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エミネスベルンの約束  作者: 深山 観月
第二部 北の魔女編 3章
87/92

10話

魔術。

それは、二つに大別することができる。

一つは、すでに体系化されており、努力次第で身につけられるようなもの。

代表的なものは基礎魔術だ。

火や水、風や土などの元素系。

肉体の強化や治癒などの身体系。

催眠や暗示、恐怖などの精神系。

呪詛や呪縛、呪印などの呪術系。

契約や召喚などの儀式系。

そういったものが挙げられる。


二つは、既存の枠に当てはまらない例外的な固有のもの。

例えば、基礎魔術などが、自身の魔力の質によって変化したようなものがこれに当たる。


魔術の継承。

それは、二親等以内の自然血族間でのみ行うことができる。

このことを指して、魔女の世界では『継承の二親等制限』という。

そして、継承が可能なのは、二つ目の魔術のみである。


継承の目的は何か。

その大部分は『魔法』への到達だ。

自らの限界を悟った、寿命のある魔女は子を成して、次の世代にその使命を託すのだ。

こうした経緯から、継承を前提に考えている者は、複数人の子を成すのが基本となる。

それは、断絶のリスクを減らすためにほかならない。


そうして、脈々と受け継がれていく魔術は次第に洗練されていき。

やがて、『魔法』の域へと至る者も現れる。


そこでふと、こうした疑問が現れるだろう。


────魔法使いは、子に魔法を継承できるのか。


残念ながら、それは不可能だ。

しかし、魔法使いの子は、継承されずとも、生まれたときから魔術を行使することができる。

そういったスタート地点の違いや、魔法に至った遺伝子を受け継いでいるという要因から、その子も魔法へと至りやすくはなる。

血族の魔法使いを増やすことで、支配の基盤を固めることができる。

そう考えたのだろう。

レイシャルク・オーガルフェルデンは。


だが。


「……さようなら、お母様」


彼女は違った。


彼女は。

リューベルク様は。

母親から、影の魔法を『簒奪』した。


そのような事例は、歴史上でも見たことがなかった。

そして、彼女は明らかにしたのだ。

魔法使いが子を成すリスクを。

継承の条件を満たしている者は、相手よりも魔力量が多ければ、その意思にかかわらず、魔法を奪えるということを。

そう。

彼女は影の魔法を継承したわけではない。

あらかじめ、リスクとなる二人の姉を殺害したうえで。

度重なる戦闘で魔力をすり減らした母親から、影の魔法を奪い、魔力が回復する前に殺害した。

死の概念が付与されるほど、レイシャルクは消耗していたのだ。


元々その手筈と聞いてはいた。

だが、どうしても信じ難かった。

それは、実際にその場面を目の当たりにしても。


彼女はどうやってその方法を知ったのか。

戦いの後に尋ねた。


「──どうしてかしら。でも、知っていたの。そして、確信があった」

「確信、ですか?」


彼女は頷いた。


「この方法しかないって。この方法で、殺すしかないって」


すでに動かなくなった体を見下ろしながら。

無機質な声で。

その視線は役目を終えた達成感に満ちあふれたものではなく。

興味を無くした玩具に対するそれに似ていた。


「────世界の敵であるこの者たちを」


世界の敵。

確かにそうだ。

自分の中にもその確信がある。

いや、自分『たち』の中にも、だ。

だからこそ、我々は団結し、こうしてクーデターを成し遂げることができたのだ。


だが、彼女は魔法を奪う方法までも知っていたという。

その方法はあまりにも具体的なものであった。

果たして、それは正しかったが。


「でも、これで終わりじゃないわ」

「教典に記されている歪みをもたらす魔女ですか」

「ええ。そのために、私たちは手を取り合わないといけない」


東と南。

その2つと団結し、立ち向かう必要がある。

それを妨げるレイシャルクらは、世界の敵。


『────あの子をよろしくね、ハル』


まただ。

また、あの言葉が。

呪いのようにこの身体に刻み込まれたその言葉が、熱を帯びて浮かび上がる。


『きっと、あの子は選ばれたんだわ。それは、私としても誇らしいことだけど。でも、まだまだ未熟。見たくないものから目を逸らしている限りは、みんなを正しい方向へと導けない』


ああ。


『まだ子どもだもの。本来であれば、まだそれでもよかったはずなのに。……つくづく、この世界は残酷ね』


熱い。


『あの子は優秀だから、見るべき方向も、進むべき道も本当は理解しているはず。ただ、行動に移すだけの覚悟がないだけで。だから、それを自分の力だけで持つまでの間。あの子にも私と同じように、側で支えてくれる誰かがいれば。運命を共に歩んでくれる誰かがいてくれれば。それだけが気がかりだったけど』


憎しみが。

煮えたぎるのを感じる。


『幼馴染で、信頼のおけるあなたにがいれば、安心して任せられるわ。私と一緒にこれまで歩んでくれた、あなたがいれば。……本当は、あの子と同い年の子が一番なのだけれど。ふふっ、それは望みすぎというものよね』


