさも自分と対等な存在だと思い上がっているあの顔。
物怖じしない発言。
確かに私は目障りに感じていたはずなのに。
それをもう見れないかもしれないと気付いた途端。
心に穴が空いたような、喪失感。
……認めない。
認められるものか。
彼女が傷付いていることで、この私も『傷付いている』などとは……!
「共に切磋琢磨できる相手は貴重でありんす。良い友人を見つけられたようで、何より」
「い、いえ! 切磋琢磨だとはとても! 無能がぴーぴーと騒いでいるのが鬱陶しいだけですわ! 心配しているのだとしたら、それは御無用ですの──」
「必死に言葉で上塗りしようとしていること。気付いていないとでも、思っていんすか?」
「……ッ」
「──彼女を傷付けた教団が憎いかえ?」
「……そこ、までは。まだ、わかりませんわ……」
「そもそも、教団がミリヤ・スティールフォーレを探しているのはどうしてでありんしょう?」
「……え? そ、それは。教典に記されているから、ではないんですの……?」
「その教典は?」
「今、消失していると……」
そこで、彼女が何かを手に持っていることに気が付いた。
それは、一冊の本。
黒に、艶のある紋章が刻まれた装丁。
ある程度の厚さがあるが、人差し指と親指だけで揺らして。
「これ、な~んだ?」
「ほ、本……ですの……?」
唐突な質問に面食らい、そのまま答えてしまう。
だが当然、そんな単純な問いではない。
話の流れからすれば、それは。
肺へと流れ込む空気が冷たくなったような錯覚。
それと同時に、引いていく血の気。
「……まさか、教典……?」
でも、しかし……。
「……そん、な……こと……」
狼狽える彼女を見て、トルジラメアは満足げに目を細めた。
「そう、これは教典。それも教団が血眼になって探している教典の『原本』」
「盗んだというんですの……!? でも、どうして……? こんなことが知れ渡ってしまったら……」
「教団と戦争になる?」
「そうですわ……!」
「でも、先に仕掛けてきたのは向こうでありんしょう? やられっぱなしでは、気分が悪い。こっちは、本物の『いい気味』でありんす」
「……」
「やつらはこの捜索で躍起になる。動きを封じたも同然でありんしょう」
机の上に置いた本の表紙を指でなぞりながら。
「教団長は囚われの身。学院長は死亡。魔導書も消失し、リューベルク様はお部屋に籠もられておられる」
「お母様……一体……」
「この状況で、一番『力』を持っているのはどこの組織でありんしょう」
「一体、何をお考えに……?」
その様子を、ただ目で追うことしかできなくて。
「────北の魔女になるのは、わっちでありんす」