私は────。


『────今までありがとうね、ハル』





────────



「……言われるまでもなく、私はリューベルク様を支えるつもりだ」


そう呟いて、彼女はリューベルクの部屋の扉に背を向けた。


偶然、同い年だっただけだ。

偶然、学院の同じ寮だっただけだ。

偶然、隣の部屋だっただけだ。


それだけのことだ。

それだけのことだったはずだ。

それなのに、北の魔女になってから、ノクスヴェーレに所属した自分を、補佐官に任命して。


あの日々は思い出か。

違う。

世界の敵とつるんでいたことなど。

思い返せば反吐が出る。

恥辱に塗れた忌々しい過去だ。


良かったことは一つだけ。

今こうして、リューベルク様に仕えていること。

その一点のみだ。

やつの存在価値など、その程度でしか。


「……ハルバドル様」


すれ違ったメイド長が声をかけてきた。

彼女も長くこの城に勤めている者だ。


「どうした」

「少し、お休みになられてはいかがでしょうか」

「問題ない。私はまだ動ける」

「体はそうであっても、心は果たしてそうでしょうか」

「……どういう意味だ。私はまだ前へ進める」


「────でしたら、なぜそんなにも涙を流されているのでしょうか」





「お母様? 大事なお話って一体何ですの……?」


夕食後、スージラメアは母親の部屋に呼び出されていた。

彼女の母親は、トルジラメア・レプシュネル。

魔術商会の商会長だ。


「最近の教団の動きは知っているかえ?」

「こちらに手を出してきたっていう話ですわよね。ミリヤ・スティールフォーレの手がかりを探していたという話ですの。でも、その結果、教団長は今もノクス・ヴェーレに囚われていると」

「襲われたのは主の同級生の家族でありんしたが」


頭に浮かぶのは、マゴット・ハルトローベの姿。

日本で失敗して、戻ってきたかと思えば、反省の色ひとつもなく。

これまで通り、反抗的な態度を見せてきた。


「はっ! 因果応報、落ちこぼれのくせにこのわたくしに楯突いてきた罰ですわ! これで少しは大人しくなるんじゃありません? いい気味ですの!」

「ふぅん?」

「姉の方は身の程を弁えて、わたくしたちに尽くしているというのに。それなのに彼女は、でしゃばりで、意地っ張りで、下品で……」


そんなことを。


「咎めない家族も家族ですわ! それだから、前々からあの家族を気に入らなかったんですの! まあ、わたくし自身の手で叩き潰すことができないのは、残念ではありますけど!」


そんな、ことを。


「残念では、ありますけど……」


ぴりと、胸の奥で痛みが走った。

その一瞬だけ、呼吸が浅くなる。

なぜだ。

どうして。


彼女のさも自分と対等な存在だと思い上がっているあの顔。

物怖じしない発言。

確かに私は目障りに感じていたはずなのに。

それをもう見れないかもしれないと気付いた途端。

心に穴が空いたような、喪失感。


……認めない。

認められるものか。

彼女が傷付いていることで、この私も『傷付いている』などとは……!


「共に切磋琢磨できる相手は貴重でありんす。良い友人を見つけられたようで、何より」

「い、いえ! 切磋琢磨だとはとても! 無能がぴーぴーと騒いでいるのが鬱陶しいだけですわ! 心配しているのだとしたら、それは御無用ですの──」

「必死に言葉で上塗りしようとしていること。気付いていないとでも、思っていんすか?」

「……ッ」

「──彼女を傷付けた教団が憎いかえ?」

「……そこ、までは。まだ、わかりませんわ……」

「そもそも、教団がミリヤ・スティールフォーレを探しているのはどうしてでありんしょう?」

「……え? そ、それは。教典に記されているから、ではないんですの……?」

「その教典は?」

「今、消失していると……」


そこで、彼女が何かを手に持っていることに気が付いた。

それは、一冊の本。

黒に、艶のある紋章が刻まれた装丁。

ある程度の厚さがあるが、人差し指と親指だけで揺らして。


「これ、な~んだ?」

「ほ、本……ですの……?」


唐突な質問に面食らい、そのまま答えてしまう。

だが当然、そんな単純な問いではない。

話の流れからすれば、それは。


肺へと流れ込む空気が冷たくなったような錯覚。

それと同時に、引いていく血の気。


「……まさか、教典……?」


でも、しかし……。


「……そん、な……こと……」


狼狽える彼女を見て、トルジラメアは満足げに目を細めた。


「そう、これは教典。それも教団が血眼になって探している教典の『原本』」

「盗んだというんですの……!? でも、どうして……? こんなことが知れ渡ってしまったら……」

「教団と戦争になる?」

「そうですわ……!」

「でも、先に仕掛けてきたのは向こうでありんしょう? やられっぱなしでは、気分が悪い。こっちは、本物の『いい気味』でありんす」

「……」

「やつらはこの捜索で躍起になる。動きを封じたも同然でありんしょう」


机の上に置いた本の表紙を指でなぞりながら。


「教団長は囚われの身。学院長は死亡。魔導書も消失し、リューベルク様はお部屋に籠もられておられる」

「お母様……一体……」

「この状況で、一番『力』を持っているのはどこの組織でありんしょう」

「一体、何をお考えに……?」


その様子を、ただ目で追うことしかできなくて。


「────北の魔女になるのは、わっちでありんす」

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